日本大百科全書(ニッポニカ) 「甘酒」の意味・わかりやすい解説
甘酒
あまざけ
米麹(こめこうじ)の酵素の作用を利用して、デンプン質を糖化した甘い飲み物。一夜酒(ひとよざけ)、なめ酒ともいい、醴とも書く。中国にも似たような飲み物はあるが、それは酒醸(チウニャン)といい、酒薬(チウヤオ)で糯米(もちごめ)を糖化したもので、米麹でつくる甘酒は日本固有のものである。甘味の少なかった江戸時代に珍重された。飯を炊いて、これに約半量の水を加え、60℃ぐらいにし、米麹を米と等量加えて保温ジャーに入れ、55~60℃で6~8時間あるいは一夜保つと、糖化は完了する。煮立てて殺菌しておくのがよい。酒粕(さけかす)を利用する場合は、酒粕1キログラムに約40℃のぬるま湯を2~3リットル入れ、火にかけ、ゆっくり加温する。粕がほぐれてきたら、砂糖を約500グラム加え、煮立てて飲む。アルコール分を少し含み、タンパク質と酵母に富む酒粕のエキスである。
[秋山裕一]
『日本書紀』に応神(おうじん)天皇に醴酒(こさけ)を献じた旨がみえ、甘酒の歴史の古いことがわかる。中国や朝鮮にも古くから醴があった。日本では甘酒は元来、日常用よりはハレの日のもので、とくに神供に用いられ、甘酒祭が各地に行われてきた。埼玉県北葛飾(きたかつしか)郡では9月9日の祭礼を甘酒祭とよび、新穀で甘酒をつくり、豊作を祝う。淡路島の津名郡では10月20日の地(じ)の神祭を甘酒節供ともいい、甘酒をつくって供える。長崎県対馬(つしま)では6月初午(はつうま)に、天童(てんどう)信仰に基づくヤクマ祭が催され、麦甘酒をつくり、甘酒団子を川の傍らに供えた。江戸時代、江戸や京坂には甘酒売りの行商が盛んで、甘酒釜(がま)を箱に入れて担ぎ、「あまーい、あまーい」と触れ歩いた。社寺の門前には祭礼縁日の客目当てに腰掛け店を構えるものも現れた。初めは寒い季節に熱くして売ったが、やがて暑中にも好まれるようになった。俳諧(はいかい)では「一夜酒」「醴酒」「甘酒売り」とともに「甘酒」は夏の季語。
[竹田 旦]