最新 心理学事典「集団」の解説
しゅうだん
集団
group
集団について心理学的に検討するときに認識しておかなければならないのは,集団自体に心の存在を想定してはならないということである。「集団とは何か」を巡る議論は,古代ギリシアの哲学の論考にさかのぼる。その中で,「精神や意識は遍在し,あらゆるものに存在している」とするプラトンPlatonの汎心論は,現代に至るまで多大な影響を及ぼしてきた。集団や社会に関する心理学が始まった19世紀末から20世紀初め,汎心論は「集団にも心がある」とする集団有機体説と結びついた。集合表象representation collectivesの概念を提示したデュルケムDurkheim,E.や,民族心理学Volkerpsychologieの研究を長年にわたって行なったブントWundt,W.など,集団に心性を想定した研究者は,当時の心理学の発展を牽引した有力者の中にも数多く見いだされる。それらの代表的存在が,集団心group mindを提唱したマクドゥーガルMcDougal,W.(1922)である。彼は,集団には個人を超えて集団心が存在し,永続すると考えた。その考えに基づき,彼は『Group Mind』で,集団の中では,個人は自らの意思というよりも集団の意思で行動するようになり,個人(成員)はたとえ入れ換わっても,集団の心は受け渡され次の世代に継承されていくと論じた。
主流となりつつあった集団心の考え方に対して,オルポートAllport,F.H.は,集団や社会において観察される行動や現象を,集団や社会が保持する心によって説明することは非科学的であると批判した。彼は,『American Journal of Sociology』に発表した論文「The group fallacy in relation to social science」(1924)の中で,「すべての科学では,(ある現象が発生した原因の)説明は,より原初要素的な(ミクロな)レベルへと科学の概念を近づけることによってのみ可能になるのであり,説明の原理として,個人ではなく集団を代理的に用いることに錯誤の本質がある」(カッコ内は筆者による補足)と述べている。彼のこの指摘は集団錯誤group fallacyの批判とよばれる。彼の主張は,現在の科学観からすれば,還元主義に偏りすぎたものではあるが,心の科学を標榜して発展してきた当時の心理学にとって,非科学的であるという指摘は,きわめて大きなインパクトをもって受け入れられた。その結果,集団に関する心理学研究は,レビンLewin,K.によるグループ・ダイナミックスの台頭まで,一時的にせよ大きく後退した。
今日,複雑系科学の発展によって,組織文化やチームワークのように,個人特性に還元することのできない集団の全体的な創発特性の存在が注目されてきている。しかし,集団に心の存在を想定することが不適切であることに変わりはない。心は個人に宿るものである。心をもつ個人が複数集まって相互作用することで生み出される集団の全体的特性は,たとえ心理学的な特性を帯びるものではあっても,心とよべるものではない。プレマックPremack,D.とウッドラフWoodruff,G.(1978)が,人間は,他者やモノが「心をもっている」と素朴に信じ想定する心の理論theory of mindをもっていることを指摘している。集団に心の存在を想定してしまうのは,人間が陥りやすい認知様式であると考えられ,十分に注意すべきである。
【集団の種類】 集団を研究するにあたって,集団を分類する基準は多様に示されてきた。日常的にかかわりの深い家族や友人集団,学級集団や職場集団等の分類は,集団の目標の違いに基づく分類である。心理学では,成員にとって集団のもつ意味や機能に着目した普遍性の高い分類が検討されてきた。代表的な分類には以下のようなものが挙げられる。
一つ目は,内集団in-groupと外集団out-groupの分類である。最初にこの分類を提示したのはサムナーSumner,W.G.(1978)である。彼の分類は,自己の所属する集団を中心におき,それ以外のすべての集団に対して,自集団を基準にした評価を行なうエスノセントリズムethnocentrism(自民族中心主義,自文化中心主義)の考え方を基盤にしている。内集団はウチで外集団はヨソモノ,あるいは,内集団はわれわれ集団we-groupで外集団は彼ら集団they-groupと表現することができる。
