資本論(読み)しほんろん(英語表記)Das Kapital. Kritik der politischen Ökonomie ドイツ語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「資本論」の意味・わかりやすい解説

資本論
しほんろん
Das Kapital. Kritik der politischen Ökonomie ドイツ語

資本主義経済の基本的内容を明らかにしたカールマルクス主著。近代社会の経済的基礎を歴史的かつ批判的にとらえた社会科学の古典の一つ。

[重田澄男]

成立過程

1840年代なかばにヘーゲルの法哲学の批判的検討によって、人間の社会関係の基礎は現実的な経済関係であることを確定したマルクスは、さらに、近代社会を変革さるべき疎外された社会形態であるととらえる社会主義的見地を自らのものにし、スミスリカード、ジェームズ・ミルなどの経済学の研究を進めるなかで、人間社会を物質的生産力の発展水準に応じた生産様式の歴史的諸形態とその移り変わりにおいてとらえる唯物史観を確定し、それを「導きの糸」としながら、近代社会に特有の歴史的形態としての「資本主義的生産様式」把握を基軸として資本主義的経済諸関係の解明を行うようになる。

 とくに1849年ロンドン亡命後は大英博物館の図書館を利用して膨大な文献や資料に取り組み、『原資本論』ともよばれる『1857―58年草稿』(経済学批判要綱)を執筆、その始めの部分の「貨幣にかんする章」を『経済学批判』第1分冊として出版(1859)するが、その後、出版計画は変更される。かくて新たに独立の著作として書き直されたのが『資本論』であって、それに「経済学批判」という副題をつけて、第1巻がハンブルクのマイスナー書店から出版される(1867)。部数1000部。1883年3月マルクスの死亡後、エンゲルスは残された原稿をもとに編集作業を行い、1885年に第2巻を、1894年に第3巻を発行した。第4巻に予定されていた学説史部分は、エンゲルスの死後カウツキーの手によって『剰余価値学説史』として1905~1910年に出版されている。

[重田澄男]

内容

第1巻「資本の生産過程」では、初めに、資本主義的経済関係の基礎的要因であり前提でもある商品と貨幣についての解明を行ったうえで、資本主義的生産について、賃金労働者による剰余価値の生産と資本家によるその獲得という剰余価値論を中心に、労働者の受け取る賃金、資本の蓄積、資本主義的関係の創出としての本源的蓄積、資本主義的発展の歴史的傾向、などを明らかにしている。第2巻「資本の流通過程」では、資本の運動が生産過程だけでなく流通過程をも通過することによって出てくる事態として、資本の循環運動や、資本の回転運動の引き起こす影響、さらには、個別的諸資本の絡み合いとしての社会的総資本の再生産運動についての解明を行っている。そして第3巻「資本主義的生産の総過程」では、生産過程において生み出された剰余価値が、利潤、利子、地代といった現実的諸形態に転化し、それぞれ独自的なあり方をとるようになっていることが明らかにされている。すなわち、まず剰余価値の利潤への転形が、そして、資本の競争のなかでの平均利潤の形成、資本主義的発展のなかでの利潤率の低下傾向が説明され、ついで、商業資本と商業利潤が、利子と信用が、そして資本主義のもとでの土地所有と地代が解明され、最後に最終篇(へん)「収入とその源泉」において、賃金、利子(あるいは利潤)、地代は資本主義的生産関係に基づく近代社会に特有の歴史的形態にほかならないものであることが改めて確認され、賃金労働者、資本家、土地所有者という資本主義社会における基本的三大階級についての総括的把握が行われている。

[重田澄男]

意義

『資本論』は、マルクスの生存中に改訂第2版といくつかの変更や追補を含むフランス語訳(1872~75)およびロシア語訳(1872)が出版されたが、死後には労働運動や社会主義運動の発展のなかで数十か国語に翻訳、出版されている。日本語訳としては、1919年(大正8)に松浦要(かなめ)の部分訳、高畠素之(たかばたけもとゆき)の全訳(1920~24)をはじめとして各種の訳書が出版されており、『資本論』に関する研究書は膨大な数に上っている。

