日本大百科全書(ニッポニカ) 「酒」の意味・わかりやすい解説
酒
さけ
飲んで酔いを催すアルコール含有の飲料(致酔飲料)。日本の酒税法ではアルコール分1%(1度)以上を含む飲み物を酒類と総称するが、国によってはその基準を0.5%とするところもある。日本では清酒が伝来の代表的な酒で「さけ」と通称され、欧米でもsakeで通用する。
[秋山裕一]
分類
酒税法では、酒類を次の10種類に分類して、それぞれの定義や課税などを定めている。(1)清酒、(2)合成清酒、(3)しょうちゅう(焼酎)、(4)みりん、(5)ビール、(6)果実酒類、(7)ウイスキー類、(8)スピリッツ類、(9)リキュール類、(10)雑酒。なお、酒税法上は発泡酒のうちシャンパンやシードルなどは果実酒に、麦芽使用量の少ないビール様の発泡酒は雑種に属する。
また、製造法から、醸造酒、蒸留酒、混成酒の三つに大別される。
〔1〕醸造酒 清酒、ビール、ワインなど。デンプン含有穀類の糖化もろみや含糖質物を発酵させ、そのもろみそのまま、あるいは濾過(ろか)したもの。
〔2〕蒸留酒 焼酎、ウイスキー、ブランデー、ウォツカ、ジンなど。発酵もろみを蒸留し、アルコール分を分離、濃縮したアルコール分の高い酒。
〔3〕混成酒 リキュール、合成清酒、薬味酒など。醸造酒や蒸留酒や適度に薄めたアルコールに、薬味、甘味料、香料、草根木皮などを混和してつくる酒。
以下、代表的な酒類について略述する。
[秋山裕一]
日本の酒
清酒
米、米麹(こめこうじ)と水とを原料とし、発酵させて、濾(こ)したものである。副原料としてブドウ糖、水飴(みずあめ)、コハク酸、クエン酸、乳酸、アミノ酸塩(グルタミン酸ソーダ)とアルコールの使用が一定制限下で認められている。アルコール分は12~20%。日本古来の代表的な酒で、五味(甘・酸・辛・苦・渋)のバランスがよく、固有の味をもつ。清酒には、かつて特級、一級、二級の級別制度があったが、1989年(平成1)の酒税法改正により1992年4月以降、廃止された。また吟醸(ぎんじょう)酒、純米酒、本醸造酒の品質表示は、国税庁の製法品質表示基準(1990年4月公示)により区分されている。
[秋山裕一]
合成清酒
香味、色沢の性状が清酒に似たもの。1921年(大正10)鈴木梅太郎の創案による。米を使わない純合成の酒であったが、近年はアルコールに米の発酵酒の「香味液」と各種の清酒の成分を調合してつくる。
[秋山裕一]
みりん
糯米(もちごめ)と米麹に焼酎またはアルコールを加えて、糖化し、濾(こ)したもの。甘い酒で、主に料理用に使われている。
[秋山裕一]
焼酎
米、麦、ソバなどの穀類やいも類を原料とし、米麹で糖化し、発酵させたもろみを単式蒸留機(ポットスチル)で蒸留してつくる。また、清酒粕(かす)を蒸留してつくる場合もある(粕取り焼酎)。これら伝統的な蒸留法によるものを乙類焼酎という。これに対し連続式蒸留機で得たアルコールを水で割ったものが甲類焼酎である。乙類は、原料の特性や製法の違いによる地方色など、風味に特色がある。アルコール分20~45%。
[秋山裕一]
外国の酒
ビール
麦芽(ばくが)とホップと水を主原料とし(副原料は米、デンプン、トウモロコシ)発酵させたもの。炭酸ガスを含み、泡のたつ清涼アルコール飲料。アルコール分は3~8%。麦芽や麦汁の製法や発酵様式により軽いビールと黒ビールに、また火入れ殺菌の有無により熱処理ビールと生(なま)ビールに分けられるが、今日では火入れをしない生ビールが多い。なお品質的にはビールに似た発泡酒がある。これは麦芽の使用率が酒税法でのビールの規定以下のもの(たとえば25%未満)で、雑酒に分類され、発泡酒として販売されている。
[秋山裕一]
ワイン
