剰余価値
じょうよかち
Mehrwert ドイツ語
資本とは自己増殖する価値であり、投下された資本価値に対して増殖する価値部分を剰余価値という。この剰余価値の投下総資本に対する比率が利潤率であり、剰余価値が投下総資本の産物と意識されるとき、剰余価値は利潤とよばれる。利潤はこの剰余価値の転化された現象形態である。そして産業資本家の得る産業利潤、商業資本家の得る商業利潤、貸付資本家の得る利子、地主の得る地代は、この剰余価値を源泉とし、それが分割されたものにほかならない。
資本制的生産の規定的目的は剰余価値の生産であるが、商品の売買が行われる流通過程では、剰余価値は生産されない。剰余価値は、産業資本家によって雇われた労働者の労働によって生産過程で生産されるのである。産業資本の運動は、

として定式化することができるが、この運動の意味は次のとおりである。まず産業資本家は、生産開始にあたって一定額の貨幣Gをもって、労働市場において労働力Aを購入し、さらに商品市場において生産手段Pmを購入する。それらを生産過程P(点線は流通過程が中断されていることを示す)において合体して、剰余価値を含んだ商品W'を生産し、それらをふたたび市場で販売することによって、投下資本価値Gを回収すると同時に、それを上回る価値部分=剰余価値Δgを実現する。
ところで、剰余価値を含んだ商品はどのようにして生産されるのであろうか。いま労働者が1日8時間労働することによって50ポンドの糸を生産するものとし、これに要する生産手段の価値が1万円、労働力の日価値が4000円、そして平均的1時間労働が1000円の価値を生むものと仮定しよう。この場合、消費された生産手段の価値は、生産過程で価値の大きさを変えることなく生産物である糸の価値に移転されていく。これに対して労働力の場合には、これが消費されることによって新しい価値を付加する。平均的1時間労働が1000円の価値を生み、労働者は8時間労働すると仮定されているから、生産物に新たに付加される価値は8000円となり、糸50ポンドの価値は合計1万8000円となる。資本家はこれを価値どおりに販売することによって、投下資本1万4000円を回収すると同時に、それを上回る価値部分4000円の剰余価値を実現する。これから明らかなように、剰余価値の発生根拠は労働力商品にある。労働力商品は、それを消費することが価値の創造であり、しかもそれ自身の価値よりも大きな価値を創造するという独自な使用価値をもっている。この例では労働力の日価値は4000円であるから、それを再生産するためには労働者は4時間労働すればよいが、このことはそれを上回って労働することを妨げるものではなく、この剰余労働によって剰余価値が生産されるのである。
このように労働者の1日の労働時間=労働日は二つの部分からなっている。一つは労働力の価値を再生産するのに必要な時間であり、これを必要労働時間、この間に支出される労働を必要労働という。いま一つは労働者が必要労働時間を上回って労働する時間であり、これを剰余労働時間、この間に支出される労働を剰余労働といい、これによって剰余価値が生産される。この場合、

を剰余価値率という。このように直接的生産者の労働が必要労働と剰余労働に分かれ、後者が搾取されるということは、資本主義社会に特有なことではなく、それ以前の奴隷制および封建制社会においてもみられた。そこでは剰余労働の搾取は感覚的に明らかであったが、商品経済に基づく資本主義社会においては、この本質的関係は隠蔽(いんぺい)されているので、科学的分析が必要となるのである。
資本家は剰余価値率を増大させようと努力しているが、剰余価値率を増大させるには、次の2通りの方法が存在する。すなわち、労働日のうち労働力の価値を再生産する必要労働時間は、所与の生産諸条件のもとでは一定であるから、この場合、労働日を延長すればするほど剰余労働時間は長くなり、剰余価値率は増大する。これを絶対的剰余価値の生産という。しかし、労働日の無制限的延長には生理的限界および社会的限界があり、労働者階級も反対する。労働日をめぐる労資の闘争の結果、法律によって標準労働日が設定されるようになる。こうして労働日の無制限的延長が不可能となったならば、剰余価値率を増大させるためには、必要労働時間を短縮し、それによって剰余労働時間を拡大する必要がある。これを相対的剰余価値の生産という。そのためには労働力の価値を引き下げなければならない。労働力の価値は労働者家族が消費する生活手段の価値によって決まるので、相対的剰余価値の生産のためには社会の生産力を上昇させなければならない。相対的剰余価値の生産は、特別剰余価値(社会的価値と個別的価値との差額)をめぐる資本家相互の競争を媒介として行われる。
[二瓶 敏]
『K・マルクス著『資本論』第1巻第2~5篇(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫)』▽『K・マルクス著、長谷部文雄訳『賃労働と資本』(岩波文庫)』
