場の量子論(読み)バノリョウシロン(英語表記)quantum theory of fields

デジタル大辞泉 「場の量子論」の意味・読み・例文・類語

ば‐の‐りょうしろん〔‐リヤウシロン〕【場の量子論】

量子化された場の理論。1929年、ハイゼンベルクパウリが発表。素粒子物理学標準模型や現在研究が進められている超弦理論は、この基本的枠組みの上で記述される。

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改訂新版 世界大百科事典 「場の量子論」の意味・わかりやすい解説

場の量子論 (ばのりょうしろん)
quantum theory of fields

自然界の状態を数式で書き表すのに大別して二つの方法がある。質点系として表すのと,場として表すのとである。投げられたボール,惑星などは質点,あるいは質点系の運動,すなわちxit)の形で書き表される。一方,空間の電磁場は,ある時刻t,ある点xにおける電場の強さExt),磁場の強さHxt)と記述される。流体は分子の集りであるから,分子に番号をつけて質点系xit)として書くこともできるが,連続物質としてとらえ,ある時刻,ある点における密度,速度などをρ(xt),vxt)として,場として表すこともできる。自由度のきわめて大きい系,すなわち連続体の運動や,真空中に起こる現象は場として記述するのがよい。これが古典的場の理論であり,電磁気学,重力論などはその典型である。これらは四次元時間空間内の場であり,相対性原理に従う。一方,弦の振動,水面の波動,物質中の音波などは非相対論的な場の例である。

 量子論によればすべての現象は量子化されている。古典場も量子化という手続が必要であり,これが場の量子論である。場を,自由度が大きい質点系とみなして量子力学を適用し,自由度無限大の極限を考えるのである。量子化された場は,量子と呼ばれる粒子の集団と同等であることが示される。例えば電磁場を量子化すればフォトン(光子)という量子の集団となる。一方,質点の量子力学(例えば電子の理論)では,状態はシュレーディンガーの波動ψxt)で表され,これも場である。この粒子が多数個存在する系(多電子系)は,波動場ψxt)を量子化した系と同等である。こうして量子論では質点系,波動の違いはなく,いずれも量子化された場で記述される。光子,電子,陽子その他すべての粒子が量子化された場で表されるのである。これらは波であるが,確定したエネルギーと運動量をもった粒子として1個,2個と数えることができる。場の量子は生成されたり消滅したりすることが特徴である。光子は発光体から放出され,物質に吸収される。電子も陽電子と衝突して消滅し,硬いγ線が生成される。陽子なども同様である。

 シュレーディンガーの波動ψxt)を量子化することを,量子力学のψをさらに量子化するという意味で第二量子化という。ひいては一般に場の量子化のことを第二量子化法ということがある。相対論的な場の量子論は素粒子物理に応用される。光子,電子はもちろん,π中間子,μ粒子,核子,その他すべての粒子が量子化された場で表される。一方,非相対論的な場の量子論は多体問題,物性論に応用される。例えばフォノンは固体の振動の量子である。

量子力学が誕生してまもなく,同種粒子の多体問題の記述はシュレーディンガーの場の第二量子化によってなされることがわかり,M.ボルン,E.P.ヨルダン,E.P.ウィグナーらがこれを定式化した。P.A.M.ディラックマクスウェルの電磁場の量子論,すなわち光子の理論を展開した。これにより光の放出,吸収が量子論的に扱えるようになる。1929年W.K.ハイゼンベルクとW.パウリは場の量子化に正面から取り組んだ。彼らは空間を格子状とし,自由度が有限の質点系でおきかえ,その量子力学の連続極限を考えた。これが相対論的場の量子論の始まりということができる。しかしすぐにこの理論が不完全であることが指摘された。場が相互作用をしているとき,高次の補正を計算しようとすると答えが無限大になってしまう(発散の困難)のである。この問題は現在でも未解決である。ディラックはぎっしりつまった真空中の空孔として反粒子の存在を予言(空孔理論)したが,パウリらはこの問題は場の量子論で扱うべきであると主張し,相対論的粒子の理論を展開した。しかし彼らはスピンを考慮しなかったので電子には適用できず,後にπ中間子の理論に用いられることになった。