ブドウの果汁を発酵させてつくる。世界中で生産され、地域によるブドウの品種の差、赤・白・ロゼの別、甘口・辛口など多様である。日本には特有の甘味果実酒がある。アルコール分9~13%。
[秋山裕一]
ウイスキー
オオムギ麦芽で穀類のデンプンを糖化、発酵させて蒸留する。モルトウイスキーは麦芽だけを原料とし単式蒸留機で蒸留する伝統的なスコッチウイスキーの製法を受け継いでいる。グレンウイスキーは、トウモロコシなど未発芽の穀物を原料として麦芽で糖化し、発酵させ、連続式蒸留機を用いてつくる。いわゆるニュートラル・スピリッツで、量産ができる。これをモルトウイスキーに混合したものがブレンデッドウイスキーで、もっとも一般的に飲まれている。なお、アメリカではトウモロコシを主原料とするバーボンウイスキーが代表的であり、日本産はスコッチ系である。アルコール分37~43%。
[秋山裕一]
ブランデー
ワインを蒸留し、樫樽(かしたる)に貯蔵する。フランスのコニャックが有名である。
[秋山裕一]
ラム
中南米特産の蒸留酒。サトウキビの搾り汁あるいは糖蜜(とうみつ)を発酵させ、蒸留したもので特有の強い香気がある。
[秋山裕一]
ウォツカ
12~13世紀、ロシアで生まれ、ロシア産が有名であるが、現在はアメリカのほうが生産量が多い。トウモロコシを麦芽で糖化発酵させて蒸留し、シラカバ炭の層を通して濾過精製する。無臭に近く甘い。アルコール分40~60%。
[秋山裕一]
ジン
穀類を原料とし、蒸留する際にネズ(杜松)の実(ジュニパーベリー)を詰めたジンヘッドを通す。松脂(まつやに)くさい香味をもつ。糖類を加えない辛口をドライジン、砂糖、甘味料を加えた甘口をトムジンという。オランダ、イギリスが有名である。
[秋山裕一]
テキーラ
メキシコのリュウゼツラン(アガベ)の一種アガベ・テキラーナの樹液の煮汁を発酵させてつくる蒸留酒。
[秋山裕一]
アラック
東南アジアのやし酒や米の酒などの蒸留酒。
[秋山裕一]
白酒・黄酒
中国の酒で、白酒(パイチウ)は無色透明な蒸留酒、黄酒(ホワンチウ)は黄色ないし褐色の醸造酒である。白酒はコウリャンを原料とし、固形もろみを使う独特の発酵法でつくる。強烈な香味がある。山西省の汾酒(フェンチウ)、貴州省の茅台酒(マオタイチウ)、河北省の白乾児(パイカル)(高粱酒(カオリャンチウ))など名酒が多い。黄酒は、糯米(もちごめ)などを原料とし麯子(きょくし)(日本の麹に相当)や酒薬を加えて発酵させたものである。代表的な酒が紹興酒(シャオシンチウ)で、浙江(せっこう)省紹興産が著名であるが、福建・江西省などでもつくられる。黄酒を甕(かめ)に密閉して貯蔵熟成したものが老酒(ラオチウ)である。仕込み水のかわりに紹興酒を使った酒が善醸酒(シャンニャンチウ)で濃厚な風味をもつ。
[秋山裕一]
マッコリ・法酒
朝鮮半島の酒。マッコリは濁酒で、かつては米を原料としたが、いまでは小麦粉を用い、麯子(きょくし)にも粉砕小麦を用いる。もっとも庶民的な酒。法酒(ポプチュ)は糯米(もちごめ)を原料とし、日本酒によく似た酒である。仕込みは、麯子・餅麹と糯米に菊の花や松葉を加えて、長期間醸造する。慶州特産。このほか蒸留酒としての焼酒(ソジュ)がある。焼酒は以前は雑穀を原料としたが、今日ではアルコール原料と変わっている。
[秋山裕一]
スピリッツ類
スピリッツは一般にアルコール分の強い蒸留酒をさすが、日本の酒税法でいうスピリッツ類とは次の二つを一括して分類したものである。(1)ウイスキー類、焼酎を除いたラム、ウォツカ、ジンなどの蒸留酒。(2)エキス分(糖分)をやや含んだリキュール様の酒類(エキス分2%未満)。
[秋山裕一]
リキュール類
