日本大百科全書(ニッポニカ) 「権威」の意味・わかりやすい解説
権威
けんい
authority
権威ということばは、さまざまな意味で一般に用いられる。日常的には、特定の分野における優れた人物や事物をさしたり、社会的信用や資格を意味したりするが、共通していることは、「社会的に承認を受けた」ということである。社会関係においては、制度、地位、人物などが優越的な価値を有するものと認められ、それらの遂行する社会的機能が社会によって承認される場合、それらの制度、地位、人物は権威を有している、という。この権威現象がもっとも顕著な支配・服従関係に限定すれば、強制力をもつ権力が社会的承認によって妥当性をもつに至った場合、権威が成立する。権力者が権力をもち、その権力を行使することが正しいと服従する者から認められる場合、服従者にとっては、その権力に服従することが正しいことであり、内容の吟味は二義的なものになってしまう。そして、強制によるのではなく、自発性をもって権力に服従することになる。このように、権力関係の正当性の信念が服従者に植え付けられたとき、権力は権威とよばれる。
[谷藤悦史]
権威の形成過程
権力的支配関係は本来不安定なものである。というのは、権力への服従は、服従者にとって不本意なものにほかならず、不利益を意味するからである。しかし、権力関係の成立によってもたらされる秩序の安定は、服従者にとって利益となることも事実である。服従者は、こうした利益・不利益さらには力関係をも含めて合理的に検討し、服従の道を選択する。この権力関係が長く持続されると、服従がしだいに制度化され、無批判的服従が一般化するようになる。そして、服従によってもたらされた秩序の安定が利益の源であるにもかかわらず、権力者が利益を創出しているという錯覚が生じる。優越的権力に対する服従は、権力者の優越的能力に対する服従へと転化し、より積極的なものとなる。服従は権力者の人格そのものに向けられ、その人格の営むすべての社会的機能が服従に値するものとなる。
[谷藤悦史]
権威の機能
権力は、いったん獲得されると、その維持のために多くの努力が払われなければならない。物理的強制力や経済的その他の利便の供与などもそのための重要な手段である。しかし、これらは、服従者に反感を醸成して彼らに抵抗の機会を与えたり、利便供与の停止が服従の撤回につながるなど、維持のコストは増大することこそあれ、けっして減少はしない。こうした手段のみでは、権力の永続化や安定化は望めない。
権力は正当化されることによって、すなわち権威に転化されることによって、服従者からの積極的服従を調達することができ、安定したものになる。いったん服従者からの信頼をかちえると、権力者がマイナス機能を遂行しない限り、それほど能動的な維持努力を払わなくても信頼関係は破壊されないので、権力維持のコストは安くつく。このため、権力者にとって、権力の正当性の信念を服従者に植え付け、権威によって権力関係の安定化を図ることは、つねに重要な関心事である。権力獲得の契機あるいは手段がいかに非合法的であろうとも、権力者はつねに権力の正当化に努める。こうした権力過程を丸山真男(まさお)の「権力の再生産過程モデル」で表すと、(C―)D―L―O―D(―S)となる。紛争conflictが起こり、力を背景とした支配・服従関係dominance and subjugationが成立する。そして、権力の正当化legitimationを通じて権力を組織化organizationし、服従者に諸価値を配分distributionして解決solutionするのである。
権威は服従者にとっても有用なものである。H・サイモンによれば、権威とは、「他人からの通信messageを、その内容を自身で吟味せずに、しかし進んで受容する現象」であり、精神的労苦の節約になる。すなわち、多くの人々は、自己の意思決定を権威に任せることによって、自信のない問題について決断を下す煩わしさから解放される。
[谷藤悦史]
権力の正当性
権力が権威に転化するのは、服従者による権力の正当性の是認である。M・ウェーバーはこの正当性について三つの基本的タイプを提示した。合理(法)的正当性は、秩序、制度、地位などの合法性に基づいたものであり、法をその基礎に置いている。権力の行使が適切な手続によって作成された法律に従っているために正当性が生ずるのであり、服従は個人に対して向けられたものではなく、法で定められた地位や権限に向けられたものである。伝統的正当性においては、伝統が神聖化され、支配者は血統、家系、伝統によってその地位につき、伝統的手続に基づいて権力を行使するために内面的な服従を獲得する。カリスマ的正当性は、支配者個人の超人間的・超自然的資質、またその個人を通じて発せられる啓示に対する個人的帰依に基づく正当性である。丸山真男はこの三つのタイプに加えて、神権説や人民主権によっても正当性が成立するとした。
[谷藤悦史]
『丸山真男著『政治の世界』(1952・御茶の水書房)』▽『H・ラスウェル著、永井陽之助訳『権力と人間』(1966・東京創元社)』▽『M・ウェーバー著、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(1972・創文社)』