日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルコール」の意味・わかりやすい解説
アルコール
あるこーる
alcohol
狭義では酒類の成分であるエタノール(エチルアルコール)をさすが、一般には広くアルコール類の総称として用いられる。炭化水素の水素原子をヒドロキシ基-OHで置換した化合物の総称で、一般式R-OHで示される。
[徳丸克己]
歴史
語源は、アラビア語でal-koh'l(粉状物質)に由来するが、当初は現在の意味のアルコールをさしていたものではない。その後アルコールということばの意味が変わり、酒を蒸留して燃えるものを得る操作を「アルコール化」というようになり、さらにこれから得られた留出物をアルコールとよぶようになった。これが、現在広く用いられる総称としてのアルコールとなったのは19世紀からである。
[徳丸克己]
分類
構造から分類すると次のようになる。
(1)ヒドロキシ基の数が1個、2個、3個の場合をそれぞれ一価アルコール、二価アルコール、三価アルコールという。ヒドロキシ基が2個以上のものを多価アルコールという。また二価アルコールのうち、2個のヒドロキシ基が隣り合う炭素に結合しているものをグリコールという。
(2)ヒドロキシ基が結合している炭素原子の種類により、第一炭素原子に結合しているものを第一アルコール、第二、第三炭素原子に結合しているものを、それぞれ第二アルコール、第三アルコールという。
(3)分子内に二重結合または三重結合をもつものを不飽和アルコール、もたないものを飽和アルコールという。芳香族炭化水素の側鎖にヒドロキシ基の置換しているものは芳香族アルコールという。しかしベンゼン環に直接結合しているものはフェノールといい、アルコールとは区別している。
[徳丸克己]
命名法
骨格の炭化水素名の語尾-e(ン)を-ol(オル)に変える正式の命名法と、慣用では炭化水素基名にアルコールをつける方法とがある。たとえばCH3OHは、前者では、炭化水素名methane(メタン)からmethanol(メタノール)となり、後者では、メチル基-CH3にアルコールをつけ、メチルアルコールと名づけられる。二価および三価アルコールは、語尾を-diol(ジオール)および-triol(トリオール)と変える。
[徳丸克己]
存在
天然には酒類に含まれるエタノールや、多価アルコールである糖や、植物の精油中に含まれるテルペン系のアルコールのようなものがあるが、多くはカルボン酸と縮合したエステルの形で存在する。
[徳丸克己]
各種アルコールの製法
かつて、エタノールはデンプンや糖蜜(とうみつ)などの発酵により多量に製造されていた。現在でも飲料用のエタノールは発酵法により製造されているが、工業用のアルコール、とくに炭素数の少ない、いわゆる低級アルコールは石油を原料として製造されている。
(1)メタノールの製法 一酸化炭素と水素から約300℃、200~300気圧、酸化亜鉛、酸化クロム触媒あるいはさらにこれに酸化銅を加えた触媒上の反応により製造される。原料の気体混合物は、天然ガスのメタンの部分的酸化あるいは石油の炭化水素をニッケル触媒上で水蒸気と処理して製造される合成ガスを用いる。
CO+2H2CH3OH
(2)エタノールの製法 現在工業的には石油から得られるエチレンを酸の存在下で水と反応させて製造されている。
(3)2-プロパノール(イソプロピルアルコール)の製法 これもエタノールと同様に石油から得られるプロピレンを酸の存在下に水と反応させて製造している。
(4)1-ブタノール(n-ブチルアルコール)の製法 石油からのエチレンの酸化で得られるアセトアルデヒドあるいは石油からのプロピレンを原料として製造されている。
アセトアルデヒドを原料とするときは、これをアルカリ水溶液中でアセトアルドールとし、これを脱水してクロトンアルデヒドとし、その水素化により製造する。
プロピレンからはまずオキソ法により一酸化炭素および水素とコバルト系の触媒上百数十℃、200~300気圧で反応させてブチルアルデヒドをつくる。
生成したブチルアルデヒドを水素化して1-ブタノールとする。
(5)多価アルコールの製法 たとえばグリコールのもっとも簡単な構造であるエチレングリコールは、エチレンを酸化して酸化エチレンとし、これを加水分解して製造する。
これをフタル酸と脱水縮合させてポリエチレンテレフタレート系合成繊維の製造に利用する。また不凍液としても用いられる。
また二価アルコールのプロピレングリコールCH3CH(OH)CH2OHは、(4)と同様の過程でプロピレンから製造され、ポリエステル系合成繊維や不凍液として用いられる。