ブランデー、ウイスキーや焼酎などに植物性の風味を加え、甘味をつけた混成酒をいう。日本では焼酎を原料とする梅酒が代表的である。中国では五加皮酒(ウーチヤーピーチウ)(ウコギの皮を浸す)など漢方薬を浸した酒が多数ある。ヨーロッパのリキュール類は数が多く、香料、草根木皮、甘味料などをワインや蒸留酒に加えてつくられる。キュラソー、ペパーミント、マンダリン、シャルトルーズ、アニゼット、キュンメル、ベネディクティン(ドム)、スロージン、ベルモット、クレーム・ド・モカなどが有名であり、食欲増進などのために食前に、また消化促進のために食後に飲まれる。
[秋山裕一]
歴史
酒の歴史は人類とともに古く、果実や蜂蜜(はちみつ)などの自然発酵によるものがその原形と思われる。こうして生まれたワインは、人類最初の酒として神話にもたびたび登場してくる。人類はやがて農耕を始め、定住生活を営み、穀類を使ってパンをつくり酒を醸すようになった。その時期は紀元前5000~前4000年ごろのメソポタミアの文明からではないかとされる。前3000年ころにはエジプトでビールやワインの醸造が行われ、その製法が絵文字により残されている。また、『大隅(おおすみ)風土記』にみえる口嚼酒(くちかみのさけ)は人間の唾液(だえき)(消化酵素を含む)を利用した酒つくりであり、この方法はかつて台湾や沖縄などで行われていた。
世界の酒つくりは東西二つの型に分けられる。東洋ではカビ(麹)を使う方法をとり、西欧では麦芽を使ってデンプンを糖化する方法をとった。
東洋のカビの酒の発生はさだかではないが、殷(いん)王朝(前1100ころ)にはすでに酒があったし、麹菌を用いる醤(ひしお)があったというから、相当古くからカビが醸造に用いられていたことは確かであろう。今日の中国では穀類の粉を水でこねて固め、リゾープス菌を生やした餅麹(へいきく)が用いられているが、その技術を受け継いだと考えられる日本では、蒸した穀類の粒に、黄麹(きこうじ)菌を生やす散麹(ばらこうじ)にかわっている。中国の醸造酒は紹興酒(シャオシンチウ)に代表される黄酒(ホワンチウ)である。日本では、『延喜式(えんぎしき)』(927年完成)に朝廷での酒つくりの記録があり、その後、都市の発達とともに、朝廷、寺社中心であった酒つくりが商人の手に移り、釜(かま)、桶(おけ)などの大型化により専業化し、江戸時代に入ってからは寒づくりの定着、水車利用による大量精米も可能となって「灘(なだ)」の発展をみた。
蒸留の技術は紀元前のギリシア・ローマ文化の所産とされるが、その技術を用いて蒸留酒をつくったのは、すでに蒸留の専門家であった中世の錬金術師であった。今日でも世界各国で蒸留機をアラビア語源のアランビック(日本では蘭引(らんびき))とよび、東南アジアで蒸留酒をアラック、アラキ(日本では荒木酒、荒気酒)といっているのも、その起源と伝播(でんぱ)を物語るものとして興味深い。ウイスキーの蒸留は12世紀にアイルランドで行われ、そのことばは、生命の水を意味するウスケボーusquebaughに由来する。ワインを蒸留したブランデーの登場はずっと新しく16世紀以降である。東洋では13世紀、中国の元(げん)代に焼酒の記録がある。日本には1477年(文明9)タイから琉球(りゅうきゅう)に焼酎(泡盛(あわもり))が伝えられた。16世紀後半には薩摩(さつま)でも焼酎が飲用されていたことが、鹿児島県伊佐(いさ)市大口大田(おおくちおおた)の郡山八幡(こおりやまはちまん)神社から発見された墨書木片(永禄2年=1559)からもわかる。
リキュールの発生も古い。酒はもともと神に捧(ささ)げられる神聖なものであり、また、麻酔性があり、薬剤的な効能があることが認められて、酒に薬草を加えることが行われたのである。
[秋山裕一]
神話・民俗
酒と神々
