(読み)れい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「礼」の意味・わかりやすい解説


れい

中国の前近代社会で、伝統的社会制度や道徳規定をさす語。とくに、儒教のいわゆる聖人(おもに公(しゅうこう))の定めた礼(経書としては『周礼(しゅらい)』『儀礼(ぎらい)』『礼記(らいき)』の「三礼(さんらい)」が中心)をさし、六経(りくけい)(六芸(りくげい))や五経の一部とされる。概して、差等的秩序、具体的実践、拘束的規範性を強調する側面がある。礼という文字は、元来、祭器、また祭礼の儀式とかかわるが、広く貴族社会の秩序をさすようになった。周の礼、すなわち周の伝統文化を尊崇した孔子(孔丘(こうきゅう))は、礼に道徳的色彩を与え、法治に対する礼治(徳による支配)、「克己復礼」(自覚的実践倫理)を主張した。孔子以降の儒家は、一方で伝統的儀礼の継承に努め、一方で礼の理論化を進め、『礼記』に収められるさまざまな文献を残した。荀子(じゅんし)(荀卿(じゅんけい))は、とくに礼を重視し、「礼義」こそ、聖人が、社会秩序の維持のために考案したものと考え、礼論を展開した。儒者たちが、前漢帝国の典章制度の整備に関係して以来、儒教は、国家を頂点とする社会秩序を、理論的に正当化する礼教として機能することが多かった。他方、経学としての礼学は、鄭玄(じょうげん)の『三礼注』を基礎に進められ、唐の『礼記正義』『周礼注疏(ちゅうそ)』『儀礼注疏』に、漢唐訓詁(くんこ)学の成果がまとめられている。朱熹(しゅき)(朱子)も、礼を「天理の節文」として重んじ、「三礼」を再構成して『儀礼経伝通解』を作成した。また、清(しん)朝考証学では、礼学の名物学的側面に成果があがり、宮室車服など古代文物の実証的研究が推進された。

[高橋忠彦]

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精選版 日本国語大辞典 「礼」の意味・読み・例文・類語

れい【礼】

〘名〙
① 社会の秩序を保ち、人間相互の交際を全うするための礼儀作法・制度・儀式・文物など。儒教では、五常の一つとして、人の道として踏み行なうべき最も重要な規範とした。礼儀
※十七箇条憲法(604)「四曰、群卿百僚、以礼為本、其治民之本、要在于礼」 〔易経‐乾卦文言〕
② 感謝の気持を表わすことば。また、謝礼として贈る金品。
※玉塵抄(1563)五「文をかいて礼どもとって財を得ことか」 〔論語‐陽貨〕
敬意を表わすこと。また、そのために頭を下げること。おじぎ。拝礼。
※古今著聞集(1254)一九「貞信公の、まさしく手自(てづから)うゑ給へる名木あり。仍(よりて)かれに礼をいたすなり」
④ 神への供えもの。供物。礼奠(れいてん)
※太平記(14C後)二五「其外金銀幣帛の奠、蘋蘩蘊藻(ひんぱんうんさう)の礼(レイ)」 〔礼記‐雑記下〕
⑤ 年始の祝賀の挨拶。年礼。
※雑俳・柳多留‐八(1773)「上下のせなかをさする礼の供」
⑥ 「れいまいり(礼参)」の略。
※雑俳・柳多留‐九(1774)「こりもせず礼からむす子すぐに行」

いや ゐや【礼】

〘名〙
① 礼儀。うこと。うや。
書紀(720)推古一二年四月(図書寮本訓)「四に曰はく、群卿(まちきみたち)百寮(つかさつかさ)(ヰヤ)を以て本と為よ」
② 敬意を表わして頭を下げること。
※読本・雨月物語(1776)仏法僧「威儀ある武士、頭まろげたる入道等うち交りて、礼(ヰヤ)たてまつりて堂に昇る」
③ 感謝の気持を表わすことば。お礼のことば。
※滑稽本・浮世床(1813‐23)初「早速御いやを申たく存候へども、きのふは風の心地にて」

らい‐・す【礼】

〘他サ変〙 敬い拝む。礼拝する。敬礼する。
※実方集(998頃)「思ふことなりもやするとうちむきてそなたざまにぞらいしたてまつる」
※高野本平家(13C前)六「われ毎日に三度彼人を礼(ライ)する文あり」

