カヤツリグサ(英語表記)umbrella-sedge
galingale
Cyperus

改訂新版 世界大百科事典 「カヤツリグサ」の意味・わかりやすい解説

カヤツリグサ
umbrella-sedge
galingale
Cyperus

普通にカヤツリグサと呼んでいる草には,少なくともカヤツリグサ,コゴメガヤツリチャガヤツリの3種があり,いずれも田畑,荒地,道端に多いカヤツリグサ科の雑草である。

 植物学上カヤツリグサC.microiria Steud.とされるものは,中国大陸原産と見られる田畑の一年生の雑草で,赤紫色のひげ根のある細い茎が2~3本まばらな株となり,高さは30cm余りである。幅5mm以下で短めの線形の葉が,茎の根もとに2~3枚ある。夏の終りから秋に,茎の頂に3~4枚の葉状の苞をもった散形花序をつけて,数本の枝を出し,各枝に長さ1cmほどの線形で黄褐色の小穂を密生した花穂を数個ずつつける。小穂の鱗片は2列に並び,長さは1.5mm。果実もまた小さく,長さ1mmくらいで,濃褐色をしている。コゴメガヤツリC.iria L.はカヤツリグサよりやや背が高く,小穂は麦わらのような黄色で,より密生する。西アジアからインドの原産と思われるが,現在,田畑の雑草としてアジア全土に分布し,北アメリカにも帰化している。チャガヤツリC.amuricus Maxim.はやや細い茎と葉をもち,小穂が長い線形で1.5cm以上になり,中国東北部から東シベリアの原産種。いずれも古い時代に作物とともに中国大陸から日本へ入った雑草であろう。

 カヤツリグサは蚊帳吊り草の意味で,その三稜形の茎を,その両端から異なった面について2人で割くと,茎の中央あたりで四つ足のついた四角の骨組みができ,ちょうど蚊帳を吊ったように見えるという風雅な蚊帳吊り遊びに由来する。カヤツリグサの別名升草(ますくさ)も同様に四角を作る意味である。

 カヤツリグサ属Cyperusは,スゲ属に次ぐカヤツリグサ科の二大属の一つで,全世界の熱帯,亜熱帯を中心として400種余りある。上記の3種のほかに,水田の雑草にはタマガヤツリ,ウシクグ,コアゼガヤツリ等があり,大型で沼に生えるツクシオオガヤツリ,カンエンガヤツリ,ヌマガヤツリ等は南方や中国大陸から渡り鳥が運んで来たものと思われる。有用植物としては,エジプトパピルスのほかに,シチトウイのように長くまっすぐな茎をもつものが編料として利用される。カヤツリグサやクグガヤツリの全草に一種の芳香があるが,この精油を多く蓄積する種類はハマスゲのように薬用植物となる。パピルスやシュロガヤツリのように,大型の熱帯種には散形花序が大きく美しい種類があるので,温室内の観賞植物として栽培されるものもある。カヤツリという名がついていてもクロタマガヤツリ,ヒンジガヤツリ,アゼガヤツリ等は別の属に入れられる。

イネ科とラン科に次ぐ単子葉植物の三大科の一つで,世界中のあらゆる生態条件下に約50属4000余種があり,日本にはスゲ属の200種以上を含む約340種が知られ,世界のカヤツリグサ科の8.5%にあたる。

 イネやイのような細長い茎と葉をもった一年草または多年草で,地下に根茎をもつものも多い。茎はイネ科の円筒形・中空・多節と異なり,原則として三稜形,中実で,節は少数かまたは根もとから花序まで全く節のないことも多く,普通枝分れしない。葉は3列に並び,葉身は線形,まれに多少幅の広いこともあり,基部は縁の癒合した筒形の葉鞘(ようしよう)となり,茎をつつむ。時々葉身が退化して葉は葉鞘のみとなり,茎の根もとに集まってイと同じような形態をとる。花は風媒花で花びらや萼がなく,おしべが1~6本とめしべ1本のみからなるが,時によって花被が刺針になって花の基部に残ることがある。花はイネ科のように穎(えい)という鱗片の内側に1個ずつあり,集まって小穂を作る。花の集りである小穂が,さまざまの様式に配列して,穂つまり花序となり,茎の上部に出る。果実は小さい乾いた粒の瘦果(そうか)である。