洋の東西を問わず、原初の酒は農耕の神々と深いかかわりをもっている。酒の原料となる穀物は、またその地の主食であり、農耕によってもたらされるからである。キリスト教では、ワインが「神の血」として尊ばれ、洗礼にも用いられる。『旧約聖書』の箱舟の話に、神はノアにブドウの栽培とワインの作り方を授けたとある。わが国でも、秋の新嘗(にいなめ)祭には新穀で黒酒(くろき)・白酒(しろき)の2種の酒を醸して神に供えた。一方、宗教上の理由で酒を禁じているのはイスラム教とヒンドゥー教である。とくに前者は、厳格な禁酒を戒律とする。原始仏教も飲酒を禁じ、日本の禅宗でも「不許葷酒(くんしゅ)入山門」と戒めたが、般若湯(はんにゃとう)として用いる習慣もあり、仏教は酒には比較的寛大であった。
ローマ神話の酒神バッカスは、ギリシア神話ではディオニソスとよばれる。主神ゼウスとカトモス王の娘セメレとの間に生まれた。この神の信仰はトラキア地方からギリシアに流入したものと考えられ、大地の豊穣(ほうじょう)をつかさどる神であったが、ブドウの栽培に伴い酒の神ともなった。アジアにも及ぶ広い地域を旅し、各地にブドウの栽培と醸造法を教えたという。その信仰は熱狂的であり、女性信者たちがツタを巻いた杖(つえ)を持って神がかりとなって乱舞し、野獣を殺したりした。また、その祭礼からギリシア演劇が発達したとされる。
エジプト神話のオシリスは、イシスと兄妹結婚してエジプトを統治した王であるが、弟に殺されて死者の国の王となる。この神は、農耕儀礼と結び付いて信仰され、ムギから酒をつくることを教えたと伝えられている。
中国では、夏(か)王朝の始祖禹(う)王のとき、儀狄(ぎてき)が初めて穀類の酒をつくって王に献上したという伝説がある。儀狄は酒神と崇(あが)められ、その名はまた酒の異名ともなっている。
米を基幹原料とする日本の酒と神との関係は、古代日本人が酒神としてどのような神を崇拝していたかを知れば、おのずから明らかになるであろう。日本の酒神には、(1)『古事記』や『日本書紀』の神話に現れ、酒つくりの祖神といわれた神、(2)優れた酒つくりの技能をもったまろうど(賓客)型神人、(3)原初神、の三つの類型がある。
第一類型に属する神には、まず京都市・梅宮大神に斎祀(さいし)され、酒解神(さけとけのかみ)・酒解子(さけとけのみこ)といわれた大山祇神(おおやまづみのかみ)・神吾田鹿葦津(かむあだかしつ)姫(木花開耶姫(このはなさくやひめ))の父娘神があげられる。とくに姫は、神の田、狭名田(さなだ)からとれた米で天甜酒(あまのたむざけ)をつくって新嘗の祭りをするなど、酒つくりの祖神にふさわしい行為が「神代紀」に語られている。次に福岡県・宗像(むなかた)大社や広島県・厳島(いつくしま)神社の祭神である宗像三女神、田心姫命(たごりひめのみこと)・湍津姫命(たぎつひめのみこと)・市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、さらに奈良県・大神(おおみわ)神社の祭神である大物主神(おおものぬしのかみ)・大己貴神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)、それに京都市・松尾(まつのお)大社や滋賀県・日吉(ひえ)大社に祭祀されている大山咋命(おおやまぐいのみこと)などがある。
第二類型の神には、伊勢(いせ)の外宮(げくう)に斎祀された豊受大神(とようけおおみかみ)がある。そのほか地方にあって酒つくりの技能を教えた香川県・城山(きやま)神社の祭神神櫛王(かみくしのきみ)、島根県・佐香(さか)神社の久斯(くし)之神、愛知県・酒人(さかと)神社の酒人王(さかとのきみ)などがある。興味あるのは造酒司酒殿坐神(さけのつかささかどのにいますかみ)といって、宮中の造酒司に祀(まつ)られていた神々である。
