清水峠(読み)シミズトウゲ

デジタル大辞泉 「清水峠」の意味・読み・例文・類語

しみず‐とうげ〔しみづたうげ〕【清水峠】

新潟・群馬県境にある三国山脈を越える峠。地形が険しいために通行者が少なかった。標高1448メートル。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「清水峠」の意味・読み・例文・類語

しみず‐とうげ しみづたうげ【清水峠】

新潟・群馬県境にある三国山脈を横断する峠。谷川岳の北東方にあり、険しく、江戸時代通行人も少なかった。明治一八年(一八八五新道開通。標高一四四八メートル。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

日本歴史地名大系 「清水峠」の解説

清水峠
しみずとうげ

魚野うおの川の支流のぼり川沿いに清水道(現国道二九一号)南東に遡上し、東の大烏帽子おおえぼし(一八一九・六メートル)と西の七ッ小屋ななつごや(一六七四・七メートル)大源太おおげんた山に続く稜線を越えて群馬県利根とね水上みなかみ町へ抜ける標高一四四八メートル付近の峠。清水の集落の南方追分おいわけよりさらに遡上すると、十五里尾根じゆうごりおね、別名謙信尾根けんしんおねの道が分岐して峠に至る。清水道を下って魚野川沿いの坂戸さかど(現六日町)までは一本道で、戦国期には直路じきろ呼称があった。

清水峠
しみずとうげ

濁川にごりかわ街道沿い、鹿角津軽郡(現青森県南津軽郡)境の峠。慶安三年(一六五〇)一〇月の「乍恐目安を以南部秋田之境目論地言上上仕候」に、「秋田領大館と南部之境目ハ従前代札立場袈裟懸坂清水峠峯切ニ御座候」とみえる。なお同三年二月の「秋田・南部境目秋田領より目安上申ニ付返答言上書」には「賤ケ峠」とあり、同年九月の秋田南部国境之覚に「志つか峠」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「清水峠」の意味・わかりやすい解説

清水峠
しみずとうげ

群馬・新潟両県の県境にあって三国山脈(みくにさんみゃく)を横断する峠の一つ。谷川岳(たにがわだけ)の北北東で標高1448メートル。南西三国峠と対比される。上越間の通路として中世末期には直越峠(すぐごえのとうげ)といわれたが、地形が険阻で三国峠より約200メートル高いので、江戸時代には廃道同然となった。そこで1885年(明治18)群馬県の沼田(ぬまた)、湯檜曽(ゆびそ)を経て峠を越え、新潟県の六日町(むいかまち)(現、南魚沼(みなみうおぬま)市)に至る幅5メートルの国道が設けられ、三国峠越えよりも距離を約10%(約20キロメートル)短縮した。のち新潟―東京間の近道として利用されたが、1893年信越本線、1931年(昭和6)国鉄(現、JR)上越線の全通で、峠を利用する人は激減した。

[村木定雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「清水峠」の意味・わかりやすい解説

清水峠 (しみずとうげ)

群馬県北部,利根郡みなかみ町と新潟県南魚沼市の境にある三国山脈越えの峠。標高1448m。谷川岳の北東,笠ヶ岳と七ッ小屋山の間にある。中世から関東と越後の連絡路が通り,近世初期には参勤交代路であった。南西の三国峠に比べ地形がけわしいため,万治年間(1658-61)に三国峠越えの三国街道が主要交通路となり,幕末までの利用は少なかった。1874年に清水峠越えの新道が開削されてから,三国峠越えとともに関越交通路として利用された。しかし,崩壊地が多いため道路維持は困難をきわめ,1931年の上越線開通後はほとんど利用されない。上越線の清水トンネル,新清水トンネル,上越新幹線の大清水トンネルが清水峠の8~15km南の茂倉岳や谷川岳の下を通る。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「清水峠」の意味・わかりやすい解説

清水峠
しみずとうげ

群馬県北部,みなかみ町新潟県南東部,南魚沼市との境にある三国山脈越えの峠。標高 1448m。古くは南西に位置する三国峠とともに,三国山脈を横断する重要な通路であった。中世には三国街道後閑と六日町 (→六日 ) を結ぶ近道の清水越往還が通っていたが,峠が険しく,江戸時代には廃道同様になった。 1874年清水越道路が新しく開かれたが,信越線や上越線の開通により交通路としての意義を失った。この峠の西方清水トンネル (上り専用) ,新清水トンネル (下り専用) ,上越新幹線の大清水トンネルの鉄道トンネル (2万 2221m) と,関越自動車道の関越トンネル (1万 926m) が通る。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「清水峠」の意味・わかりやすい解説

清水峠【しみずとうげ】

群馬・新潟県境,三国山脈の笠ヶ岳と七ッ小屋山の鞍(あん)部にある峠。標高1448m。中世末期,直越(すぐごえ)の峠と呼ばれ上野(こうずけ)と越後を結ぶ清水街道が通じ,上杉氏の上野侵攻に用いられたと伝えているが,険路のため近世は衰微。南西の三国峠越えより近道のため1885年改修,上越線開通まで利用された。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の清水峠の言及

【峠】より

…しかし59年峠の直下に三国トンネルが開通し,車道(国道17号線)が通じて再び活気を取り戻している。その北の清水峠(1448m)は明治初年に新道が開削され一時期利用されていたが,上・信越線開通の影響でまったく衰えてしまった。このように街道の通過する峠には歴史的に古いものが多く,重要なものについては峠道が併設されて複数の峠が隣接する。…

※「清水峠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」