 34年E.フェルミはβ崩壊の理論で,電子,中性微子(ニュートリノ)の場を導入し,それらが生成,放出される機構を明らかにした。ここに用いられた相互作用はフェルミ型相互作用と呼ばれるもので,場の相互作用を初めて実際問題に適用したものである。続いて35年湯川秀樹の中間子論が登場する。彼は核子間の力を媒介する力の場を導入し,それの量子としての粒子が存在することを予言した。この粒子がπ中間子であり,場の量子論を用いた素粒子論の誕生である。41年パウリは場の量子論を整理し,スピンと統計の関係を明らかにした。相互作用をしない自由な場の量子論はこれで完成したといえる。

 このころの場の理論は時間を特別扱いにし,相対論的不変性が明らかでなかった。第2次世界大戦中朝永振一郎は超多時間理論により相対論的不変性が明りょうな場の理論を建設した。これを用いて戦後まもなく彼のグループは電子と光子の相互作用を扱う量子電磁力学を展開した。彼らはくりこみ理論により発散の困難を避け,有限の答えを得ることができた。同じころアメリカのシュウィンガーJulian Seymour Schwinger(1918-94)も同様な理論を建設し,またアメリカのファインマンRichard Phillips Feynman(1918-88)はグラフによる計算方法を発明し,これにより電磁現象をきわめて精確に計算できるようになった。

 中間子に対しては有効な計算法がなかったが,55年アメリカのゴールドバーガーMarvin Leonard Goldberger(1922- )らは,相互作用が局所的に起こるという因果律から導かれる分散公式が実験とよく合うことを示し,中間子を局所的な場で記述することの正しさを確かめた。分散公式理論はその後解析関数,複素変数を用いる場の理論へと進展する。60年南部陽一郎(1921- )は真空が非対称になることがあることを見つけ,もともとの世界が対称であっても実際の世界が非対称になりうるという,対称性の自発的破れの理論を提唱した。この考えは電磁弱相互作用の理論で成功をおさめ,さらに大統一理論へと進む。70年代はクォーク理論に伴いゲージ場の理論(ゲージ理論)が展開される。80年代に入ると,大型計算機の発達により数値計算が行われるようになった。すなわち空間を格子状にして自由度を有限にし,計算機に計算させる方法で,かなりの成果が得られた。しかし場の量子論の根本的整備に関しては進歩が少なく,相互作用を含む場の理論はまだ完成していない。

ψxt)は空間の点xの関数で,時間tパラメーターとして含む。ψスカラーのこともあり,電磁場のようにベクトル,あるいは電子のときのようにスピノルなどの場合がある。量子論ではψは非可換なq数であり,次の形の交換関係を満たす。

 [ψαxt),πβ x′,t)]±

  iδ(xx′)δαβ

ただし,πはψに正準共役な場であり,[ ]±は反交換子あるいは交換子,δαβクロネッカーのδ記号(δαβ=0|α≠β,δαβ=1|α=β)である。交換子のときは場はボース統計に従う量子を与え,反交換子のときは量子はフェルミ統計に従う。場ψxt)を正規直交完全系φnx)で展開するとき,となり,展開係数anは[anam±=δnmの形の交換関係に従う(amamのエルミート共役)。Nnananとおくと,Nnは0または正の整数を固有値としてもち,nという状態を占める粒子数を表す。反交換関係,すなわちフェルミ統計のときはNnは0,1のみを固有値とし,2個以上が同じ状態にはいれない。ann状態の粒子数を1だけ減らす作用をもち,消滅演算子と呼ばれる。逆にanのエルミート共役anは粒子を1個増す生成演算子である。このように場ψは粒子を1個つくったり,消したりする作用をもつ。相対論的場の理論では,ant)のうち,正の振動数をもつものは粒子の消滅演算子,負の振動数のものは反粒子の生成演算子であり,時間反転のためには反粒子が存在しなければならない。またエネルギーが正であるなどの一般原理から,スピンが整数の粒子はボース統計に,スピンが半奇数のものはフェルミ統計に従うべきことが結論される。

