〘他カ五(四)〙
[一] 手や足、爪、またはそれに似たもので物の
表面をこする。また、そのような動作で切り取り、削り取る。
① 爪を立ててこする。
※
万葉(8C後)六・九九三「月立ちてただ
三日月の眉根掻
(かき)気
(け)長く恋ひし君に逢へるかも」
※
源氏(1001‐14頃)
玉鬘「
法師は、せめてここに宿さまほし
くして、かしらかきありく」
② 腕や手首を
上下、または左右に動かす。また、鳥が羽を上下に動かす。
※西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)二「大河の水に漂ひ泛べり、其の身手を運(カキ)、足を動かし」
※
拾遺(1005‐07頃か)恋二・七二四「ももはがき羽かく鴫
(しぎ)もわがごとく朝わびしき数はまさらじ〈
紀貫之〉」
③ くしで髪をすく。くしけずる。
※万葉(8C後)一八・四一〇一「朝寝髪 可伎(カキ)もけづらず」
⑤ (爪を立てるようにして)物にとりつく。かじりつく。
※
古事記(712)下・
歌謡「
梯立(はしたて)の 倉梯山を 嶮
(さが)しみと 岩迦伎
(カキ)かねて 我が手取らすも」
※俳諧・曠野(1689)七「落ばかく身はつぶね共ならばやな〈越人〉」
⑦ 箸などを手前に動かして
食物を口に入れる。食物をかきこむ。
※
平家(13C前)八「猫殿は
小食におはしけるや。きこゆる猫おろしし給ひたり。かい給へ」
⑨ (かきよせるように)報酬として、または、賭け事で金を取る。
※平家(13C前)九「頸をかかんと甲(かぶと)をおしあふのけて見ければ」
⑪ 道具を動かして、物をけずる。
※大鏡(12C前)二「工ども裏板どもを、いとうるはしくかなかきて」
[二] 手や道具で、左右に振るようにして押しのけたり、回すようにしてまぜたりする。
① 水を左右へ押し分ける。また、水をかき回す。
※万葉(8C後)八・一五二〇「
朝なぎに い可伎
(カキ)渡り
夕潮に い漕ぎ渡り」
※日本読本(1887)〈新保磐次〉五「船中に湯を沸しその
蒸気の力を以て車を廻し、この車を以て水を掻かしむ」
② 左右に分けるようにして捜し求める。押し開くような動作をする。
※
書紀(720)神功摂政元年三月(北野本訓)「其の屍を探
(カケ)ども得ず」
③ 払いのける。とりのぞく。
※日葡辞書(1603‐04)「ハイヲ caqu(カク)」
④ 粉状の材料に液体を加え、器をこするようにしてまぜる。
※東京の三十年(1917)〈田山花袋〉その時分「それはすいとんといふもので、蕎麦粉(そばこ)かうどん粉かをかいたものだが」
[三] 外に現わす。
① 汗、いびきなどを、からだの外に出す。
※平家(13C前)五「高いびきかいて臥したりけるが」
※魔風恋風(1903)〈小杉天外〉前「身体中汗を発(カ)いて」
② 恥や、できものなどを身に受ける。
※東大寺諷誦文平安初期点(830頃)「道のへに乞
(かたゐ)伏せり。疥
(はたけ)掻
(カキ)て目所も无く腫れ合ひて」
※平家(13C前)四「おりのべを一きれもえぬ我らさへ薄恥をかく数に入るかな」
③ 他に対してみっともない表情を顔に現わす。
※浄瑠璃・女殺油地獄(1721)上「御免成ませ。お慈悲お慈悲とほゑづらかく」
※雑俳・柳多留‐四(1769)「小侍女郎の中でべそをかき」
④ こちらの負担になることを他にしてやる。また、給金を与える。
※浮世草子・西鶴織留(1694)五「半としの紅白粉あるひは草履銭、こっちから賃かきて奉公いたすになりぬ」
[語誌](1)爪や手など先の尖った物を用いて何かの表面を強くひっかく意味が原義で、そのような動作をすることを広くいう。「加岐(カキ)ひく」〔古事記‐下・歌謡〕、「訶岐(カキ)苅り」〔古事記‐下・歌謡〕など、「掻く」動作の意を表わして複合語を作ることも多く、「掻き口説く」「掻き廻(み)る」など原義を残さず接頭語として使われるに至った。
(2)(三)は(一)(二)と意味のへだたりが大きいが、良くないことばかりにいうところをみると、心身の不快や苦痛で「あがく(足ずりする)」「もがく(身もだえする)」ことの結果が、外面に現われるところをとらえた用法であろう。