日本大百科全書(ニッポニカ) 「固体」の意味・わかりやすい解説
固体
こたい
気体、液体とともに物質の三体の一つとされ、その特徴は定まった形をもつことである。すなわち、これを変形させるためにはある力を必要とする。これに反して気体や液体では、体積を変えずに形だけを変えるには、無限に小さな力でも足りる。しかし、この区別は自然の区別であるから絶対的なものではない。粘性の高い液体は、それを有限時間で変形させようとすれば力が要る。ガラスのような固体ときわめて高い粘性をもつ液体とを本質的に区別するのはきわめて困難であり、また、ゼリー状の物質を固体とよんでよいかどうかは明確でない。1トンの豆腐が特定の形を保つかどうか疑わしい。またきわめて微細な粒子には固体、液体という観点は無意味であろう。原子1個であればいうまでもないが、数個の集団に対しても同様に無意味であろう。
多くの結晶は典型的な固体と考えられる。それは、それぞれの物質に特有な温度以上で明瞭(めいりょう)に液体か気体に変わる。このような分子の集合状態の変化を相転移または相変態とよんでいる。ある種の固体は、固体から固体へと相変態をおこす。たとえば、鉄は室温ではα(アルファ)鉄とよばれるものであるが、906℃を超すと結晶構造が変わってγ(ガンマ)鉄とよばれるものになり、さらに1401℃ではδ(デルタ)鉄とよばれるものに変わる。これらはいずれも固体の鉄であるが、密度などは異なる。
[宮原将平]
固体の弾性と音
固体に力を加えると変形するが、変形が小さいと、力を取り去れば元に戻る。すなわち固体は小さな変形に対して弾性体である。気体や液体は体積の変化に対してだけ弾性的である。それで、気体などでは、体積の振動的な変化は波として伝播(でんぱ)する。これが音である。固体では体積が変化することに対する弾性率のほかに、体積が変わらない変形に対する弾性率すなわち剛性率がある。それで、簡単な(等方的な)固体でも2種類の弾性波がある。一つは、気体や液体の音波と同じく縦波であるが、他のものは、固体の微小部分が波の進行方向に対して垂直に振動しているような波すなわち横波である。等方的でないような結晶ではいっそう複雑である。
かつて、エーテルが光波を伝える弾性的媒質と考えられたことがあった。光には偏光という現象があるから、どうしても横波でなければならない。横波を伝える弾性媒質は剛性率をもたなければならない。こうして、エーテルは、普通の固体以上に硬い物質であると考えられたことがある。
固体を伝わる波も、ほかの波と同様に、振動数が大きくなると波長が小さくなる。しかし、固体は実は連続体ではなくて、分子構造をもっている。それで分子間の距離と同程度以下の波長というのは意味がなくなる。つまり、きわめて振動数の大きな固体の弾性振動というのは、分子の熱振動として理解すべきものである。
[宮原将平]
固体の比熱
固体の比熱には特徴がある。固体の比熱にその分子量(原子量)を掛けたもの、すなわちモル比熱は、多くの簡単な固体、とくに金属などで、その種類によらずほぼ一定の値をもつ。この事実はデュロン‐プチの法則として知られている。気体でも希ガスのような一原子分子の気体ではそのモル比熱は一定である。しかし、気体ではこのことはかなり低い温度まで成り立つが、固体では温度が下がると、その物質の種類に応じ決まっている温度(デバイ温度)の付近から急に減少し、あたかも分子の振動の自由度が一部分凍結されたかのようにみえる。この現象は量子力学に基づいた統計力学によって初めて解明されたものであり、それゆえ、固体の比熱の低温での減少は量子力学の実験的証明の一つといえる。
[宮原将平]
固体の分類
固体は、その結合力の本性に従って分類するのがもっとも合理的な分類といえる。一般に行われているのは次のようなものであり、結合力とともに、物性にも対応する。