第三の類型に属する原初神には、酒水の守護神である酒弥豆男神(さかみつおのかみ)・酒弥豆女神(さかみつめのがみ)の2座、竈(かまど)そのものより釜(かま)を神座とした忌火神(いむびのかみ)で大陸渡来の竈神(かまどがみ)4座、それに酒甕(さけがめ)の神3座の計9座が斎祀されていた。これらの神々はまた古代の酒つくりで何が重要視されていたかを知るうえに貴重な手掛りとなるであろう。
日本の酒神に関してまず着目すべきことは、これらの神々の多くが農耕神の範疇(はんちゅう)に組み入れられていることで、酒神が水の神信仰と強く結び付いているのはこのためである。したがって、酒神の神格が、山と、水と、水稲つくりの三つの要素が交絡して形成されたと思われる農耕神的神格と共通性をもつのは当然であろう。また、古代の神祭りが水稲耕作生活と直結し、春の籾播(もみま)き前に山の神を田の神として迎える水口(みなくち)の祭りも、秋の収穫儀礼として新穀による神人の共食共飲、つまり新嘗の祭りが行われたのも、酒つくりが水稲耕作文化の文化複合として伝承されたことに由来する。
神祭りにおいては、酒つくり神事が相嘗(あいなめ)神事の前駆行事として行われたが、酒つくり神事は和歌山市日前(ひのくま)・国懸(くにかかす)両宮に伝承されているように、同宮の酒殿で、御酒水迎え→御麹(こうじ)合せ→白御酒(しろみき)造り祭→黒御酒造り祭など、酒つくり工程に従って酒つくりを行い、酒ができあがって初めて相嘗御祭が執り行われていたことでも知られる。酒つくりは微生物学的に高度の技能を要求されるだけに、まさに酒神の力を借りなければ、味酒(うまざけ)を醸すことはできなかった。酒造技術が発達した今日でもなお、酒蔵にはかならず酒神が奉斎され、杜氏(とうじ)が酒つくりにあたって酒神にその成果を祈るのは、彼らの心の奥処(おくど)にこのような古代的信仰が秘められているのであろう。とすれば、酒神信仰は酒つくりにおける精神的なよりどころといいかえることができるであろう。
[加藤百一]
民俗
飲酒の目的については諸説があるが、同じ釜(かま)の飯を食べ合った仲というのと同様に、同じ甕(かめ)で醸した酒を飲み合うことによって、共同一体感を得られるというのが、最大の目的であったろう。いっしょに飲んだ仲間の顔が一様に紅潮し、同じ血潮が流れていることを確認できるからである。また互いに仲間であり、敵対するものでないことを承認して、契約の手段に使われる。また別に、適度の飲酒はストレス解消に役だつもので、酒が古来「百薬の長」といわれるのはそのためである。群飲の時代から個人の嗜好(しこう)に移るにしたがって、その傾向は助長された。飲酒による共同一体感は、人と人との間に限らず、神と人との間にも共通のものであったから、神祭りに酒は欠かせないものであった。祭りのおりに酒ができあがるように、期日にあわせて酒を仕込むものであった。祭りは、神を迎えてもてなし、神託(しんたく)を伺い、人もお下がりを飲食してから送り返す儀式であるが、そのおりおりに酒を伴う。神には山海の珍味とともにお神酒(みき)を供える。神は陶酔して態度動作で意志表示をする。実際には神ののりうつった人間が代理を務めるのであるが、そのあと神と人とがいっしょに飲み食いをする。そうして村中が一種の興奮状態に至る。酒を飲み合うことが契約のしるしになる例は婚姻の機会などにみられる。現在の婚約にあたる「酒ずまし」「手締めの酒」「口固めの酒」などは内定契約を示しており、夫婦杯(めおとさかずき)、親子杯、兄弟杯はそれぞれが長く契りを結ぶことを約束するものである。
昔の酒の飲み方は、一つの大杯になみなみと酒をつぎ、それを飲み回すものであった。上座(かみざ)の人から順に口をつけていく。人数が多くなると「振り分け」といって、二つの大杯を左右に飲み回したり、座が進んでくると「上り献(のぼりこん)」といって、下座(しもざ)から上座に飲み回したりするが、要は同じ杯の酒を飲み合ってこそ、共同一体感を得やすかったのである。婚礼の場合でも、荷物を運んだ人がその場で立ち去るとき、または婚礼の客が帰るとき、門口で立ったままで茶碗(ちゃわん)酒を飲むことがある。これは別れの酒であり、盛り切り1杯しか飲まない。職人や奉公人が客や主人から与えられる酒は、慰労のためのものである。晩酌(ばんしゃく)のことを「ダリヤメ」などというのは、ダリ(疲労)を自ら慰労する意味であろう。
