上代特殊仮名遣(読み)じょうだいとくしゅかなづかい

精選版 日本国語大辞典 「上代特殊仮名遣」の意味・読み・例文・類語

じょうだい‐とくしゅかなづかい ジャウダイトクシュかなづかひ【上代特殊仮名遣】

〘名〙 上代万葉仮名文献に存する、後世のいろは四十七字では書き分けられない、仮名の使い分けをいう。いろはがなのうち、エ、キヒミ、ケヘメ、コソトノヨロの一三種(古事記ではモも)およびその濁音、ギビゲベゴゾドにあたる万葉仮名は、それぞれ二類の使い分けがある。例えば、同じヒでも「日」は比、「火」は非、同じコでも「子」は古、「此」は許などと書かれて混同されない。前者の類を甲類、後者を乙類と称して区別する。この甲類・乙類のちがいは、平安時代には失われた上代の音韻の区別を反映しているものと考えられる。ただし、エの二類はア行とヤ行のちがいで、他の仮名の区別とは性質を異にする。使い分けの事実は、早く江戸時代に本居宣長が気づき、石塚龍麿実例を収集整理したが、明治末期に橋本進吉によってその本質が明らかにされた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「上代特殊仮名遣」の意味・わかりやすい解説

上代特殊仮名遣
じょうだいとくしゅかなづかい

奈良時代 (上代) の万葉がな用法において,後世のいろは 47文字のかなでは区別されない「キ,ヒ,ミ,ケ,ヘ,メ,コ,ソ,ト,ノ,モ (『古事記』で) ,ヨ,ロ」およびその濁音「ギ,ビ,ゲ,ベ,ゴ,ゾ,ド」にそれぞれ2種類あり,整然とした使い分けのされている事実をさす。通例その2類の別を甲類,乙類という。いろは 47仮名でも区別されていないかなの使い分けなので「特殊」仮名遣の名がある。本居宣長がその一部に気づき,石塚龍麿がその全体的な研究を行なったが,それをあらためて組織的に研究し,それが当時の発音の区別に基づくものであることを明らかにしたのは橋本進吉である。甲類,乙類の書き分けの事実は問題ないが,その音韻論的解釈およびその音価推定には諸説がある。解釈上の最も大きな相違点は,甲乙対立をすべて母音の対立とみて8母音を立てる (/i,e,a,o,u,ï,ë,ö/) 説と,イ列,エ列の甲乙は子音口蓋化有無の対立とみて6母音を立てる (/i,e,a,o,u,ö/) 説 (服部四郎) ,そしてさらにオ列の甲乙は音韻的に区別がないとして5母音/i,e,a,o,u/を立てる説 (松本克己) とがある。8母音説はイ列,エ列の乙類の母音をそれぞれ ï,ëで翻字したローマ字をそのまま音価と誤認したのが起源のようで,言語学的根拠はないといわざるをえない。橋本・有坂秀世は8母音説のようにみえるけれども,イ列,エ列の乙類を二重母音とするもので,音韻論的解釈によっては有坂の説は6母音説になりうる。5母音説は,少数ではあるが,明らかに存する/o/と/ö/の対立を無視する点,オ列甲類・乙類のかなの中国語原音に明瞭な区別のあるのを無視する点などで成り立ちがたい。

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