 現在すでに『資本論』第1巻刊行後100年以上たっており、その間に資本主義は自由競争の資本主義から独占資本主義へ、さらに新たな様相を示している現代資本主義へと、『資本論』では解明されていない構造や動態を展開するに至っており、その意味では『資本論』は19世紀中葉の自由競争の最盛期のイギリス資本主義を主たる事実材料として書かれた著作という時代的制約性を示すものである。しかし、資本主義の生産的基礎や諸階級あるいは諸要因などの基本的内容が本質的に資本主義的なものであり続ける限り、『資本論』のもつ現実的意義は失われることはない。『資本論』は、現実の絶えざる発展と変化、経済学・社会科学の理論としての多様な批判にさらされながら、なお巨大な影響を及ぼし続けている。

[重田澄男]

『『資本論』(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫)』『久留間鮫造他編『資本論辞典』(1966・青木書店)』『経済学史学会編『〈資本論〉の成立』(1967・岩波書店)』『杉原四郎・佐藤金三郎編『資本論物語』(1975・有斐閣)』『山中隆次他著『マルクス資本論入門』(有斐閣新書)』『マルクス、エンゲルス著、岡崎次郎訳『資本論書簡』(大月書店・国民文庫)』

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百科事典マイペディア 「資本論」の意味・わかりやすい解説

資本論【しほんろん】

資本主義社会の経済的運動法則を解明し,その生成・発展・没落の過程を考察したマルクスの主著(3巻,1867年―1894年)。第2・3巻はマルクス死後,エンゲルスにより編集・刊行された。商品の価値の実体は抽象的人間労働であり,価値の大きさは社会的必要労働時間によって決まるという分析を起点として,剰余価値論を展開,資本主義社会は一方の極に富,他方の極に貧困を生み出すことを明らかにした。さらにこの社会が原始的蓄積過程を通じて作り出されたことを示した。次いで剰余価値を生む資本がどのように流通し,どのような条件で再生産され,資本家と労働者の関係を拡大再生産していくかを究明した。さらに生産と流通を含む資本の総過程という統一的な観点から資本主義をとらえ,価値法則を基礎にしてそれが利潤や価格や地代等の現象形態にどのような道筋で転化していくかを跡づけた。社会主義に科学的な論拠を与えた著作であり,後世に巨大な影響を与えた。日本語完訳本は高畠素之が1924年に著したもののほか数種ある。
→関連項目侯外廬向坂逸郎マルクス経済学マルクス主義

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精選版 日本国語大辞典 「資本論」の意味・読み・例文・類語

しほんろん【資本論】

(原題Das Kapital, Kritik der politischen Ökonomie 「資本‐経済学批判」) 経済学書。三巻。カール=マルクスの主著。一八六七~九四年刊。唯物史観の立場から、資本主義社会の経済的運動法則を労働力の商品化を基軸として構造的に解明した書。生産過程における剰余価値の法則、資本の再生産と流通、資本主義的生産の問題を分析。資本主義から社会主義への生産様式の推移の必然性を明らかにし史的唯物論の立場を立証している。第二・三巻はマルクス死後、彼の構想に従ってフリードリヒ=エンゲルスが遺稿を整理して刊行した。なお、第四巻にあたる部分はカウツキー編「剰余価値学説史」(一九〇五‐一〇)とみなされている。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「資本論」の意味・わかりやすい解説

資本論
しほんろん
Das Kapital

K.マルクスによって著述された,マルクス経済学最大の古典。 1867年マルクスみずからの手によって第1巻が世に問われたが,第2巻は死後の 85年に,第3巻は 94年に,盟友 F.エンゲルスによって遺稿が整理,編纂され出版された。 W.ペティに始り,A.スミス,D.リカードを経て頂点に達した古典派経済学を集大成するとともに,古典派経済学のなかに含まれていた資本主義的思想を根本から批判することによって,資本主義社会の経済構造を客観的,科学的,体系的に論述したものとして,以後の経済学と社会主義運動に決定的な影響を与えた。

