杜氏(とうじ)(読み)とうじ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「杜氏(とうじ)」の意味・わかりやすい解説

杜氏(とうじ)
とうじ

酒造り職人の頭目。ひいては造酒職人の総称。「とじ」ともいい、また酒杜氏に対し醤油(しょうゆ)杜氏、菓子杜氏の称もあるが、一般的ではない。「とじ」の名は家刀自(いえとじ)(主婦)の古称に由来するとみられ、古く宮廷の造酒司(みきのつかさ)でも造酒の神や酒甕(がめ)に関して「刀自」の名が用いられていた。旧時は、酒を醸しその管理にあたるのは女主人の役割であったためらしく、古い職人図絵の類にも酒造りは女性の姿に描かれている。おそらくは、中国伝説における酒造の祖「杜康(とこう)」の名にそれが付会されて、「杜氏」の表示がのちに通例となったとみられる。ともかく、室町時代以後、清酒(澄酒(すみざけ))の醸造法が一般化して各地に酒造業者(酒蔵)が幾多生じると、酒造職人と業者の分化が広くみられるに至った。日本酒の醸造は冬季約3か月に限られたので、季節出稼ぎの職人団に「酒造り」は寄託して、業者はその販売処理にだけ専念するのが有利であり、一方それは冬季働きに乏しい雪国や山村農民には絶好の「働き場」ともなった。かくて丹波(たんば)杜氏、越後(えちご)杜氏、南部杜氏但馬(たじま)杜氏、備中(びっちゅう)杜氏など、各地に伝統的な酒造技術を伝える職人団がおのずと形成され、各地の酒倉(酒造業者)とそれぞれ連繋(れんけい)を保って今日に及んでもいる。杜氏はその頭目であり、輩下に頭(かしら)、麹師(こうじし)、酛師(もとし)の三役以下、室子(むろこ)という助手下働きの分業的職階があり、順次年功で昇進する仕組みにもなっていた。農民の技術的季節労働者団としては特異な存在で、日本酒の醸造の実際はまったく彼らの技法に依存してきたのである。

[竹内利美]

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