海軍工廠(読み)カイグンコウショウ

デジタル大辞泉 「海軍工廠」の意味・読み・例文・類語

かいぐん‐こうしょう〔‐コウシヤウ〕【海軍工×廠】

海軍艦船兵器弾薬などの製造修理購入実験などをする施設。旧日本海軍では、横須賀・呉・佐世保舞鶴の各軍港に設置されていた。

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精選版 日本国語大辞典 「海軍工廠」の意味・読み・例文・類語

かいぐん‐こうしょう ‥コウシャウ【海軍工廠】

〘名〙 旧日本海軍で、海軍艦船と、兵器の製造、修理、艤装、兵器の保管供給をつかさどった役所。各軍港にあり、その鎮守府に属していた。
東京朝日新聞‐明治三九年(1906)一〇月二一日「横須賀海軍工廠に於て建造中の一等戦艦」

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「海軍工廠」の意味・わかりやすい解説

海軍工廠
かいぐんこうしょう

旧日本海軍で艦船や兵器の設計、製造、修理、検査、補給、購買を担当した工場と、これを統括した機関の総称前身は1866年(慶応2)に江戸幕府が創設した横須賀製鉄所で、これに加えて1871年(明治4)に明治政府が接収した石川島造船所を基礎として発展し、1905年(明治38)に神奈川県横須賀と広島県呉(くれ)の海軍工廠が機構整備された。軍直轄の海軍工廠は以後陸軍工廠とともに日清(にっしん)、日露戦争を通じて兵器生産の自立化と自足化を目ざした。しかし、陸軍はある程度成功したものの、海軍では両戦役を経たあとも十分には達成されず、いわば「軍器の独立」をみたのは第一次世界大戦後においてであった。それでも艦船については、1911年にイギリスに発注した巡洋戦艦「金剛(こんごう)」を最後に、以後すべて国産の軍艦で占めるようになった。海軍工廠は造船工業の中核として、日本重工業発展の先導者の役割も演ずることになった。

[纐纈 厚]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「海軍工廠」の解説

海軍工廠
かいぐんこうしょう

軍艦・兵器の製造修理や兵器・艦営需品の調達・保管・供給などを行う機関。1903年(明治36)海軍工廠条例により各鎮守府造船廠・兵器廠などを統合して設置。当初は横須賀・舞鶴・呉・佐世保の各鎮守府に設置され,造船・造機・造兵の3部からなった。呉はさらに製鋼部をもち,兵器・装甲板製造の中心となった。23年(大正12)航空機製造にあたる広(広島県)海軍工廠を設置,のち航空機関係は航空工廠に分離したが,戦時下での需要急増に対応して39年(昭和14)豊川(愛知県),翌年光(山口県),太平洋戦争中には相模(神奈川県)・川棚(長崎県)・鈴鹿(三重県)・沼津(静岡県)・多賀城(宮城県)・高座(こうざ)(神奈川県)・津(三重県)に開設された。

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世界大百科事典(旧版)内の海軍工廠の言及

【軍工廠】より

…明治維新以降第2次世界大戦時までの日本陸海軍の兵器(軍艦,航空機,火薬,燃料を含む)の製造・修理,兵器素材(特殊鋼,鋼材等)の製造等をおこなった国有軍事工場の総称で,日本の軍事生産の中核を担った。陸軍工廠と海軍工廠に大別される。両者とも,明治維新政府が旧幕府,西南雄藩が建設した造船所,兵器工場を接収および新設して出発した。…

※「海軍工廠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」