近世に入って酒の大量生産が可能になり、いつでも購入して飲めるようになると、ハレの日でなくても杯を手にする人は多くなり、また群飲から個人の嗜好品に移ってくる。もともと酒は、祭りの期日にあわせてつくり、祭りのおりに使いきってしまうもので、個人で飲む場合も自家製のものであったが、醸造の技術が進み、灘(なだ)、伏見(ふしみ)などの名産地で大量生産を始める。スギ材で樽(たる)をつくる技術の普及に支えられ、酒の運搬が容易になる。いよいよ大量生産が進む。近世末から近代にかけての資本主義形成の時期に、造り酒屋の果たした役割は大きい。それら酒造業者は、杜氏(とうじ)とよばれる技術者をはじめ、各地の農村から冬の農閑期に人を集め、出稼ぎ人を集める形で酒をつくった。日本では米を原料とする酒が一般的で、清酒の出回るまでは濁り酒(どぶろく)であった。途中で沸かして発酵を止めると甘酒になるので、甘酒も祭りには酒と同様に扱われる。沖縄の泡盛(あわもり)(米を原料とする焼酎(しょうちゅう))をはじめ、芋焼酎、そば焼酎などもある。
[井之口章次]
酒の代謝
アルコールは小さい分子であるから、酒のアルコールは胃から約20%、小腸から約80%が吸収され、門脈を経て肝臓に運ばれたのち、血流によって全身へ達する。体内のアルコール分は、その80%が肝臓で代謝分解を受け、また約10%が尿、汗、呼気となって排泄(はいせつ)される。アルコールの代謝分解のサイクルは、アルコールがアセトアルデヒドになり、酢酸に酸化され、酢酸は体中でTCAサイクルという代謝経路によって炭酸ガスと水とに分解され、エネルギーを生成する。この経路には、(1)アルコール脱水素酵素による(主反応)もの、(2)MEOSとよばれるミクロソームにあるエタノール酸化系によるもの(細胞質内にある膜様構造体にあるmicrosome ethanol oxidizing system)、(3)カタラーゼ系によるもの、の3通りがある。(1)の経路が主体をなしており、エタノールはアルコール脱水素酵素により、補酵素NADの助けでアセトアルデヒドになり、第2段階としてアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の触媒で酢酸に酸化される。酢酸は体内で代謝されてゆく。ALDHには、アセトアルデヒドが低濃度のときに働くALDH2と、高濃度にならないと働かないALDH1がある。日本人の約半数は遺伝的にALDH2の活性が弱いか欠けている。したがって、アセトアルデヒドを速く分解できないために、少量のアルコールでも酔う。酒に強い弱いは遺伝的な体質である。
[秋山裕一]
心身への影響
酒の主成分であるアルコールは独特の麻酔作用をもつ。酒を飲んで「酔い」を発するのはこのためである。一般に麻酔の段階は、第1期(痛覚低下期)→第2期(興奮期)→第3期(麻酔期)→第4期(酩酊(めいてい)期)と進行するが、アルコールによる場合は、第1期と第2期の持続が長い。麻酔薬の場合はこれらの期が短く、第3期が長い。
1杯飲んだあとはまず、軽い麻酔によって精神的な抑制が解け、陽気になる。酔いの状態は血中アルコールの濃度に左右され、酩酊度と血中アルコール濃度との関係は次のようである。
(1)0.05~0.1% 微酔期。ほろ酔い状態で快活になる。
(2)0.1~0.15% 軽度酩酊期。よくしゃべり、気勢があがる(清酒で1~2合)。