らい【礼】

[1] 〘名〙
① れい。礼儀。
② 礼拝。敬礼。→らいす
日葡辞書(1603‐04)「Rai(ライ)。すなわち、レイ」
[2] 礼記(らいき)のこと。また、礼記・周礼・儀礼の総称

うや‐・ぶ【礼】

〘他バ上二〙 うやまう。いやぶ。
※書紀(720)推古一一年一一月(図書寮本訓)「我、尊き仏の像有(も)てり。誰か是の像を得て恭拝(ウヤビまつら)む」

れい‐・する【礼】

〘自サ変〙 れい・す 〘自サ変〙 敬意を表する。礼を尽くした手厚いもてなしをする。
※百丈清規抄(1462)三「点心の先に礼する礼は湯の礼ぞ」

うや【礼】

〘名〙 うやうやしくふるまうこと。礼儀。いや。〔色葉字類抄(1177‐81)〕

れい‐・す【礼】

〘自サ変〙 ⇒れいする(礼)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「礼」の意味・わかりやすい解説


れい
Li

中国において,社会的秩序ならびに個人的行為の伝統的規範をいう。礼の旧字「禮」は,神事を示す「示」と儀式に用いる豆 (たかつき) ,あるいはそこに供物が豊富であることを示す「豊 (れい) 」とから成っているように,周代では,礼とは祭りの儀式とこれに伴う身分,義務,行為などの王朝による規定をさした。これを社会的,個人的秩序規範として取上げたのが古代の儒家であり,ことに法家の人為的強制「法」に対し,その伝統的,慣習的性格である敬,の精神的要素や,音楽を伴う集団的和合の効果が強調され,また人倫秩序の理念を示すものとされ,その範囲も「五礼」のように全秩序を包含するものとなった。漢代には,その具体的規範を示す『周礼』『儀礼』およびその解説の『礼記』が成立した。世俗的には,むしろ法的強制力をもつ規範となって,長く封建的身分制,家父長的権力構造などを細部にわたって維持する役割を果した。

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デジタル大辞泉 「礼」の意味・読み・例文・類語

れい【礼〔禮〕】[漢字項目]

[音]レイ(漢) ライ(呉) [訓]いや うや
学習漢字]3年
〈レイ〉
社会生活上守るべき行動の形式。規範となる作法。また、儀式・制度など。「礼楽礼儀礼節礼服礼法儀礼虚礼婚礼祭礼失礼縟礼じょくれい葬礼朝礼典礼非礼無礼
敬って拝すること。おじぎ。「礼拝敬礼巡礼答礼拝礼目礼黙礼立礼
感謝の意の表明。おれい。「礼金礼状謝礼返礼
ライ
敬って拝すること。「礼賛礼拝敬礼きょうらい頂礼
礼に関する中国の書物の名。「礼記儀礼三礼
[名のり]あき・あきら・あや・かた・なり・のり・ひろ・ひろし・まさ・まさし・みち・ゆき・よし

れい【礼】

社会秩序を保ち、人間関係を円滑に維持するために守るべき、社会生活上の規範。礼儀作法・制度など。「にかなったやり方」「を失する」「を尽くす」
敬意を表すために頭を下げること。おじぎ。「先生にをする」
謝意を表すこと。また、その言葉。また、謝礼のために贈る金品。「本を借りたを言う」「世話になった人にをする」
儀式。「即位の
[アクセント]124イ、3はレ
[類語](1礼儀礼節儀礼礼式礼法作法さほう風儀マナーエチケット虚礼/(2お辞儀一礼敬礼最敬礼黙礼拝礼低頭会釈目礼叩頭叩首答礼握手一揖/(3謝礼返礼報礼謝儀こころざし礼物礼金謝金報謝報酬薄謝薄志謝辞

いや〔ゐや〕【礼】

敬うこと。尊敬すること。礼儀。うや。
「賢弟の―を納むる、何の望みかこれに過ぐべき」〈読・雨月菊花の約〉

らい【礼】

礼記らいき」のこと。また、「礼記」「周礼」「儀礼」の総称。

うや【礼】

うやうやしくすること。礼儀。いや。
「出で入り―無し」〈景行紀〉

らい【礼】[漢字項目]

れい

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旺文社世界史事典 三訂版 「礼」の解説


れい

中国における社会秩序を維持するための生活規範
日常の礼儀作法,風俗習慣,年中行事宗教儀礼,国家社会の制度などを含むが,周では宗法とともに封建制の法制的基礎をなした。春秋以後くずれたものを儒学が回復をめざした。そのため儒学では特に周代の礼を基礎とする。

