帯引物(読み)おびひきもの

改訂新版 世界大百科事典 「帯引物」の意味・わかりやすい解説

帯引物 (おびひきもの)

歌舞伎舞踊の一系統。曾我五郎が親しく通う大磯の廓の傾城化粧坂(けわいざか)の少将が,五郎の父の仇敵工藤祐経が廓内にありと聞きつけ,女だてらに勇み立って駆けこもうとするのを,小林朝比奈が少将の帯を捕らえて引き止める場を舞踊化したのが〈帯引〉。その作品の一群を〈帯引物〉という。《曾我物語》を初春狂言題材に選ぶことが,早くに式例化した江戸歌舞伎では,五郎を軸に展開し,なかんずく五郎と朝比奈による〈草摺引〉と呼称する力競べの場を舞踊化して上演するのが常であった。しかし時と場合によっては五郎を演じる俳優より,少将役の女方俳優の方が芸格・人気・勢力が上のこともあり,五郎を少将の役に置き換えて力競べの場を上演する必要があった。だが女が鎧の草摺を引き合うのは似つかわしくないところから,当初は五郎と朝比奈とで行われていた〈帯引〉を転用し,しだいに五郎は〈草摺引〉,対する少将は〈帯引〉に落ちついたものである。〈帯引〉の初演は1759年(宝暦9)正月江戸中村座《鶯宿梅妻戸帯引(おうしゆくばいつまどのおびひき)》で,少将が2世瀬川菊之丞,朝比奈が初世市川八百蔵。以来江戸庶民に〈草摺引〉同様に人気があったので,多くの書替え作が生じて一系統を成したが,今日は廃絶。しかし立ち行こうとする者の腰帯に取りついて,その行動を制する技法は〈だんまり〉や〈立回り〉をはじめ,あらゆる一般的な舞踊の対立場面の中で用いられている。
曾我物
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