愛染明王
あいぜんみょうおう
密教の忿怒(ふんぬ)部あるいは明王部に属する尊像。愛染王とも略称される。サンスクリット名はラーガラージャRāga-rājaで、ラーガ(羅我と音訳する)とは赤色、情欲、愛染の意、ラージャ(羅闍)は王の意。金剛薩埵(こんごうさった)(金剛王菩薩(ぼさつ)と同体)の所変で17尊を眷属(けんぞく)とするが、まれには愛染曼荼羅(まんだら)にみられるように37尊を眷属とする。愛染明王の意味は、人間がもっている愛欲をむさぼる心(愛欲貪染(とんぜん))を金剛薩埵の浄菩提心(じょうぼだいしん)の境地(三昧(さんまい))にまで高めた状態をいう。すなわち煩悩(ぼんのう)即菩提のことで、人の煩悩も仏の悟りの智慧(ちえ)に等しいことを意味する。通常は日輪を光背にした四臂(よんぴ)像あるいは六臂像が多いが、両界(りょうかい)曼荼羅中にはない。『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうほうろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』によると、六臂像は身色が赤く、三目で、頭上に獅子冠(ししかん)、天帯(横帯)をつける。持物(じもつ)は左第一手は拳(こぶし)(儀軌には「彼」と記す)、第二手は五鈷杵(ごこしょ)、第三手は金剛弓(箭(や))、右第一手は蓮華(れんげ)、第二手は五鈷杵、第三手は金剛箭。像は宝瓶(ほうびょう)上にある赤色の蓮台(れんだい)に結跏趺坐(けっかふざ)する。異形像としては、円珍本の系統に、火焔(かえん)光背で天に向かって弓を引く「天弓愛染明王像」があり、さらに中世には不動明王と合体した「両頭愛染明王」があり、独自の信仰をもつ。
[真鍋俊照]
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あいぜん‐みょうおう ‥ミャウワウ【愛染明王】
〘名〙 (Rāga-rāja の
訳語。愛着染色の意)
① 仏語。真言密教の神。愛欲を本体とする愛の神。全身赤色で、三目、六臂(ろっぴ)、頭に獅子の冠をいただき、顔には常に怒りの相を表わす。愛染王。
※車屋本謡曲・放下僧(1464頃)「さればあいぜん明王も、神通の弓に智恵の箭をもって、しまのいくさをやぶり給ふ」
※太平記(14C後)三三「愛染(アイゼン)明王、一字文殊、不動慈救(ふとうじく)延命の法、種々の懇祈(こんき)を致せども」
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愛染明王
あいぜんみょうおう
Rāgarāja
大愛欲大貪染の三昧に住む明王。大日如来または金剛薩 埵の変化身といわれる。円形の光背をつけ,三目六臂の忿怒相をとり,獅子冠をかぶり,金剛鈴,金剛弓,拳,五鈷杵,金剛箭,蓮華を手にし,蓮華座上に結跏趺坐して,身色は赤で表現される。相形は忿怒であるが内心は大愛至情の本性をもっていて,息災,敬愛,得福のための修法の本尊となる。平安時代から画題に取上げられ,西大寺,神護寺,称名寺などに彫像がある。
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愛染明王【あいぜんみょうおう】
仏と人との間にあり,愛によって両者を結ぶと考えられる明王。大日如来または金剛愛菩薩を本地とし,その仮現(けげん)と考えられる。その愛はすべての悪を降伏(ごうぶく)するもので,三面六臂(ろっぴ)の忿怒(ふんぬ)の形をし武具を持つ。人に息災・敬愛・福徳を与えると信ぜられ,愛染法が行われた。日本には平安初期に伝えられ,また大坂の藍商仲間による愛染講が知られる。
→関連項目善円|明王
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デジタル大辞泉
「愛染明王」の意味・読み・例文・類語
あいぜん‐みょうおう〔‐ミヤウワウ〕【愛染明王】
《〈梵〉Rāga-rājaの訳》密教の神。愛欲などの迷いがそのまま悟りにつながることを示し、外見は忿怒暴悪の形をとるが、内面は愛をもって衆生を解脱させる。三目六臂で、種々の武器を手にした姿に表す。愛染王。
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愛染明王 あいぜんみょうおう
密教の明王。
人間の愛欲をそのままに悟りにみちびく。一面三目六臂(ろっぴ)の赤色忿怒(ふんぬ)像であらわされ,平安時代初期に日本につたわる。のちに恋愛成就,美貌をねがう庶民の信仰の対象となる。奈良西大寺の木像,根津美術館の画像が有名。
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あいぜんみょうおう【愛染明王】
サンスクリットRāga‐rājaの訳。真言密教で信仰する明王の一つ。愛欲と貪染(とんぜん)をそのまま浄菩提心とする三昧(さんまい)に住する尊で,金剛薩埵または金剛王,金剛愛菩薩の化身とされる。平安初期に日本に伝えられ,平安後期以降の作例が現存する。通形は三目六臂,赤色の忿怒(ふんぬ)の像で,蓮華座上に結跏趺坐(けつかふざ)する。六臂の中の中央左右に弓と矢を持ち,蓮華座の下方に宝瓶がある。白描図像には種々の形式の像が見られるが,現存作品を見ると図像の上の形式的展開は顕著ではなく,一般的な形のほかには円珍請来と伝える像が知られる程度である。
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世界大百科事典内の愛染明王の言及
【愛染王法】より
…愛染明王を本尊にして修する密教の修法。主として敬愛(和合親睦すなわち人の相愛・信服,夫婦の和合,仏法への帰依),降伏(ごうぶく)(人や仏法を害する悪を止め,兵乱の難をしずめること)などに功験があるとされる。…
【煩悩】より
…しかし,ここには危険な落し穴もあるわけだから,信仰の確立と衆生済度の菩薩行(ぼさつぎよう)実践という大乗仏教の存立条件が充足されていなければならない。また密教は煩悩を肯定するといわれ,愛染(あいぜん)明王は煩悩即菩提を表示するとされるが,これは即身成仏して,この身このまま仏となった立場からの煩悩肯定であって,厳しい修行と禁欲の実践なしの煩悩肯定は,左道(さどう)密教として排除されてきた。【五来 重】。…
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