 いくつかの場を掛け合わせたψxψx)φ(x)……の形の項は,ψの量子が消滅し,φの量子とψの量子がつくられるという粒子間の転換,すなわち相互作用を与える。例えばψnψpφπは陽子が中性子に変化し,π中間子が放出されるという湯川相互作用を表す。相対論的に不変な形にするためには同じ点xでの相互作用ψxψx)……を考えなければならないが,空間的に同じ点の現象は不確定性関係から無限に大きい運動量を意味し,発散の困難を伴う。くりこみ理論は発散が現れない形に書き表すものであるが,摂動論的べき展開の場合以外は定式化できない。相互作用を含む相対論的場の理論を数学的に矛盾のない形に書くことはできないが,非相対論的に広がりをもつ相互作用のときは矛盾のない場の量子論がつくれる。
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百科事典マイペディア 「場の量子論」の意味・わかりやすい解説

場の量子論【ばのりょうしろん】

ふつうの量子力学では素粒子が生成・消滅しないものと考え,その座標や運動量を演算子で表すが,これに対し空間の各点でのや粒子数を演算子とし(第二量子化),その変化を量子論的に追求する理論を場の量子論という。これにより素粒子の性質(生成・消滅も含めて),それらの間の相互作用が統一的に記述される。→量子電磁力学
→関連項目空孔理論素粒子論超多時間理論反粒子非局所場の理論

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「場の量子論」の意味・わかりやすい解説

場の量子論
ばのりょうしろん
quantum theory of fields

無限の自由度をもつを量子力学的に記述する理論で,粒子数の変化する現象を扱うのに適している。この理論では,粒子に場が対応させられ,場を量子化 (→第二量子化 ) した結果出現する場の量子が粒子と同一視される。場の量子の特徴はその数が変化することであり,特に相互作用によって生成されたり消滅されたりする素粒子は対応する場の量子として記述するのが適切である。スピン 0,1/2,1 の素粒子はそれぞれ量子化されたスカラー場,スピノル場,ベクトル場で表現される。たとえば,π中間子はクライン=ゴルドン方程式に従う擬スカラー場の量子,電子はディラック方程式に従うスピノル場の量子である。場の量子論は素粒子を統一的に記述しうるほとんど唯一の理論であるが,発散の困難をかかえている。一般相対性理論と量子論の融合はまだ完成していない。場の量子論の方法は物性論の多体問題でも不可欠の手段となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「場の量子論」の意味・わかりやすい解説

場の量子論
ばのりょうしろん

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世界大百科事典(旧版)内の場の量子論の言及

【映画】より


〔映画の歴史〕

【映画の前史】
 初めに〈動く絵〉に対する衝動があった。それはアルタミラの洞窟壁画にもすでに見られるともいわれるが,映画の前史にまず記録されるのは,1780年代にスコットランドの風景画家R.バーカーが考案した〈パノラマpanorama〉で,このことばは現在も〈パン〉(英語ではpan,フランス語ではpanoramique)という映画用語に生き残っている。〈パノラマ〉とは,円筒形の建物の内側に装備された巨大な画布が,薄暗い歩廊の中央にいる観客のまわりをゆっくりと回転し,戦闘の光景が眼前に展開していく動きを見せる見世物で,ちょうど首を回すようにカメラをふる〈パン〉の技法によるイメージと同じ効果を出すものだった。…

【映画】より


〔映画の歴史〕

【映画の前史】
 初めに〈動く絵〉に対する衝動があった。それはアルタミラの洞窟壁画にもすでに見られるともいわれるが,映画の前史にまず記録されるのは,1780年代にスコットランドの風景画家R.バーカーが考案した〈パノラマpanorama〉で,このことばは現在も〈パン〉(英語ではpan,フランス語ではpanoramique)という映画用語に生き残っている。〈パノラマ〉とは,円筒形の建物の内側に装備された巨大な画布が,薄暗い歩廊の中央にいる観客のまわりをゆっくりと回転し,戦闘の光景が眼前に展開していく動きを見せる見世物で,ちょうど首を回すようにカメラをふる〈パン〉の技法によるイメージと同じ効果を出すものだった。…

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