稟議制(読み)りんぎせい

改訂新版 世界大百科事典 「稟議制」の意味・わかりやすい解説

稟議制 (りんぎせい)

主として日本の役所が組織内の事務処理に際しとっている意思決定手続の伝統的呼称。稟議とは職務上の上位者への意向伺いの意。この意向伺いの書類が稟議書である。今日では一般に起案書とか事案書といわれている。この稟議書による組織体の意思決定の方式を稟議制という。

 行政組織における稟議制は,課や係といった組織の基本単位に所属する末端の職員が起案した稟議書を順次関係者に合議(あいぎ)(回議)して印判を求め,さらに上位者に回し最後に文書管理規程や事案決定規程で定められている決定権者の決裁を仰ぐといった〈裁定型〉の決定手続である。なお,トップの決定権を下位に委任し,そこどまりで決裁を下すことを専決といい,専決権者が不在のとき決裁を下すことを代決という。

 稟議制は下位の者から起案がなされ上位者は受身の立場になるため〈積上げ方式〉とも,また稟議過程で数多くの捺印がなされるため〈はんこ行政〉ともいわれる。その特色は,(1)決定権のない末端の職員が事案を作成すること,(2)事案はその内容に関連のある他の部門の者によって順次個別的に審議されること,(3)最終的に裁定する決定権者は,原則としてこの手続を経て上ってきた事案を拒否しないことである。

 稟議書は関係部門へ回議され〈審議〉〈審査〉〈協議〉等がなされるが,それが参考のために事前に報告して供覧に付するにすぎないのか,参考意見を求めているのか,事前の実質的な意見調整なのか,それとも同意を求めているのか不定であり,しかも稟議書の配布先もあらかじめ決まっていない。ただし,事案の内容によって規程上必ず合議すべき先が定められている場合がある。このような制度化された合議の先は中央省庁では大臣・長官官房や自治体での総務部の文書(秘書)・人事・会計(予算)の各課である。

 稟議制は,文書管理上は文書の形で後日の証拠を残すという意義をもっている。この場合,同一の態様反復継続することが予想される事務の処理を機械的に進行させるもの(事務稟議)と,新たな政策企画の場合のように関係者との非公式の接触懇談,会議の開催等の〈根回し〉によってあらかじめ実質的な了解・同意をえた事案を事後的に稟議書によって正式に確認するためのもの(政策稟議)を区別することができる。稟議制では正式決定までに手間暇がかかるが,いったん決定された事案は関係者の同意をえているため円滑に実施されやすい。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「稟議制」の意味・わかりやすい解説

稟議制
りんぎせい

日本の行政府ならびに企業における明治以来の意志決定の方式。行政(または経営)における意志決定が、末端の職員によって起案された文書(これを稟議書という)を、関係官(者)に順次回議して、その印判を求め、さらに上位者に回送して、最後に法令で定められた決裁者に至る方式、と定義されている(辻清明(きよあき)(1913―1991))。稟議制の特色は、(1)起案が決定権も指導力ももたない末端の職員によって行われること、(2)稟議書は、その内容に関係をもつ課部局の者によって個別に審議されるのであって、関係者が会議を開いて討論審議することは通例ではないこと、(3)稟議書を承認する法的権限は、組織の長(各省ならば大臣、企業ならば社長)にのみあるが、組織の長は、普通は、この長い過程を経た意志決定を原則として認める慣行があること、などである。そのため稟議制は「積み上げ方式」とよばれ、「ハンコ行政」と批判される。

 稟議制の起源については、これを幕末の幕閣における意志決定方式に求めるもの、プロイセンの官僚制の影響を重視するものなど諸説があるが、いずれにしろそれは近代的官僚制組織の意志決定の方式とは異質である。なるほど、稟議制の方式を採用することによって、末端の職員にも組織の決定に参加しているという意識をもたせ、かつ、決定後に、組織内部から異議の生ずるのを未然に防ぐ効果はあろう。しかしその反面、この方式には三つの欠陥がある。第一は能率の低下で、稟議の過程が時間的に長いというだけではなく、関係者が不在であるとか、無意識的か意識的に放置する場合には進行が停滞する。第二は責任の分散である。決定の最終責任は最高長官にあるから、起草者や回議者は書類に目を通したという自覚はあっても、その決定の実行結果についての責任の自覚が乏しい。また最高長官も、自己の責任において起案の指示をいちいち行ったわけではないから、法的責任の意識はあっても、その内容を自分の意志で修正する意欲も能力も乏しい。この方式が「無責任の体系」といわれるゆえんである。第三は、決定に対する指導力の不足ないし指導の困難性である(「殿様方式」)。以上のような欠陥を是正するためには、重要な問題については長官が自らあるいはスタッフの援助を受けて決定し、残る部分については部下に権限委譲を行って決定させる「はりつけ方式」を採用することが望ましい。

[田口富久治]

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百科事典マイペディア 「稟議制」の意味・わかりやすい解説

稟議制【りんぎせい】

正しくは〈ひんぎせい〉。組織内の政策決定に当たって,会議にかける必要のないものにつき,主管者の作成した決定書(稟議書)を,上長や関係部署間に回覧して決裁を受ける制度。年功序列と権限の形式的集中を特徴とする近代日本の組織に固有の制度。しばしば責任の所在を不明にする原因となる。

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世界大百科事典(旧版)内の稟議制の言及

【集団】より

…(1)成員が集団目標の達成に献身することが賞賛されるような価値があること,そしてこれが個人主義的な達成動機とはちがう集団的達成動機を強めていること,(2)集団の繁栄のために成員の和が重視されること,(3)はっきり限定された役割に一人ひとりの成員を配置するのではなく,単位集団(たとえば職場集団)へ所属させて,そこを中心として活動させること,(4)長や上司とよばれる人は単位集団の代表者とみなされ,下位者は彼から温情を期待していること,(5)集団は内においては親密であるが,外に対しては敵対や無関心を示すという閉鎖性をもつこと,などが指摘される。 日本の企業や行政では,さらに年功序列や長期雇用,そして稟議制という意思決定コミュニケーションの制度もまた集団主義の特質にかぞえられる。以上のような日本の集団主義は歴史的な形成物であって不変のものではない。…

※「稟議制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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