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剰余価値
じょうよかち
Mehrwert; surplus value
労働者が労働過程において支出した剰余労働時間によって決定される価値。マルクス経済学の最も基本的な概念の一つ。資本家は労働力商品を日決めで買取って労働過程で一定時間の労働に従事させるが,この総時間を労働日といい,労働力の再生産に必要とされる労働時間によって規定される必要労働と,剰余労働とから成る。必要労働は外生的な労働力再生産費=賃金水準によって決定されているのに対し,剰余労働は労働日の延長や労働強度の増大によって可変的に増大できる。これを絶対的剰余価値の生産と呼ぶ。さらに1日の労働支出量一定のもとでも,資本家間の競争が生産方法を上昇させることから技術的に労働力の再生産に充当される部分の労働時間が相対的に減少することによって得られる剰余価値の相対的増大を,相対的剰余価値の生産と呼ぶ。労働力の再生産費=可変資本を v ,剰余価値を m として,m/v を剰余価値率と定義する。剰余価値概念こそマルクス経済学の核心であり,資本主義的生産の根底にある賃労働の本質とその搾取関係を明確にするものである。
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剰余価値【じょうよかち】
マルクス経済学の用語で基本的な概念の一つ。賃金労働者がその労働力の価値(一家の生活に必要な生活手段の価値)以上に生産した価値部分。資本家は労働力の価値の回収に要する必要労働時間以上に労働時間を延長させることにより,その超過部分である剰余労働を剰余価値として取得する。生産手段をもたない労働者は餓死しないためにはこの部分の生産を経済的に強制される。その形態には,労働時間の絶対的延長によってもたらされる絶対的剰余価値と労働生産性の向上によってもたらされる相対的剰余価値の二つがある。剰余価値は利潤,地代,利子等の不労所得として現れる。剰余価値生産は資本主義の根本法則をなす。→剰余価値率
→関連項目可変資本|資本|資本主義|資本論|賃労働|マルクス経済学|労働価値説
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じょうよ‐かち【剰余価値】
〘名〙 労働力の使用価値と労働力の価値との差額。資本家に搾取され、企業利潤、利子、地代などの所得の源泉となる。剰余労働の資本主義社会における発現形態で、その取得は、資本主義的生産の動機となり、推進力となる。〔現代語辞典(1923)〕
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剰余価値
じょうよかち
Mehrwert (ドイツ)
商品の価値のうち,生産手段の購入費と賃金を除く残りの部分で,利潤の実体をさす
マルクスの造語。労働者が自己の賃金にあたる価値量を生む労働を必要労働,剰余価値を生む労働を剰余労働といい,後者は必要労働をこえて行われるとする。
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デジタル大辞泉
「剰余価値」の意味・読み・例文・類語
じょうよ‐かち【剰余価値】
資本の生産過程において、労働者の労働力の価値(賃金)を超えて生み出される価値のこと。これが資本家に搾取され、利潤・利子・地代などの源泉となる。マルクス経済学の基本概念。
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じょうよかち【剰余価値 Mehrwert[ドイツ]】
マルクス経済学では,財の生産,商品の売買,貨幣の貸借などから生まれる貨幣利得の真の源泉を剰余価値とよんでいる。マルクス経済学においては,剰余価値は資本の本質規定をなし,資本主義を説明するのに必須の核心をなす概念となっている。
[剰余労働,剰余生産物]
どのような社会でも,経済生活に必要な財(食料,衣服のような生活必需品や,これらを生産するのに使用される原料,道具など)の生産に直接たずさわる人々は,自分たちに必要な量はもちろんのこと,これ以上の生産物を生産する。
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世界大百科事典内の剰余価値の言及
【価値】より
…J.R.ヒックスは,公正賃金fair wageという概念にもとづくことによって,市場価格が人々の“価格に関する価値観”によっていかに左右されるかを論じている。 マルクスは,労働価値説という大いに疑わしい仮説に依拠して資本家の獲得する剰余価値や労働者の被る搾取を説明したのであったが,社会的価値の考え方にもとづけば,剰余価値や搾取に対して別様の解釈を下すことができる。すなわち,市場賃金と社会的価値としての公正賃金との乖離(かいり)としてそれらを説明することができるであろう。…
