演劇教育(読み)えんげききょういく

改訂新版 世界大百科事典 「演劇教育」の意味・わかりやすい解説

演劇教育 (えんげききょういく)

演劇創造鑑賞活動をとおして,学習者の人間形成に資そうとする芸術教育の一分野。また,演劇の本質や機能を教育活動のさまざまな面に生かすことによって,教育活動の活性化を促そうとする教育運動の一主張でもある。〈演劇教育〉は,俳優など演劇人養成のための教育をさすこともあるが,これについては〈俳優教育〉の項目を参照されたい。

 演劇を教育活動の中に生かそうとする考え方は,ヨーロッパでは古代ギリシア時代からみられ,中世のキリスト教寺院でも,教義礼拝を劇化する方法がとられていた。近代教育の父といわれるチェコスロバキアの教育思想家J.A.コメニウスは,《遊戯学校Schola ludus》(1654)という著作によって演劇教育の有効性を主張,近代教育の中に演劇教育を位置づけた先駆者となった。日本では,明治期を迎えキリスト教の布教が許されるようになると,教団によるミッション・スクールが設けられたが,そこで行われたキリストの降誕劇や,教会の日曜学校におけるクリスマス劇などが,演劇教育の先鞭をつけたとされる。また,日本の近代的な児童文化・児童文学の創始者といわれる巌谷小波はドイツでの見聞をもとに,1903年ころから〈学校芝居〉を提唱し,そのための脚本を発表した。さらに,大正期の新教育運動の中で,あるいはその影響のもとに,私立成城学園の学校劇運動や,坪内逍遥による児童劇運動などが始められ,演劇教育は一定の普及をみた。しかし,24年には,〈学校劇禁止令〉として知られる文部省による禁止措置がとられ,第2次大戦後民主教育が発足するまで学校教育の中に正当な市民権を与えられなかった。

 演劇教育の役割は,演劇活動を通して,子どもたちの集中力や想像力,からだや言葉の表現力と,豊かな感情を育てること,また,さまざまな役を演じ,集団による創造を体験したり,その舞台の鑑賞などを通して,民主的な生き方や,人間的な連帯感を育てることである。その役割は貴重なものといえるが,とくに,60年代以後の技術革新と高度経済成長とによってもたらされた社会の変貌の中で,子どもたちから直接体験の場が奪われ,孤立化が進んでいる状況では,子どもたちにとっての演劇活動,演劇体験の意義は,ますます大きなものとなっている。それは,学芸会文化祭に,ひとまとまりの劇を上演し,発表するというだけの活動にとどまらず,日常生活の中で自己表現したり,さまざまな小集会などで,即興的に演じたりする創造的な活動が重視されるようになっている。こうして,現在,演劇教育の役割は大きくなり,その活動はしだいに盛んになりつつあるが,指導者の養成はほとんど行われていない。これからの重要な課題である。
学校劇 →児童劇
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