(6)不飽和アルコールの製法 炭素鎖に不飽和結合を有するものを不飽和アルコールといい、アリルアルコールCH2=CHCH2OHが代表的であるが、これはプロピレンから製造され、さらにグリセリン、グリンドールなどを製造する。
このほかにもプロピレンおよびブテンを原料としたオキソ法により、アルデヒドを経由して各種のアルコールが製造されている。
[徳丸克己]
性質
一価アルコールのうちメタノール、エタノール、プロパノールおよびブタノールは、水と任意の割合でよく混じり合う。また一般に低級アルコールは水に溶けやすいが、ペンタノールよりも炭素数が多いアルコールは水には溶けにくい。アルコールにはヒドロキシ基があり、これは水と水素結合をつくって混ざりやすい親水的な性質がある。他方、炭素鎖は水とは混ざらず疎水的である。炭素鎖の短いアルコールでは、親水性が強く現れて水によく溶けるが、炭素鎖が長くなると疎水性が強くなり、そのために水と混ざりにくくなる。また液体のアルコールでは、アルコール分子の間でヒドロキシ基が水素結合を形成して安定化するので、同じ炭素数の炭化水素に比べてはるかに沸点が高い特徴がある。
[徳丸克己]
アルコールの反応性と生成物
アルコールのヒドロキシ基は、弱いが酸としての性質がある。金属ナトリウムの小片を過剰のメタノールやエタノールに加えると、激しく水素を発生して溶解し、ナトリウムメトキシドあるいはナトリウムエトキシドを生成する。
アルコールを塩酸や臭化水素酸と処理すると、アルコールのヒドロキシ基が塩素や臭素で置換されたハロゲン化アルキルが生成するが、同時にアルコールから水が脱離した形のアルケンも生成する。
アルコールから1分子の水をとる脱水反応は、アルケンの合成上重要である。たとえばエタノールでは、濃硫酸と加熱すると、140℃程度の反応ではジエチルエーテルが生成し、170℃程度の反応ではエチレン(アルケンの代表的なもの)が得られる。
アルコールを工業的に脱水するには、アルコール蒸気を加熱したアルミナ触媒上を通す。
第一および第二アルコールは酸素をはじめ種々の酸化剤により容易に酸化されて、それぞれアルデヒドおよびケトンを生成し、アルデヒドはさらにカルボン酸に酸化される。
工業的には、たとえば、メタノール蒸気を加熱した銅などの触媒上を通してホルムアルデヒドに酸化し、これはフェノール樹脂などの原料として用いる。
酢酸はかつては、もっぱらエチレンの酸化により生成するアセトアルデヒドの酸化により製造されてきたが、近年はメタノールをロジウム触媒の存在下、一酸化炭素と反応させて製造され、この方法は「メタノール酢酸法」とよばれる。
現在メタノールは溶剤として、また酢酸などの合成原料として多量に製造されている。
2-プロパノールの蒸気を加熱した酸化亜鉛触媒上を通すと、脱水素がおこり、アセトンが得られる。
またアルコールをカルボン酸と酸触媒存在下に加熱するとエステルが得られる。
エステルは芳香性のものが多い。
[徳丸克己]
高級アルコール
アルコールのうち炭素数の少ないものを低級アルコール、炭素数の6個以上のものを高級アルコールという。低級アルコールは現在石油を原料として製造されるが、高級アルコールは天然から得ることが多い。かつて欧米諸国は照明用の油を得るために多量のクジラを捕獲してきたが、鯨ろうの中には高級アルコールと高級カルボン酸のエステルが含まれている。したがって、このようなエステルを加水分解すると、高級カルボン酸と高級アルコールが得られる。たとえば、鯨ろう中の炭素数16のアルコール、すなわちヘキサデカノール(セチルアルコール)と炭素数16のカルボン酸、すなわちヘキサデカン酸(パルミチン酸)のエステルからは、炭素数16のカルボン酸と炭素数16のアルコールが得られる。
クジラの油の加水分解により炭素数18のオクタデカノール(ステアリルアルコール)も得られ、またミツバチがつくるみつろうからは炭素数30のアルコール、すなわちトリアコンタノール(ミリシルアルコール)CH3(CH2)28CH2OHが得られる。
多くの天然の油脂は高級カルボン酸のグリセリンエステルとして存在する。これを加水分解して高級カルボン酸とするかわりに、水素により接触還元すると、エステルのカルボン酸の部分がアルコールに還元される。たとえば牛脂などの接触還元により炭素数16と18のアルコールが得られる。やし油の接触水素化により炭素数8、10、12、14のアルコールが得られる。
これらの高級アルコールは天然物からだけでなく石油を原料として製造され、アルキル硫酸エステルナトリウム塩CH3(CH2)nCH2OSO2O-Na+の形の洗剤の原料とし、また可塑剤として用いられる。
[徳丸克己]
『大須賀篤弘・東田卓著『基礎 有機化学』(2004・サイエンス社)』▽『水野一彦・吉田潤一編著『有機化学』(2004・朝倉書店)』▽『日本化学会編『実験化学講座14 有機化合物の合成2』第5版(2005・丸善)』