職業構造(読み)しょくぎょうこうぞう

大学事典 「職業構造」の解説

職業構造
しょくぎょうこうぞう

職業と職業構造]

職業(occupation)とは,社会的分業のもとで財やサービスを生産・提供するための個人の継続的活動であり,個人はそうした活動によって収入を得て生計の維持を図り,社会的地位や評価を獲得し,職能を発達させ自己実現の達成を図ることができる。社会にとっては,その存続・発展のためにそうした生産活動を諸個人に配分し,所得を分配する場となっている。それゆえ,職業とは,社会的分業の発達した社会においては,個人を社会と結びつける主要な役割ということもできる。「日本標準職業分類」は,職業を「個人が行う仕事で,報酬を伴うか又は報酬を目的とするもの」と簡潔に表現し,具体的な職業の分類として管理的職業,専門的・技術的職業,事務,販売,サービス職業,保安職業,農林漁業,生産工程,輸送・機械運転,建設・採掘運搬清掃包装等の11の職業大分類が用意され,実際上これで分類できない場合には,分類不能の職業という統計上のカテゴリーを用意,その下位に中分類74,小分類329がある。

 職業に類する個人の社会的機能を示す言葉としては,職業以外にも個々の細分化された具体的活動を示す仕事・職務(job)天職など使命感を示すcallingやvocation,高度な専門知識と倫理性を表現するprofessionなど,われわれは日常的にさまざまな用語を使っている。そのなかで日本における職業という用語は,古くから用いられている社会的な地位とその専門的な職能を指す「職」と「生業」,生計の維持にかかわる「業」とからなっており,最も広範囲に用いられる総合的な概念であるといえよう。職業とは異なるものでありながら,広義に職業として一般に用いられる隣接の概念として,個人の職業遂行に係る社会的関係を示す「雇用」や「就業上の地位」がある。また,財やサービスの生産と供給において類似した経済活動が統合的に営まれる場として,事業所の総合体である「産業」の概念がある。

 そこで,職業構造とは,個人の就業上の社会的機能としての職業が,さまざまの技能,経済的機能,社会的地位のレベルにおいて社会で分布している関係構造を指すこととする。そして上述の通り,それは産業構造や雇用構造と密接に関連したものとして展開しているのである。

[大卒者の進路,キャリア展開の場としての日本的な職業構造]

大学卒業者は,職業構造の特定の職業領域を担っている。医師・法曹などの古典的な専門的職業や,教員,技術的職業などは大学学士以上の専門的知識技術の修得を参入要件としている。ILOの「国際標準職業分類」が,技能および教育訓練のレベルと対応させ,テクニシャン層の分類を確立しているのに対して,日本の分類ではテクニシャン層もひろく専門的技術的職業に含まれ,テクニシャン層固有の分類がない点も注目される。ともあれ,保健・医療等のコ・メディカルな領域を含めて,この専門的技術的職業は大学・短期大学・高等専門学校・専門学校の第三段階教育の修了者によって多く占有されている。

 また新規学卒就職の段階での,大学の人文・社会科学系卒業者の職業は,多く事務従事者に分類される。これも諸外国にはほとんど見られない日本的な職業構造の特徴ということができる。統計上で事務の職業といっても,その中には職務の責任の範囲や自律性の程度において大きく異なるものが含まれている。それは職業間の境界(ジョブ・デマルケーション)が弱いためでもある。大卒ホワイトカラー層は,公務員・大企業を中心に発達してきた新規学卒定期一括採用による事務系総合職として就職し,就職時点では専門的知識・技術などをとくに必要としない現場の事務,営業等の業務を経験する。しかしその職業は固定的に個人に当てはめられるのではなく,各人はその後の初期キャリア形成の段階でのOJT(On-the-Job Training)などの手厚い企業内訓練を経て,多くが徐々に管理的職業機能を果たすようになっていく。

 すなわち日本では,大卒採用時には一定期間の継続就業を見込んでの採用がなされていることから,労働市場はジョブ型ではなくメンバーシップ型であると論じられている(濱口,2013)。大学での教育の成果を考えてみれば,就職後現場投入後の一定の期間を経て,大卒者の知識・技術にふさわしい職務を始めた段階で評価されるべきであるという教育の遅効性モデルも,こうした職業構造を前提として整合的に理解されるのである。

[高学歴化と学歴間代替]

継続雇用による昇進機会を多くの学卒者が経験する日本的な職業構造は,高度経済成長期に,多くの企業自身が右肩上がりの成長・拡大を経験したことによっても雇用管理上整合的なものであった。しかし,高学歴化の進展は大学卒業者にふさわしい管理的職業の拡大スピードを上回るものであり,従来の高卒者が期待されていた職業に大卒者が参入するという学歴間代替の進展を伴っていたとみることができる。統計分析から明確に学歴間代替は確認されてきていないが,高度経済成長期から1980年代まで,大卒失業やブルーカラー化が多く論じられてきた。なお,OECD等の国際比較においては,韓国など一部の国で学歴間代替が生じないため高学歴化が大卒失業を生み出すという,日本で生じなかったパターンも指摘されている。

 1990年代以後の雇用モデルの多様化とともに,大卒者についても非正規雇用が拡大し,また初期キャリア形成の一定期間を経てもサービス職業,保安職業,生産工程に従事する大学卒業者が一定規模で存在するようになっており,大卒グレーカラー化,ブルーカラー化が現実に進展していることが明らかである。今日,大学の機能分化と人材養成ポートフォリオが論じられるようになっているのも,こうした現実に対応したものといえよう。
著者: 吉本圭一

参考文献: 濱口桂一郎『若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす』中公新書ラクレ,2013.

参考文献: 大久保幸夫編著『新卒無業。―なぜ,彼らは就職しないのか』東洋経済新報社,2002.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の職業構造の言及

【職業】より

…したがって,職業活動に従事する当事者が専門的職業にならってみずからの職業活動における自律性を確保し,拡張していこうとする専門的職業化が,体系的知識に根ざした技能の行使と社会的貢献の理念化を介して自律性の制度的保障をかちとる試みとして,専門的,技術的職業従事者の間で進められている。
[職業構造の変動]
 職業構造とは,社会的な広がりのなかでくり広げられている各種の職業を体系的に集約したものである。職業構造の変動は工業化社会に共通する現象として,現在においても進行中である。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」