パピルス
ぱぴるす
papyrus
パピルス草(学名Cyperus papyrus L.、和名はカミガヤツリ)からつくられた一種の紙。古代エジプトでナイル河畔に茂っていたこの草からつくられ、各種の文書の作成に利用された。近代の考古学的発掘によって『死者の書』などが記された多数のパピルス文書がみいだされ、カイロ、ロンドン、パリなどの博物館、大学などに保存されている。書字材料としてのパピルスの使用は、紀元前2000年ころから紀元後数世紀に及び、使用文字もエジプトのヒエログリフ文字(各種の書体を含む)、コプト文字、ギリシア文字から、初期アラビア文字、ラテン文字などに及んでいる。
パピルスの製法についてはローマの著述家プリニウスが『博物誌』で述べている。それによると、まず茎を針で裂き、薄く幅の広いものとし、これをナイルの水に浸し、糊(のり)を加える。次に板にこれを並べて一つの層をつくる。それから同じものをこれと直角に並べ、これに力を加えてから日なたで乾かす。これらをつなげて巻物とし、最後に槌(つち)でたたいて表面を平らにしたという。しかしこれだけが製法のすべてであったわけではなく、特別の糊を使ったり、表面を磨くために象牙(ぞうげ)や貝でつくった道具を使ったりしたらしい。近年になってエジプトで少なくなったパピルス草を育成し、パピルスを復原製作することが行われている。
パピルスは古代エジプトで大量につくられ、紀元前後には南ヨーロッパにも輸出されたが、イスラム勢力の登場で、東方伝来の紙の製法が導入されるとともにその使用は廃れた。しかしパピルス草の栽培はシチリア島に伝えられ、今日でもわずかながらつくられている。なおヘロドトスらによると、パピルス草の根元の部分は食用にされたほか、パピルスで船の帆、綱、その他の日常用品がつくられたが、これらで現存するものは少ない。
[矢島文夫]
『大沢忍著『パピルスの秘密』(1978・みすず書房)』▽『リチャード・パーキンソン、スティーヴン・クワーク著、近藤二郎訳『パピルス(大英博物館双書)』(1999・学芸書林)』
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パピルス
カミガヤツリとも。アフリカ北部〜中部原産のカヤツリグサ科の大型の多年草。河畔や沼地にはえ,しばしば大群落をつくる。高さ2m以上になり,茎は緑色で太く,鈍い3稜がある。古代エジプトから筆写材料として用いられ,紙が普及する8―9世紀まで盛んに栽培された。姿も美しく,現在では日本でも観賞用として温室内で栽培されている。筆写材料としてのパピルスは,茎の中の髄をとり出して縦に裂いて縦横に編み,重しをかけて乾燥したもの。エジプトでは第1王朝(前31世紀)から後10世紀まで使用され,パピルス文書は古代エジプト学の貴重な資料となっている。またプトレマイオス朝,ローマ帝国,ビザンティン帝国時代にはギリシア文字で書かれたパピルス文書があり,ヘレニズム世界の研究に役立っている。なお,近縁のマダガスカル原産のシュロガヤツリも観葉植物として利用される。花序の基部につく包葉がパピルスでは小さくて目だたないのに対し,こちらは葉状で大きい。
→関連項目紙|カヤツリグサ|図書館|パピルス柱|ビュブロス|船|本
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パピルス
〘名〙 (papyrus)
① カヤツリグサ科の多年草。ヨーロッパ南部・熱帯アフリカ・北アフリカ・中近東の
湿地に野生し、日本へは明治二八年(
一八九五)に渡来した。観葉植物として温室で栽培される。稈は太く三稜形で、高さ二メートル内外になる。葉は退化して鞘となる。頂部に細長い線形葉状の総苞を三~一〇個傘状に群生する。小穂は淡栗色で多数密生する。花期は秋。三、四千年以前ナイル河畔に生い茂っていたと伝えられ、稈を圧搾して丈夫な繊維をとり、紙を製した。かみがやつり。紙葦
(かみい)。
② 古代エジプトで使用された書写材料。①の髄の細長い薄片を縦横にあわせ、圧搾し日光で乾燥させたもの。今の紙に当るものとして、字や絵を書くのに用いた。
パピルス紙。
※零の発見(1939)〈吉田洋一〉
二三「紙の沿革を語るとき、人は必ずパピルスと獣皮紙とに言及するを常とする」
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パピルス
古代エジプトで量産され,エジプトおよびギリシャ,ローマ圏において主流であった記録媒体,またその原材料となった植物の名.葦に似るパピルス草(カミガヤツリ)は,当時ナイル川下流部の水辺の湿地に繁茂し,また栽培され,種々の日用品の材料になった.記録媒体としてのパピルスは,この草の茎の髄をリボン状に割いて貼り並べ,圧搾し,乾燥させて作った.筆記には葦ペンとインクを用いた.通常は数十cm角のシートを帯状に継ぎ合わせ,巻子本とした.折り曲げると弱いため,冊子体は例が少ない.4世紀頃から,高価だがより強靱な獣皮紙に交代し,紙のヨーロッパへの伝来とともにその役割を終えた.