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旺文社世界史事典 三訂版 「資本論」の解説

資本論
しほんろん
Das Kapital

資本主義経済の運動法則を理論的・歴史的に分析したマルクスの代表的著作
社会における階級関係を規定する生産関係が,生産力の発展と矛盾して崩壊することを明らかにし,後世に大きな影響を与えた。マルクスが刊行したのは第1巻(1867)だけであったが,その遺稿をもとにエンゲルスが第2巻(1885)と第3巻(1894)を刊行した。第4巻にあたる部分が,カウツキーのまとめた『剰余価値学説史』(全3巻)である。

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デジタル大辞泉 「資本論」の意味・読み・例文・類語

しほんろん【資本論】

《原題、〈ドイツ〉Das Kapital》経済学書。3巻。マルクスの主著。第1巻は1867年刊。第2巻と第3巻は、マルクスの死後にエンゲルスが遺稿を整理して1885年と1894年に刊行。史的唯物論を導きの糸としながら古典派経済学の批判的検討により、商品から地代に至る範疇はんちゅう規定と資本主義経済の運動法則を解明した。

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世界大百科事典 第2版 「資本論」の意味・わかりやすい解説

しほんろん【資本論 Das Kapital,Kritik der politischen Ökonomie】

K.マルクスの主著で,社会主義に〈科学的〉な基礎を与えたとされる著作。原題を直訳すれば《資本――経済学批判》である。資本制的な生産,流通,分配のしかたを研究して,資本主義社会の経済的な,編成および運動法則を明らかにし,そこから社会主義革命の必然性(=社会主義体制の優越性)を証明しようとした。マルクス経済学およびマルクス・レーニン主義の基本文献。マルクス経済学
【成立】
 マルクスは,1844年ころヘーゲル法哲学の批判的再検討を通じて,近代ブルジョア社会の解剖学は経済学のうちに求めなければならない,とする予想に達した。

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世界大百科事典内の資本論の言及

【エンゲルス】より

…亡命後,50年から70年までふたたびマンチェスターで紡績工場の経営に携わる。この20年間はマルクスの《資本論》執筆に対する物心両面の援助に力を注いだようで,文筆面では軍事問題の評論が目立つ程度であり,組織活動(たとえば第1インターナショナル)でも大きな働きはない。70年から工場経営をはなれてロンドンに住むようになり,組織活動でも理論活動でも積極的な晩年となった。…

【価値形態】より

…《資本論》特有の用語で,商品の価値を表現する形。物が売物(商品)であることを示すところの価格は,本来は,それぞれの国で貨幣としての金の一定量を単位にとり,それに〈円〉とか〈ドル〉とかの名称をつけ,この呼称でもって,商品の価値を大小さまざまの金の量で表現したものであり,商品の価値表現の完成した形と考えられる。…

【窮乏化説】より

…それとともに労働者階級の団結がひろがり,その革命的勝利も不可避となる。 彼の主著《資本論》では,とくに第1巻第7編の蓄積論でこれに対応する理論構成が示されている。すなわち,その第24章第7節〈資本主義的蓄積の歴史的傾向〉によれば,自分の労働にもとづく私有の収奪による否定から成立した資本主義的私有は,その生産体制の内在的法則の作用によって,資本の集中による収奪をすすめる裏面で,労働者の〈貧困,抑圧,隷属,堕落,搾取の度合の増大〉をもたらす。…

【恐慌】より

…恐慌の性格は時代によって大きく変化し,資本主義の初期や末期には経済外的な戦争や政治過程との関連が大きく,周期性や経過の一様性も認めがたいので,資本主義経済自体の発展から内的にしかも周期的に恐慌が発生する法則的原理は,マルクスとともに自由主義段階に抽象の基礎をおくことによってのみ明確にしうる。
[恐慌論の諸類型]
 しかしマルクスの恐慌論は,主著《資本論》においても十分仕上げられていなかったのであり,そこには相互にかならずしも整合的でない恐慌論の諸類型の原型が含まれている。たとえば《資本論》第3巻第3編でマルクスは,生きた労働に対する生産手段中の過去の労働の比率としての資本構成の高度化にもとづく〈利潤率の傾向的低下の法則〉を,資本主義的生産の制限として示すとともに,その編の第15章第3節では,労働人口に対する資本蓄積の過剰から労賃が騰貴し,一般的利潤率が突然低落して急性的恐慌が発生する論理を提示している。…