【資本主義】より
…マルクスは《資本論》をはじめとする書物のなかでこれを批判し,その経済が資本主義という歴史的に特殊な経済であり,階級社会の一つの形態であることを明らかにしようとした。 マルクスによると,資本は剰余価値(マルクスの概念で,投下資本の価値を上回って獲得される価値。利潤のことと考えてよい)の獲得を目的とする。…
【資本蓄積】より
…したがって資本形成は単に生産要素の増大を意味するだけではなく,技術進歩に基づく生産性の上昇を意味するのである。【塩野谷 祐一】
[マルクス経済学]
利潤として取得された剰余価値の一部が追加的に投資されて拡大再生産が行われることを資本の蓄積という。どのような社会においても生産規模が拡大されるためには,自由に処分することのできる剰余生産物が,追加的な生産手段および追加的な労働力のための生活資料として,生産的に消費されなければならない。…
【資本論】より
…マルクスの手で仕上げられたのはその第1巻(第2版まで)だけで,第2巻(1885),第3巻(1894)は,残された未整理の草稿を,友人のF.エンゲルスが編纂(へんさん)したものである。なお第4巻として予定されていた〈理論の歴史〉の草稿は,エンゲルスの死後,K.カウツキーに託されて編纂され,《剰余価値学説史》全3巻(1905‐10)として刊行された。マルクスは研究と執筆を進めるうちに何度もプランを練り直し,また何回も草稿を書き直している。…
【重農主義】より
…自由放任主義の提唱は,重商主義的な国家的干渉や独占の排除によってはじめて〈取引される富〉,とくに農産物にはその正常な再生産を可能にする〈良価bon prix〉が保証され,その結果,一面では地主階級の収得する地代が増加し,他面では農業資本の増加による農業生産性の上昇が可能になる,という理解を基礎としていた。また地代に対する単一課税論は,恣意(しい)的な租税負担を廃止して,課税対象を農業でだけ生みだされる剰余価値つまり〈純生産物produit net〉に限定すべきだと主張し,農業資本ひいては社会的総資本の再生産の縮小を回避することを意図したものである。その理論的根拠は,地主の地代収入となる純生産物だけが,再生産にとって直接必要のない自由処分の可能性をもつという理解にあった。…
【生産資本】より
…ところが流通過程ではたんに同じ価値額が商品から貨幣へ,あるいは貨幣から商品へと姿をかえるだけなのに対して,生産過程においては生産資本の消費によってより高い価値をもつ商品生産物(略してW′)があらたに生産されるのである。貨幣の投下と回収を通ずる資本の価値増殖も,こうした生産資本の機能にもとづく価値形成(剰余価値の生産)に根拠をもっているといえよう。 ところが資本の生産過程における価値形成にさいして労働力と生産手段がそれぞれ異なる役割を演じるために,マルクス経済学では両者を可変資本(不変資本・可変資本)および不変資本として質的に区分する。…
【リカード派社会主義】より
…おもな人物としてはトムソンWilliam Thompson(1775‐1833),T.ホジスキン,ブレーJohn Francis Bray(1809‐95),グレーJohn Grey(1799‐1883),エドモンズThomas Rowe Edmonds(1803‐89),レーブンストンPiercy Ravenstone(?‐1830ころ)があり,ときとしてリカード以前のホールCharles Hall(1740ころ‐1820ころ)を含めることもある。 彼らの労働全収権の主張は,D.リカード的な価値論を援用した,一種の剰余価値論を根拠とする場合が多かった。たとえば,トムソンは労働者の追加労働(剰余労働)が剰余価値を生むとしたし,ホジスキンは労賃・利潤対抗論を用いて資本家による〈搾取〉を示し,ブレーは資本家と労働者の不等価交換の仕組みを〈労働する能力〉という概念を使って説いた。…
【利潤】より
…このような角度から利潤を論じるとき当然問題となるのは剰余生産物とは何であり,またそれがどのようにして階級間に分配されるかということであって,分配のあり方は資本主義経済をそのまま特徴づけることになる。 剰余生産物は物的にみると生産物の中から原材料や機械設備の減耗分を補塡(ほてん)し,さらに労働者の生活物資を取りのけたあとに残る超過部分であるが,マルクスの労働価値説は,剰余生産物は資本主義社会においては剰余価値という姿をとり,それを生み出すのは労働者の剰余労働であると論じた。利潤の源泉はこの剰余価値にあり,利潤は剰余価値の転化した姿にほかならない。…
※「剰余価値」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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