坂井(市)(読み)さかい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「坂井(市)」の意味・わかりやすい解説

坂井(市)
さかい

福井県北部にある市。2006年(平成18)、坂井郡三国町(みくにちょう)、丸岡町(まるおかちょう)、春江町(はるえちょう)、坂井町が合併して市制施行、坂井市となる。市名は、かつて市域が所属した坂井郡の郡名による。西は日本海に面し、北はあわら市、石川県加賀市、南は福井市、永平寺町、勝山市に接する。南部を九頭竜川(くずりゅうがわ)が北西流し、同川は北部を西流する竹田川(たけだがわ)を河口近くで合せて日本海に注ぐ。東部山地丘陵、中部に坂井平野が広がり、西部は砂丘地および丘陵地である。中央を南北にJR北陸本線が走り、その西方をえちぜん鉄道三国芦原(みくにあわら)線が通る。道路は国道8号(北陸街道)、305号、364号、北陸自動車道が通じ、同自動車道の丸岡インターチェンジがある。福井空港は1966年(昭和41)に開港したが、1976年以降、航空会社の定期便は就航していない。

 市域は九頭竜川河口右岸に位置する三国湊(みなと)を中心に発展してきた。778年(宝亀9)には高麗使者が三国湊に着いている。三国湊は中世奈良興福(こうふく)寺兼春日(かすが)社領坪江庄(つぼえのしょう)の要港として活況を呈する。江戸時代には越前北部における唯一の湊として、福井藩の保護と統制を受けた。東部の山間には泰澄開創という豊原寺(とよはらじ)があった。盛時は豊原三千坊と称され、越前の修験の中心道場であったとされる。1576年(天正4)柴田勝家(しばたかついえ)の甥(おい)の勝豊(かつとよ)が丸岡城を築く。江戸時代になると、本多氏を経て1695年(元禄8)からは有馬氏が丸岡藩主となる。丸岡城天守は国指定重要文化財、三国町梶(かじ)の丸岡藩砲台跡は国指定史跡。

 現在、農業では米作のほか、ラッキョウ、スイカなどを栽培、肉牛の飼育も盛ん。ほかに繊維工業、絹・人絹織物、マーク類、ワッペンなどの細幅織物が盛んである。福井市のベッドタウンとして住宅団地の造成も進んでいる。瀧谷寺(たきだんじ)の庭園は国指定名勝、金銅宝相華文磬は国宝。六呂瀬山(ろくろせやま)古墳群は国指定史跡。日本海沿いは東尋坊(とうじんぼう)(国指定名勝・天然記念物)や雄島(おしま)、越前松島(えちぜんまつしま)などの景勝地が多く、越前加賀海岸国定公園の一画をなす。面積209.67平方キロメートル、人口8万8481(2020)。

[編集部]


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