日本大百科全書(ニッポニカ) 「多体問題」の意味・わかりやすい解説
多体問題
たたいもんだい
粒子または粒子とみなすことのできる物体(力学でいう質点)が複数個互いに力を及ぼし合いながら運動している系を扱う問題。物理学で扱う問題の大部分は多体問題であるともいえるが、粒子数が3個以上のときには、古典力学でも量子力学でも、解を解析的に求めることはできないので、問題に応じたさまざまな近似法を用いなければならない。つり合いの位置から各粒子がすこしだけ変位したとき、粒子を元に戻そうとする力が変位に比例する場合には、この粒子系は連成振動として解析することができる。分子の振動や固体結晶の熱振動がこの例である。さらに、多粒子の系では波動(多くの場合は定常波)の形をもつ。微小粒子が密に分布した極限に近似のものが、連続体の弾性波や定常振動である。また、金属中の電子や原子核中の核子(陽子と中性子)の状態を量子力学的に解析することも多体問題とよばれる。これらの場合、多数の粒子が同時に動く集団振動はかなり一般的に存在し、音波に類似の波や、荷電粒子系でおこるプラズマ振動、液滴状の原子核の振動などがある。そのような波の、波長と振動数の関係などを求めることも多体問題の研究課題である。
[小出昭一郎・小形正男]
天文学における多体問題
天文学における多体問題とは、ニュートンの万有引力のもとに運動している複数の天体の運動を求めることをいう。3個の質点の場合(三体問題)ですら、一般的に解くことができないので、一般の多体問題を解くことは不可能である。三体問題の特殊解である正三角形解に対応する中心図形解は多体問題に存在するが、現実の太陽系内に、その例は存在しない。太陽系は、太陽の質量の1000分の1以下である惑星、その惑星の質量のさらに数十分の1以下の衛星というように階層構造をなしている。したがって、惑星は太陽との、衛星は惑星との二体問題として近似することができ、他の天体の引力は摂動(せつどう)として取り扱い、短期間(数百万年)の運動は摂動論を用いて詳しく求めることができる。
[木下 宙]
『西山敏之著『多体問題入門』(1975・共立出版)』▽『荒船次郎・江沢洋・中村孔一・米沢富美子編、高田康民著『多体問題――電子ガス模型からのアプローチ』(1999・朝倉書店)』▽『戸田盛和著『物性物理30講』(2000・朝倉書店)』▽『江沢洋編『数理物理への誘い3 最新の動向をめぐって』(2000・遊星社)』▽『岡崎誠著『固体物理学――工学のために』(2002・裳華房)』▽『吉田春夫著『岩波講座 物理の世界 力学〈4〉――力学の解ける問題と解けない問題』(2005・岩波書店)』▽『住明正・寺沢敏夫・岩崎俊樹・遠藤昌宏・小河正基・戎崎俊一著『地球惑星科学〈7〉――数値地球科学』(新装版)(2010・岩波書店)』