(1)イオン結晶 固体をつくる要素がイオンであって、結合力は主として電気的な力、すなわちクーロン力である。原子が正あるいは負に荷電したもの、すなわち、原子から電子が1個ないし数個とれたもの、あるいは原子に電子が1個ないし数個くっついたものがイオンであるが、正のイオンと負のイオンとが交互に並んで、その間のクーロン力で引き合い、イオンどうしは十分に近づいて規則正しく並び、結晶をつくっている。この代表的なものとしては、普通に食塩とよばれる塩化ナトリウムの結晶をあげることができる。この結晶では、ナトリウム原子の上下・左右・前後の隣接イオンはすべて塩素イオンであってクーロン力で引き合って塩化ナトリウム型の結晶格子をつくっている。クーロン力には方向性がなく、飽和性もない点が、次の共有結合の力とは異なっている。この結晶はだいたい数百℃から1000℃くらいの溶融点をもつものが多い。
(2)共有結合結晶 結晶をつくる要素が電気的に中性の原子であって、結合力は共有結合によるものとされている。共有結合があるのは結晶ばかりではなく、たとえば水素分子のような二原子分子でできるのはこれによるものと考えられる。共有結合の特徴は方向性をもつことであり、化学でいう原子価は結合の飽和性に対応する。水素分子のように原子価が1価のものでは、他の水素原子が結合すれば結合は飽和して、水素分子をつくるだけであるが、原子価の大きい原子では、多くの原子を結合させることができる。そのような例としては、価数が4である炭素原子はその隣に4個の原子を共有結合によって結合させることができる。それで、炭素原子の隣の4個がすべて炭素原子であるとすれば、それらの周りにも炭素原子がくることができるというようなぐあいに、炭素原子は共有結合によって立体的な格子をつくることができる。これがダイヤモンドの結晶である。ケイ素やゲルマニウムもダイヤモンドと同様に共有結合によってできた結晶である。共有結合の結合エネルギーは大きく、また結合に方向性があるため、その結晶は硬く熱的に安定である。しかし、なかには電気伝導度が温度によって著しく変わるものがある。低い温度では価電子は共有結合にあずかっているが、温度が上がるとそれは熱的に励起されて伝導帯へ移り、結晶に伝導性を与える。すなわちそのような結晶は半導体である。
(3)金属 固体のなかで熱・電気の伝導度が大きくその他いろいろの特徴をもつものとして金属が知られているが、結合の点からみて、前述の二つとは異なっている。しかし、ある側面では、イオン結晶と比べることができる。イオン結晶では一般に陰イオンも陽イオンと同程度に重い粒子、すなわち負に荷電した原子であるが、金属は、陰イオンが電子であるようなイオン結晶とみられないこともない。しかし、電子の質量は著しく少ない(電子は軽い)から、電子は陽イオン間に局在することができず、そのため陽イオンの電荷を減らすことになり、そのことはまた、電子に働く結晶電場を弱め、電子の運動を自由にする。金属は他方では共有結合結晶と比べられる。共有結合結晶の価電子帯と伝導電子帯の幅が広がり、その間のギャップがなくなって、一体の伝導帯になったとき、金属になったものともみられる。
(4)分子性結晶 結晶の構成要素が中性の分子であるような結晶である。その結合力は分子間力であって一般に小さい。それゆえ、たとえばパラフィンなどにみられるように、融点は低く軟らかい。分子性結晶の一つの典型としては、構成要素が中性原子である希ガス(ネオン、アルゴンなど)の結晶をあげるべきであろう。これらの融点はいっそう低く結合力が弱いことを示している。
(5)水素結合結晶 氷は水の分子からつくられた分子性結晶であるということもできるが、結合力は、パラフィンや希ガスの分子の間に働くものとは異なり、水素が重要な働きをする。氷は、酸素原子と酸素原子との間にある水素原子によって結び付けられた結晶であるということもできる。水素を含む化合物のなかには、氷と同様に水素原子の媒介によって結合するものがあり、それによってつくられた固体も多数存在している。
[宮原将平]