【金融理論】より

…このような状況下で,価値論を基礎とする経済学の一貫した体系の中に金融理論をもう一度織りこむことを目指したのがK.マルクスである。1867年に第1巻が刊行された《資本論》は未完成に終わるが,友人F.エンゲルスが編集した続巻を含む全3巻の体系の中では,貨幣や信用・利子の議論が他と不可分の重要な構成部分をなしている。 貨幣は,まず,貸借を前提としてではなく,金のような一つの商品が貨幣という独特の地位におかれる論理を明らかにする,というかたちでとらえられる。…

【経済学説史】より

…そして,空想的社会主義とは異なり,社会科学に基礎づけられた科学的社会主義を提唱する。マルクスの主著《資本論》の第1巻(1867)は資本の生産過程を扱い,労働力という商品の特殊な性格から剰余価値が発生し搾取されることを明らかにする。資本の流通過程を対象とする第2巻(1885)は,マルクスの死後にエンゲルスにより公刊されたが,資本の回転,再生産表式などを論ずる。…

【侯外廬】より

…李大釗(りたいしよう)の影響でマルクス主義に傾倒し,1927‐30年パリに留学,中国共産党に入る。帰国後,北京の大学で教鞭をとり,王思華と《資本論》を中国で最初に翻訳出版。30年代後半は太原,重慶などで中国思想史研究に従事した。…

【産業予備軍】より

…19世紀中葉のイギリスの現状から,K.マルクスF.エンゲルスによって資本蓄積の一面としてその存在を意義づけられた。とくに《資本論》では資本蓄積に伴って排出される相対的過剰人口relative surplus‐populationが産業予備軍を構成するとされて,この存在形態が詳しく論じられている。過剰人口の存在形態は主として三つに分けられている。…

【三大階級】より

…全経済体系の活動を諸階級間の相互連関として包括的にとらえるというこの発想は,その後K.マルクスの再生産表式,L.ワルラスの一般均衡理論,W.W.レオンチエフの産業連関分析(〈産業連関表〉の項参照)へと受けつがれていった。 資本主義経済が本格的に成立した19世紀の経済学者マルクスは《資本論》において,資本主義の根幹は資本と賃労働の基本的対立にあり,純粋にとらえた資本主義社会は資本家,賃労働者,土地所有者の三大階級によって構成され,年々生み出される価値生産物(いわゆる国民所得)は利潤,賃金,地代というかたちでそれぞれの階級に分配されると説いた。通常三大階級とよばれるのはこのマルクスの古典的規定のことをさす。…

【高畠素之】より

…社会思想家,国家社会主義者,日本最初の《資本論》完訳者。群馬県前橋市に生まれ,前橋中学在学時代にキリスト教徒となる。…

【マルクス】より

…そこで,マルクスは,52年以後しばらく組織的活動から身をひき,アメリカで発行されていた在米ドイツ人向けの進歩的新聞紙上などで時事的な政治・経済評論を行うかたわら,永年の懸案であった経済学の研究に復帰することになった。57年から翌年にかけてかなりまとまった草稿《経済学批判要綱》を作成,59年には《経済学批判》第1分冊をようやく刊行,ひきつづき続刊のための研究と執筆を続けたが,63年ころには《資本論》という新しい著作の構想が固まってきた。 ところで,64年には,チャーチスト,プルードン主義者,バクーニン主義者など思想的には雑多であるが,とにもかくにも国際的な労働者運動の連帯組織〈国際労働者協会〉(いわゆる〈第一インターナショナル〉)が結成され,旧共産主義者同盟系の在ロンドン亡命者グループもこれに参加することになった。…

【労働価値説】より


【マルクスの労働価値説】
 したがって労働価値説においてリカード以後,それを再構成し新たな次元に立って発展させるためには,K.マルクスの登場をまたなければならなかった。マルクスは《資本論》(第1巻1867,第2巻1885,第3巻1894)において,リカードに代表されるイギリス古典学派の労働価値説を基本的には継承しながらその難点を克服し,投下労働量による商品の交換価値の決定原理としてそれをより精緻(せいち)なものに仕上げた。そして〈労働力の価値〉という新しい概念の確立を通して,産業資本の利潤の源泉が労働者のつくり出す剰余価値にあることを証明した。…

※「資本論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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