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パピルス
papyrus
ナイル川河畔に繁茂するパピルス草(カヤツリグサ)の茎でつくられた古代エジプトの紙の一種
パピルス文書は前2500年ごろからすでに知られ,ヘレニズム時代までエジプトだけでなく西アジアや地中海沿岸各地で盛んに使用された。古いエジプト語のパピルス文書の多くはピラミッドなどから出土した。現在,パピルス文書とは,主としてギリシア語・ラテン語の文書をさし,前4世紀末から約1000年間,エジプトでおもにギリシア・ローマ人により記録された貴重な文献である。
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パピルス
papyrus
(1) カミガヤツリ (紙蚊帳吊)のこと。かつてナイル川下流域に繁茂していたカヤツリグサ科スゲ属の植物。茎がマット,綱,容器,サンダル,小舟,建築材料として利用された。 (2) 古代エジプト人が (1) を材料としてつくった紙。ヨーロッパ諸語の「紙」の語源。 (3) (2) に記された古文献。古代エジプト語,コプト語,アラム語,ギリシア語,ラテン語,アラビア語など多岐にわたるが,内容は行政文書,商業文書,宗教文書,文学書簡など。
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デジタル大辞泉
「パピルス」の意味・読み・例文・類語
パピルス(〈ラテン〉papyrus)
1 カミガヤツリの別名。
2 古代エジプトで、1の茎の繊維でつくった一種の紙。書写材料に用いられ、その使用は紀元前2000年ころから紀元後数世紀に及んだ。文書は、ヒエログリフ・コプト文字などの古代文字を残した。紙を意味する、英語paper(ペーパー)やフランス語papier(パピエ)はこの語に由来する。
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パピルス【papyrus】
温室に栽植されるカヤツリグサ科の大型の水草で,古代エジプトでこれを使って世界最古の紙が作られた(イラスト)。カミガヤツリともいう。太い根茎に沿って,高さ2mにも達する茎が立ち並び,葉はすべて無葉身の鞘(さや)に退化して,茎の根元にある。直径40cmにもなる大型の花序には,細長い枝が無数に束のようにつき,その先に,薄茶色の小穂が少数個つく。北アフリカや中部アフリカの沼や河畔に大群落をつくって生える。古代エジプトではナイル川流域のパピルスの茎を採り,皮をはいで白い髄を細く裂き,その維管束を縦横に並べて重しをかけて乾燥し,さらにこすって滑らかにしたパピルス紙を作り,当時の地中海地方の唯一の筆写材料とした。
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世界大百科事典内のパピルスの言及
【紙】より
…この定義によれば,ヨーロッパ各国の紙の語源となっている古代エジプトのパピルス紙は厳密にいえば紙ではない。パピルス紙はパピルスpapyrusの茎を薄くはぎ縦横に並べて強く圧縮してシートにしたもので,繊維分散液から作ったものではないからである。化学繊維やフィルムから作った紙も定義から外れるが,紙と同じ用途にあてる紙に類似したものは合成紙と呼ばれている。…
【紙】より
…植物繊維を水で分散させ,無機または有機添加物を加えてシート状に作り,脱水乾燥させ,印刷,筆記,包装などの用途にあてるものを紙という。この定義によれば,ヨーロッパ各国の紙の語源となっている古代エジプトのパピルス紙は厳密にいえば紙ではない。パピルス紙はパピルスpapyrusの茎を薄くはぎ縦横に並べて強く圧縮してシートにしたもので,繊維分散液から作ったものではないからである。…
【カヤツリグサ】より
…上記の3種のほかに,水田の雑草にはタマガヤツリ,ウシクグ,コアゼガヤツリ等があり,大型で沼に生えるツクシオオガヤツリ,カンエンガヤツリ,ヌマガヤツリ等は南方や中国大陸から渡り鳥が運んで来たものと思われる。有用植物としては,エジプトのパピルスのほかに,シチトウイのように長くまっすぐな茎をもつものが編料として利用される。カヤツリグサやクグガヤツリの全草に一種の芳香があるが,この精油を多く蓄積する種類はハマスゲ(イラスト)のように薬用植物となる。…
【装丁(装幀)】より
…中国では1~2世紀にかけて,それまでの絹帛に代わって紙を書写材料とするようになり,継紙(つぎがみ)の形を経て,巻子本に仕立てられるようになっていった。また古代エジプトのパピルスは早くから,両端に細い軸をつけて巻物に仕立てられた。これは,パピルスの繊維は折り曲げると切れやすかったためである。…
【図書館】より
…一方,図書館を指す英語libraryの語源は木皮を意味するラテン語liberに由来し,英語bibliotheca,ドイツ語Bibliothek,フランス語bibliothèqueなどはギリシア語bibliothēkē(biblion(本)+thēkē(置場))に由来する。なおbiblionの語は,小アジアのパピルスの貿易港ビュブロスByblosからきており,これはBible(聖書)などの語源ともなっている。 以下,図書館の歴史を外国と日本に大別して概観し,あわせて日本の現況にもふれることにしたい。…
【パピルス文書】より
…パピルス草から作られたパピルス紙(単にパピルスともいう)に記された文書。パピルス紙は羊皮紙,粘土板とともに古代における重要な筆記素材であった。…
【本】より
…これを太陽の熱でかわかし,かまどに入れて焼きしめると,ほとんど石と変わらないほどの強さを得る。火に燃えず,水におかされず,またパピルスや羊皮や紙と違い,動物からの害も受けず,土中に埋めておけば戦禍にも耐え,たとえ破壊されても,破片を集めれば,ある程度にもとの形が得られる。この地方では数千年にわたってこれが書物であり,文化を栄えさせた。…
※「パピルス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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