[1] 〘名〙
[一] 空間的に高い
位置。また、階級・地位・身分の高い状態や
程度・数量などの多い状態。
(イ) ものの最も高い部分。
※
書紀(720)継体七年九月・
歌謡「御諸
(みもろ)が紆陪
(ウヘ)に 登り立ち」
(ロ) あるものを基準として、それより高い所。また、見あげるように高い所。
上方。
※万葉(8C後)一四・三五二二「昨夜(きそ)こそは児ろとさ寝しか雲の宇倍(ウヘ)ゆ鳴き行くたづのま遠く思ほゆ」
(ハ) 建物などで、高いほうの階。
※春迺屋漫筆(1891)〈坪内逍遙〉壱円紙幣の履歴ばなし「御主人は階上(ウヘ)ですか階下(した)か」
(ニ) 座敷。
※大鏡(12C前)六「あはれがらせ給て、うへにめしあげて」
② 貴い人のいる所。
(イ) 天皇、上皇の御座所。また、その付近。禁中。殿上の間。
※古今(905‐914)秋上・一七七・詞書「うへにさぶらふをのこども歌たてまつれ」
(ロ) 身分の高い人の部屋。
※源氏(1001‐14頃)空蝉「おもとは、今宵はうへにやさぶらひ給ひつる」
③ 身分の高い人。
(イ) 天皇。上皇。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「うへも春宮も〈略〉うつくしみ給ふ」
(ロ) 将軍、公方(くぼう)、殿様など、支配者をいう。
※太平記(14C後)一〇「上(ウヘ)の御存命の間に〈略〉思ふ程の合戦して」
※今堀日吉神社文書‐永祿元年(1558)一〇月二八日・保内商人中惣分陳状案「上儀をさへ不レ致二承引一、被レ加二御退治一津にて候」
(ハ) 女あるじ。後の、北の方。
※竹取(9C末‐10C初)「これを聞て離れ給ひしもとの上は腹をきりて笑ひ給ふ」
④ 比較してよりすぐれた身分、地位、程度など。
※十訓抄(1252)一「斉信卿上臈にて公任卿の上に居られたりけるに」
※評判記・野郎虫(1660)浅木権之介「人はただ心を、おむくにもちたる、うへはなきに」
⑤ 比較して、数量、年齢などの点でより多いこと。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「『いくつだとおもひなさる』『されば、おれよりは上(ウヘ)だらうよのう』」
※人情本・英対暖語(1838)初「往来(いきけへり)ぢゃア一里の上あらアナ」
⑥ 低音に対して高音。
※申楽談儀(1430)音曲の位の事「うへより言ひて落す也」
[二] 物事の
表面。また、表面に現われる状態や表面をおおうもの。
① 物の外面。おもて。
※書紀(720)継体七年九月・歌謡「磐余(いはれ)の池の 水下(みなした)ふ 魚も 紆陪(ウヘ)に出て嘆く」
※蜻蛉(974頃)中「うへに、『忌みなどはてなんに御覧ぜさすべし』と書きて」
② 表面の態度、行動。うわべ。
※書紀(720)継体七年九月・歌謡「誰やし人も 紆陪(ウヘ)に出て嘆く」
※平家(13C前)四「うへには平家に御同心、したには〈略〉入道相国の謀反(むほん)の心をもやはらげ給へとの御祈念のため」
③ 上着。表衣。
※万葉(8C後)一二・二八五一「人の見る表(うへ)は結びて人の見ぬ下紐(したびも)あけて恋ふる日そ多き」
④ おおい。屋根。牛車の屋形、車蓋。
※枕(10C終)九九「この土御門しも、かう上もなくしそめけんと」
[三] あるものの付近。辺り。ほとり。
※万葉(8C後)一・五〇「あらたへの 藤原が宇倍(ウヘ)に 食(を)す国をめしたまはむと」
[四] (形式名詞として用いられる)
① (前の語句に示された)ある人や物事に関する消息、事情、経緯など。また、物事をある面から特に取りあげて問題とする場合にいう。
※万葉(8C後)二〇・四四七四「群鳥(むらとり)の朝立ち去(い)にし君が宇倍(ウヘ)はさやかに聞きつ思ひしごとく」
※源氏(1001‐14頃)若紫「西国(にしくに)のおもしろき浦うら磯のうへをいひ続くるもありて」
② 他の物事に更に加わる状態を示す。
(イ) (多く、「上に」の形で) さらに加わるさま。そのほか。…に加えて。
※万葉(8C後)一九・四二七八「あしひきの山下ひかげかづらける宇倍(ウヘ)にや更に梅をしのはむ」
(ロ) (物事の終わった)のち。…した結果。…して、そして。
※天草本伊曾保(1593)イソポの生涯の事「ウソアマイ モノヲ クラウタ vyenareba(ウエナレバ)」
※浄瑠璃・仮名手本忠臣蔵(1748)七「醒ての上の御分別」
(ハ) …した結果を踏まえて。その事柄を条件として。
※新浦島(1895)〈幸田露伴〉九「和尚に此訳ことわり申して立会の上棺を検(あらた)むるに」
(ニ) (「上は」の形で) ある物事が起こってしまった以上。…からには。
※金刀比羅本保元(1220頃か)中「天の授け給へる上(ウヘ)は、ただ一矢に射おとしてすてん」
③ 貴婦人の称号に添えて用いる。
※源氏(1001‐14頃)蛍「紫のうへも姫君の御あつらへにことつけて」
[2] 〘接尾〙
目上の人の呼び名につけて敬意を表わす。
(イ) 女あるじの呼び名に付けて用いる。「母上」「尼上」「姉上」
※源氏(1001‐14頃)若紫「尼うへにはもてはなれたりし御けしきのつつましさにおもひ給ふるさまをも」
(ロ) 目上の肉親、親族の呼び名に付けて用いる。「父上」「兄上」
(ハ) 高貴な女性の呼び名に付けて用いる。
※合巻・偐紫田舎源氏(1829‐42)三一「我知らず姫君よ姫上よと、呼び参らする事のあり」
[語誌](1)「うえ」の対義語としては、古代から現代に至るまで「した」が安定して、その位置をしめている。しかし、中古から中世にかけて「うえ」は、(一)(二)のように表面の意を持っていたため、「うら」とも対義関係を持ち、「うらうえ」という複合語も作られた。しかし、この対義関係は、中世頃から(二)の意味が衰退するのに伴って、次第に「うら━おもて」という対義関係にとってかわられた。
(2)(二)は、平安時代中期より例が見られ、おもに、肉親の目上の人に対して用いられる。