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世界大百科事典 第2版 「礼」の意味・わかりやすい解説

れい【礼 lǐ】

中国で礼といえば,日常の礼儀作法にとどまらず,冠婚葬祭通過儀礼はもとより,家,地域社会,学校,朝廷といった場における作法や式次第も包括する。特定の時と場にふさわしい,対他的な身体行動を規範化したもの,といえるだろう。のみならず,こうした個人の身体行動を超えて,国家を維持し運営してゆくためのシステムの総体もまた,礼の名で呼ばれた。《周礼(しゆらい)》は《儀礼(ぎらい)》《礼記(らいき)》とならぶ〈三礼(さんらい)〉の一つであるが,この古典的礼書には,宇宙の秩序になぞらえて官僚制度や文物典章が整然と記述されている。

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世界大百科事典内のの言及

【挨拶】より

…人と人とが出会うとき,言葉や身ぶりのなんらかの儀礼的交換があるのがふつうである。いまデュルケームの宗教社会学の概念を借りて(《宗教生活の原初形態》1912),それらを〈消極的儀礼negative rite〉と〈積極的儀礼positive rite〉に分けることができるであろう。…

【慣習法】より

…一般に慣習法は成文法の発達とともに後退するが,中国では秦の始皇帝による集権的統一国家以後成文の法が発達し続け,明・清に至って極点に達したという状況があり,成文法による統一的・画一的支配が長く続き,しかも社会規範として成文法と慣習法の併存という形をとらないのである。 成文法は慣習法より〈礼〉と併存する,というより礼の実現を目ざすというあり方を示した。慣習法は成文法によって領域を狭められ,さらに礼によって排除されるのである。…

【作法】より

…ところが,中世後期に生まれたヨーロッパの宮廷社会のように,緊密な社会的相互依存体系が成立すると,ただ単に他人に害をあたえてはならないというだけでなく,他人に不快感をあたえるおそれのあるふるまいを抑制し,周囲の人々の動作を模倣するなどして,できるだけ他人に気に入られるようにふるまう必要が生じる。そうして,挙措動作の全般にわたってある種の洗練化が徐々にすすみ,それはけんかやあだ討ちにも作法,礼儀があるといわれるように,立居振舞のあらゆる領域に及ぶ。作法が倫理道徳の問題であるよりも,むしろしばしば美の問題であり,無作法な動作は悪であるよりも醜と感じられることが多いのも,このような成立事情によっている。…

【儒教】より

…(1)五倫五常 三綱五倫(君臣・父子・夫婦と兄弟・朋友)の身分血縁的関係をあるべき人倫秩序とし,家族組織から政治体制まで貫く具体規定を備える。この人間関係を支える必要な道徳が,五常(仁・義・礼・智・信)であり,その修得のための人間論・意識論がくりかえされた。(2)修己治人 五常を修養し(修己),五倫秩序の実現につとめる(治人)不断の教化が,統治層士人(君子)の任務である。…

【春秋戦国時代】より

…その労働者の多くは奴隷であった。《礼記(らいき)》という書物に,〈礼は庶人に下さず,刑は大夫に上(のぼ)さず〉という。礼は,各身分間の関係を規定した制度で,当時黄河流域の諸国のあいだでは共通した社会的規範として認められていたが,庶人はその規範の埒外(らちがい)におかれていたことを意味し,士までが一応支配階層として考えられていたことを示している。…

【善】より

…〈善とは何か〉に当たるものはむしろ〈仁とは何か〉であった。しばしば,儒教では礼(外的な規範)に合致することが善である。儒教道徳は外面道徳である,と説かれることがあるが,それは正しくない。…

【中国】より

…乃木将軍の死は武士道の精華とこそいうべきであろうが,どう考えても儒教的ということはできないように思われる。君父に対するいかに深い哀痛であろうとも,それを礼によって抑制して〈性を滅せしめない〉のこそ儒教の教えであった。汨羅(べきら)に身を投じた忠臣屈原の自殺がしばしば遺憾とせられるのは,すなわちそれである。…

【礼楽】より

…礼は,字義としては祭神に酒醴(しゆれい)を捧げて農事を祈報する意で,その祭祀の饗宴をも指した。起源として,禁忌・神聖諸観念に覆われた政教未分の宗教儀礼があり,その支配下で全人間生活が営まれた。…

※「礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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