 カヤツリグサ科は種類数の多いわりには有用植物に乏しい科である。往々長さ1mにも達するまっすぐで節のない茎は,この科に特有なもので,優秀な莚蓆料や編料を提供する。ござやむしろの材料,つまりマット用としてはシチトウイ,カンエンガヤツリ,オオガヤツリ,オオホウキガヤツリ等の大型のカヤツリグサ属のもの,フトイ,サンカクイ,カンガレイ,オニフトイ等のフトイ属のものが主で,中国と熱帯アジアで盛んに用いられている。茎や葉を細く割いて編料にするものには,朝鮮でワングルというカンエンガヤツリやクグスゲがある。ゴムやビニル雨具ができる前には,カサスゲで作った菅笠や蓑は日本独特の雨具であった。特殊な用法として,南アメリカのチチカカ湖ではフトイの一種の茎で葦舟(あしぶね)等を作る。エジプト古代のパピルス紙はパピルスすなわちカミガヤツリの茎から作った。食用には中国料理のオオクログワイがあり,薬用植物としてはハマスゲがある。観賞用植物にはカヤツリグサ属のパピルスやシュロガヤツリ等のシベラス類,シマフトイ,スゲ属ではフイリカンスゲとフイリタガネソウがある。熊本の水前寺の日本庭園ではヒトモトススキを観賞用に配している。最近,南アメリカのアマゾンの奥地で原住民がカヤツリグサ属の一種の根茎を避妊薬に応用していることが見いだされたり,フトイの一種に水中の有害な金属イオンを吸収する機能のあることがうかがえたり,将来は広い面で重要になるかもしれない。

 カヤツリグサ科は熱帯でよく発達していて,日本はその北端に当たるため,種類も限られ,科の全貌を見ることはむずかしい。最も原始的なカヤツリグサ科は南アジアのスキルポデンドロン属Scirpodendronで,タコノキのような全形をして,長さ1~1.5cm大の実ができる。この近縁属がタコノキ科の幼木のような形のマパニア属Mapaniaで,台湾まで北上しているスゲガヤHypolytrumとともに,やはり原始的な一群である。また,南アメリカにはエベラルディア属Everardiaという木質の茎が1mにもなる特殊な群もある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カヤツリグサ」の意味・わかりやすい解説

カヤツリグサ
かやつりぐさ / 蚊帳吊草
[学] Cyperus microiria Steud.

カヤツリグサ科(APG分類:カヤツリグサ科)の一年草。北海道を除く日本全土の畑、荒れ地、草地に生える。小穂は黄褐色をしていて、三稜(さんりょう)形の果実が十数個つく。別名をマスクサ(枡草)といい、茎を両端から裂くと四角形ができ、蚊帳(かや)や枡になぞらえて遊ぶことからこの名がついた。カヤツリグサ属は小穂の軸の両側に2列の鱗片(りんぺん)がつき、その腋(えき)に花被(かひ)のない両性花がつくのが特徴である。日本に約二十数種が分布しており(分類によっては40種以上とすることもある)、どれもよく似ていて、コゴメガヤツリ、チャガヤツリ、タマガヤツリなどが普通にみられる。アゼガヤツリの類は果実のつき方が異なり、別属とされることもある。カヤツリグサ属は熱帯、温帯に広く分布し、約700種ほどある。ほとんどが雑草であるが、わずかに観賞用や敷物用または食用として栽培される種類もある。カミガヤツリともいわれるパピルスCyperus papyrus L.は北アフリカ原産で、古代エジプトでは紙の原料として使われた。

[木下栄一郎 2019年7月19日]


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百科事典マイペディア 「カヤツリグサ」の意味・わかりやすい解説

カヤツリグサ

本州〜九州,東アジアの畑など日当りのよい草地にはえるカヤツリグサ科の一年草。茎は鈍い三角柱形で,高さ20〜60cm,基部に線形の葉を数個つける。夏〜秋,茎頂が数回分枝して多数の小穂をつけ,花序の基部には数個の葉状の包葉をつける。小穂は線形,扁平で幅約1.5mm。小穂上には鱗片が2列に並び,黄緑色で広卵形,中脈は突出する。果実は小さく,三角倒卵形。近縁種が多く,コゴメガヤツリは鱗片の突起がより短く,チャガヤツリは鱗片が褐緑色で突起が長い。アゼガヤツリの小穂はより扁平で,暗黄褐色となり,幅2〜2.5mm。果実はレンズ状。カンエンガヤツリは湿地にはえ,大型で1m内外。カンゾウ(莞草),ワングルともいわれ,まれに栽培され,むしろなどにされる。古代エジプトの紙として知られるパピルスも同属。
→関連項目湿生雑草

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世界大百科事典(旧版)内のカヤツリグサの言及

【バンウコン】より

…ショウガ科の多年草で,黄色の根茎には芳香があり,香辛料として利用される(イラスト)。全体は小型で,地下の分枝する根茎の頂部から1~3枚の葉を地表に展開する。根は部分的に肥大し球根になる。葉は短い葉柄があり,やや革質,広楕円形で長さ約10cm,幅5~9cmであるが,根茎から1枚だけのときは幅がより狭くなる。葉間からひどく短縮した4~10花あまりをつけた穂状花序を出す。花は1~2個ずつが開花し,3~5cmほどの長い花筒部があり,ほぼ白色で唇弁は紫色を帯びることがある。…

※「カヤツリグサ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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