心理学の世界で,この分類の重要性を知らしめたのが,タジフェルTajfel,H.とターナーTurner,J.C.(1986)が提示した社会的アイデンティティ理論social identity theoryと,それに関する一連の実証研究である。彼らは,自己をある一つの社会的カテゴリーに属する存在として認識する心理的行為を自己カテゴリー化self-categorizationとよび,自己概念を探索し獲得する行為であると論じた。彼らの理論によれば,自己をある社会的カテゴリーの一員として認知すると,そのカテゴリーが本人にとっての内集団になり,それ以外は外集団になる。そして,内集団の成員を自己に類似した特性をもつ人びとであると勝手に思い込み,好意的にひいき目に評価する内集団ひいきin-group favoritismが生じるようになる。他方,外集団の成員に対しては,自己とは異質な特性をもつ人びとであると認知し,差別的,攻撃的に評価する外集団差別out-group discriminationが生じるようになる。前者を内集団バイアスin-group bias,後者を外集団バイアスout-group biasとよぶこともある。
タジフェルらの指摘は,民族紛争をはじめとする各種の社会的紛争はマクロレベルの現象であるが,その発端は,個人が自らの社会的アイデンティティを模索し獲得する心理というミクロレベルの行為にあることを明らかにして,社会心理学におけるミクロ-マクロ・ダイナミズムに着目した研究を促進した。彼らの研究によって,内集団と外集団の分類は,心理学研究の中で重要な位置づけのものとなっている。
二つ目は,1次集団primary groupと2次集団secondary groupの分類である。1次集団とは,家族や友人集団のように,直接的な対面的相互作用によって成り立っている集団であり,2次集団とはコミュニティや社会のように,距離を隔てた間接的な接触によって成り立っている集団である。インターネットを介して間接的な接触による相互作用が珍しいものではなくなってきた今日にあって,人間にとって2次集団の存在は,かつてとは異なる意味をもちつつある。直接的に対面することで醸成されるとされてきた親密な対人関係は,一度も対面したことのない人物たちとのネットワークの中でも成立しうることがわかってきた。古典的な集団の分類基準ではあるが,その重要性が再認識されている。
三つ目は,多数者集団majority groupと少数者集団minority groupである。これは一つの社会や集合の中で,多数派を占める者たちと少数派の者たちとを分類するものである。単に人数の多寡によって決まる場合もあるが,少数者集団は,社会勢力的に劣る者たちを意味することもある。グループ・ダイナミックスが発展した当初は,多数者集団が少数者に同調を強いる圧力の強さについて検討した同調行動研究が大勢を占めていた。これに対して,モスコビッチMoscovici,S.は,少数者が一貫した主張を繰り返すことで多数者の態度を転換させる可能性を指摘して,実験を行ない,その主張の妥当性を確認した。彼の指摘と研究パラダイムは,これに続く多くの研究を促進した。数多くの追試によって,モスコビッチの主張は,修正を加えるべきことが明らかになっているが,社会規範の変革プロセスを検討したり,社会的紛争の解決を検討したりする際に,多数者集団と少数者集団の分類は,重要な枠組みと心理学的知見をもたらしている。
これらのほかにも,成員同士の結びつきが情緒的融和に基づくゲマインシャフトGemeinschaftと打算に基づくゲゼルシャフトGesellschaftに二分する分類がある。また,年齢や性別,職業や信仰する宗教などの人口統計学的属性を基準にグルーピングしてできあがる社会集団には多様な分類がある。さらに,公的基準によって形式的に形成される社会集団のような集団をフォーマル集団formal groupとよび,対人的相互作用によって生まれる密接な心理的結びつきに基づく集団をインフォーマル集団informal groupとよぶ分類もある。