(3)0.15~0.25% 中度酩酊期。興奮期で怒ったり、泣いたり感情の急変があり、千鳥足となり、吐く。
(4)0.25~0.35% 強度酩酊期。顔面蒼白(そうはく)となり、歩行不可能となる。
(5)0.35%以上 昏睡(こんすい)期。
血中濃度の上昇は酒を飲んでから30分から1時間でピークになるが、酔いは飲酒量、そのスピードにより異なり、また体重により、アルコールの酸化能力、アルコール(アセトアルデヒド)の作用に対する感受性などの強弱によって異なる。とにかく酒はゆっくりと、少量ずつ気楽に飲むことである。通常、清酒1合のアルコール分は約3時間で代謝されるといわれている。二日酔いは、アルコールの代謝産物である有害なアセトアルデヒドが十分に処理されないことによる急性の中毒症である。また、飲み過ぎは、血糖値の低下、アルコール代謝に伴う脱水状態、血液のアシドーシス(血液が正常のpHより酸性になる症状)などをおこし、これらの要因が複合的に影響し、二日酔い状態が続くとされている。二日酔いに対しては、迎え酒は一時的に酔いを促すだけで、やるべきではなく、水を多く飲む、糖分を摂取する、ビタミンB1やビタミンCをとる、カキやレモンなどの果実を食べる、などがよいとされている。酒は各人の適量を守り、楽しく飲むことである。
[秋山裕一]
臓器への影響
酒と肝臓
飲んだ酒のアルコールは大部分が肝臓の酵素で分解され、酢酸となって体中でエネルギーになるので、肝臓を傷めないように飲むことがたいせつであるが、肝臓は復原力の大きい臓器で、代謝能力も日ごろの栄養により左右される。とくに良質のタンパク質の摂取がだいじである。毎日大量(日本酒で3合以上)の飲酒は肝臓に影響し、肝硬変をおこすとされる。肝臓機能を示す酵素としてγ(ガンマ)‐GTP(ガンマ・グルタミル・トランスペプチターゼ)があるが、大酒家で肝障害のある場合は、このγ‐GTPの値が非常に高い(酒をやめると低くなる)。適量の飲酒、食事とのバランス、肝臓の休養も必要である。
[秋山裕一]
酒と心臓
酒を飲むと末梢(まっしょう)血管の拡張がおこり、血流がよくなるために顔が赤くなったりするが、一方血圧は下がる。これは、アルコールの代謝により生じるアセトアルデヒドの作用による。血中アルコールの影響で心筋の収縮力が低下し、脈拍が増える。大酒家に高血圧や動脈硬化症の例が多い。食事内容や生活環境などの間接的影響も大きいと考えられている。
[秋山裕一]
酒と胃腸
適度のアルコールは胃粘膜を刺激し、胃液分泌を促進し食欲を増進するが、大量の飲酒や強いアルコールは胃粘膜に悪影響がある。また、酒は糖尿病や肥満と関係あるとされるが、これは総カロリーの過剰や、ホルモンの一種であるインスリンの供給不足により、血糖があがり尿に糖が出るからで、かつて、日本酒の糖が糖尿病に関係があるようにいわれたことがあるが、誤りである。また、酒類は高カロリーの飲み物で、食生活の向上による摂取カロリーの過剰、運動不足などとともに、肥満の一因ともなっている。カロリーバランスを考えて飲酒も適量にする必要がある。
[秋山裕一]
『坂口謹一郎著『日本の酒』『世界の酒』(岩波新書)』▽『宮沢光著『酒の今昔』(1956・中外経済社)』▽『住江金之著『日本の酒』(1962・河出書房)』▽『柚木学著『日本酒の歴史』(1975・雄山閣出版)』▽『加藤辨三郎編『日本の酒の歴史』(1977・研成社)』▽『多々井吉之助著『酒飲みの医学』(1969・創元社)』▽『加藤伸勝著『酒飲みのための科学』(1977・講談社)』▽『『東京大学公開講座22 酒』(1976・東京大学出版会)』▽『秋山裕一著『酒つくりの話』(1984・技報堂出版)』▽『秋山裕一著『日本酒』(1994・岩波新書)』▽『日本農芸化学会編『お酒のはなし』(1994・学会出版センター)』