マニフェスト・デスティニー
まにふぇすとですてぃにー
Manifest Destiny
1840年代にアメリカ合衆国の西方への領土拡張を正当化するために使用されたスローガン。「明白な運命(天命)」と訳される。当時アメリカの西境はロッキー山脈に達していたが、その領土を太平洋岸にまで拡大することは、神が予定した「明白な運命」である、というのがその主張であった。1845年、ジャーナリストのジョン・L・オサリバンが『デモクラティック・レビュー』誌7.8月合併号掲載の、テキサス共和国のアメリカ併合を支持する論文「併合」において使ったのが最初である。同年12月27日、ニューヨーク『モーニング・ニューズ』紙がオレゴン獲得を論じた社説でふたたび用いてから流行語となり、領土拡張主義にたつ政治家たちが愛用した。その後、一般的にアメリカの膨張主義、帝国主義を示す代名詞としても使用されるようになった。
[平野 孝]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
マニフェスト・デスティニー
Manifest Destiny
「明白な (必然の) 運命」あるいは「膨張の天命」と訳され,アメリカの「領土拡大は神の意志」であるという考え方を示す言葉。 1845年 J.オサリバンが『ザ・ユナイテッド・ステーツ・マガジン・アンド・デモクラティック・レビュー』誌に載せた一文のなかに初めて使った。それは 40年代の一連の領土拡張政策,すなわちテキサス併合,オレゴン併合,アメリカ=メキシコ戦争によるニューメキシコ,カリフォルニアなどの獲得を正当化する論拠としてまたたく間に広く愛用されるようになった。 19世紀後半には,さらにキューバ,アラスカ,ハワイ,フィリピンなどへの進出を合理化するイデオロギーとして,民主,共和両党のスローガンに登場し,アメリカの人種的・文化的優越感に基づく帝国主義的進出を支えた。 (→西漸運動 )
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マニフェスト・デスティニー
〈明白な運命(天命)〉〈膨張の宿命〉などと訳される。北米大陸に膨張しそこに新しい社会を作っていくことが神から与えられた米国人の使命であるという思想。1845年ジャーナリストのJ.オサリバンが唱道。テキサス併合,米墨戦争等に際して強調された。→西漸運動
→関連項目ペリー
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