【集団の構造】 組織organizationは,ある目標を達成する目的で形成された集団である。したがって,組織集団organized groupは,その目標の達成を効率的に成し遂げるために,水平の分業による職務の役割分担や,垂直の分業による職位や職階の違いを設けて,初めから一定の構造を備えている。しかし,効率的な目標達成をめどとして設計された構造だけが集団の構造ではない。友人集団のように,初めは単に成員が集まっただけでとくになんの構造も存在しなかった集団であっても,成員たちが相互作用を繰り返すうちに,しだいに対人関係をはじめとするさまざまな構造が生まれてくる。職務分担や職階のように組織図に表わされる構造はフォーマル構造formal structureとよばれるのに対して,成員たちの相互作用によって集団の中に構築される構造はインフォーマル構造informal structureとよばれる。集団に構築される構造には多様なものがあるが,代表的なものとしては,勢力構造power structure,コミュニケーション構造communication structure,ソシオメトリック構造sociometric structureが挙げられる。
勢力構造は,成員各自が保持する勢力の強弱の関係性によって形成される構造である。勢力powerとは他者に対して影響力を行使しうる潜在的な能力を意味する。フレンチFrench,J.R.P.とレイブンRaven,B.H.(1959)は,勢力の基盤の違いに基づいて,強制勢力coercive power,報酬勢力reward power,正当勢力legitimate power,専門勢力expert power,準拠勢力(参照勢力)referent powerの五つに分類している。どのように勢力の強弱関係が規定されるのかについては,エマソンEmerson,R.M.(1972)の勢力依存理論power dependence theoryによって説明される。人間は他者との社会的交換によって生活を営んでいる。ある相手との交換関係が自分にとって価値の高い報酬をもたらす重要なものであれば,その相手への依存度は高いと考えられる。相手に依存するということは,勢力関係としては相対的に相手よりも弱い立場を意味する。お互いにとってその交換関係が同じように重要であれば勢力関係は均衡するが,どちらかの依存度が相手よりも高い場合には均衡は崩れ,依存度の高い方は相手よりも勢力的に弱い立場におかれることになる。集団の成員たちは相互作用を通して,他者の保持する勢力の基盤を認知し合い,各自の勢力を評価し合うことで,勢力関係を構築していく。この関係性が,集団の勢力構造となる。なお,組織集団においては,職位や職階に応じて一定の勢力があらかじめ付与されることが一般的である。職位の上位者になるほど,指示や命令を出して,成員をそれに従わせる勢力(権力)を組織がルールとして与えるのである。この所与の勢力構造は公式なものであるのに対して,成員たちが相互作用を通して作り上げる勢力構造は非公式なものである。この二つが異なる様相を示すとき,組織内に勢力の二重構造が存在することになる。
コミュニケーション構造は,成員間で交わされるコミュニケーションの様相を反映して構築されるものである。成員同士がコミュニケーション行動でつながる様子はネットワーク構造として把握される。ネットワークの構造には,全員が互いに他の成員全員とつながる星型のネットワークや,リーダーを中心にすべてのコミュニケーションがリーダーを経由して行なわれ,情報がリーダーに集中する車輪型,各自コミュニケーションを取る相手が決まっていて一列につながるチェーン型などのモデルがあるが,実際のコミュニケーション構造はこれらを複数合成した多様で複雑なものとなる。また,頻繁にコミュニケーションが交わされる二者関係もあれば,まったくコミュニケーションが交わされないものもあったりする。コミュニケーション構造の特性を分析する際には,ある成員にコミュニケーションが集中している程度(集中度)や,ネットワークの広がりの程度(密度),互いに発話している程度(相互性)の指標が用いられる。
ソシオメトリック構造は,成員の好悪感情に基づく人間関係の構造であり,集団のインフォーマル構造を表わすものである。ソシオメトリーsociometryは,モレノMoreno,J.L.が開発した人間関係の測定技法であり,各成員に,集団の中から好感をもつ相手を,順番をつけて複数名選択させ,選択と被選択の結びつきの関係を,グラフ理論を活用したソシオグラムで図示する。ソシオグラムを描くことで,成員間の好悪関係の様相,各成員のもつ情緒的関係の広がりの様相,集団全体の情緒的な対人関係構造の様相,多くの成員から選択されているインフォーマル・リーダーと各成員のインフォーマル地位,好悪感情に基づく集団内の下位集団の存在等を把握することができる。
【集団の機能】 レビン(1951)は,複数の個人が集まって集団が形成されると,個人が互いに影響を及ぼし合って,集団には心理学的場psychological fieldができると指摘した。心理学的場は成員たちが作り上げるものでありながら,同時に成員の心理と行動に多様な影響を及ぼす。集団を形成してから時間が経過するにつれて,成員たちは「われわれ意識we-ness」を感じるようになり,情緒的な連帯感を抱くようになる。また,自己をその集団の一員として認知して社会的アイデンティティをもつようになる。このことは,集団が個人に社会的アイデンティティをもたらす機能をもっていることを意味する。自己の所属する集団は内集団となり,好意的に評価する内集団バイアスが働く。そして,集団の一員であることに魅力を感じ,集団の一員でありつづけたいと願う気持ちが強くなる。この集団の一員であることに成員が感じる魅力の総体は集団凝集性group cohesivenessとよばれ,集団の一員としてふさわしい言動と態度を取ろうとする動機づけを高める。この動機づけは,成員たちが互いに自己の態度を調整して,全体として調和の取れた状態を作り出そうとする心理的ベクトルにつながる。
集団の形成初期においては,成員が個々に異なる意見や判断をもっていても,集団内で相互作用を繰り返すうちに,全員の意見が一つに収斂していく現象が見られる。成員の態度を一つに収斂させる集団の機能は斉一性の圧力とよばれる。シェリフSherif,M.(1935)は,暗室の中の自動光点運動を被験者たちに観察させ,各自が知覚した光点の移動距離を口頭で報告させる実験を行なって,斉一性の圧力の存在を確認するとともに,集団規範が生成されるプロセスを明らかにした。
斉一性の圧力と類似するものとして,多数者による同調conformityの圧力が挙げられる。アッシュAsch,S.E.(1951)は,線分の長さの知覚課題を用いて,6~7人の集団の中で,被験者以外の実験参加者(いわゆるサクラ)が明らかに間違った判断を一致して示す状況を作り出して実験を行なった。その結果,たとえ明らかに間違った意見であっても,集団の中で,自分以外の全員が一致して主張するときには,6割以上の人びとがそれに同調することを明らかにした。このとき,自分以外の全員の態度が一致していることが重要で,自分以外にも多数者の態度と異なる態度を取る者がいる場合には,同調する程度は一気に低くなる。
このように集団は,成員たちが連帯感をもち,凝集性を高めながら,規範を形成し,結束していく。しかし,集団活動のさまざまな局面において,成員間の意見や利害が対立して,一定の葛藤が発生することは避けられない。発生した葛藤を放置すれば,成員間の亀裂は深まり,集団の凝集性は低下し,いずれ崩壊を迎えることになってしまう。そうした破壊的事態を迎えることがないように,成員の欲求や感情を配慮し,集団内の対立の調整緩和を図る働きかけが成員間でなされることがある。この集団の維持機能は,成員間の相互作用が生み出す機能であるが,とりわけ集団のリーダーが発揮する影響力,すなわちリーダーシップleadershipによって生み出される側面に注目が集まってきた。また,集団の維持に加えて,集団の目標達成を促進するような働きかけも成員間でなされることもある。これは,集団の目標達成機能である。集団の維持機能と目標達成機能の二つは,円満で充実した集団活動を実現するために必要な集団機能の基本である。この二つの機能をいずれも高度に促進する働きかけを行なうことが,優れたリーダーシップの条件であることは,ブレークBlake,R.R.とムートンMouton,J.S.(1964)のマネジリアル・グリッド理論や三隅二不二(1984)のPM理論をはじめとして,多数の二要因理論が提示されていることからもわかる。
集団の機能は,個人の自律的な言動を制約する方向で働くネガティブな側面もある一方,個人に社会的アイデンティティを与えたり,協力し支え合ったりするポジティブな側面もある。集団を形成して進化してきた人間にとって,集団は適応すべき生活環境であり,人間の社会性を育み,社会脳の進化をもたらす機能を果たしてきたと考えられる。 →グループ・ダイナミックス →社会的勢力 →集団意思決定 →集団間関係 →集団生産性 →同調
〔山口 裕幸〕
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