シニフィアン/シニフィエ(読み)しにふぃあんしにふぃえ(英語表記)signifiant/signifié フランス語

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

シニフィアン/シニフィエ
しにふぃあんしにふぃえ
signifiant/signifié フランス語

言語学の用語。言語学者フェルディナン・ド・ソシュールが導入した概念。もともとフランス語で「シニフィアン」は「意味するもの(能記)」、「シニフィエ」は「意味されるもの(所記)」にあたる表現だが、彼の講義の記録から弟子の手によって死後編集され出版された『一般言語学講義』Cours de linguistique générale(1916)では、これがそれぞれ「聴覚映像image acoustique」および「概念concept」という、シーニュsigneすなわち言語記号二つの構成要素を指す用語として用いられていた。

 一般言語学を構想することでソシュールが引き受けた課題は、なにより言語学の対象を再規定するということであったが、これに取り組むなかで彼は、言葉を物の名前ととらえる伝統的な言語観(言語名称目録観)を批判する。この言語観のなかでは、一つ一つの語と指示対象とがそれぞれ独立して存在することが前提とされ、言語とはその既存の両項のあいだに打ち立てられる、ある関係として考えられている。しかし実際には、ある記号がその記号であり、その記号がこれこれの意味をもつということは、他の記号との差異によってはじめて定まるのであり、したがって言語記号は物のように実在するというよりも、むしろ心的な、体系のうちで対立化された差異の束として実現する。いいかえれば、言語記号は実質substanceであるというよりむしろ形相formeである。そしてこの差異の体系のなかでは、xでもyでもないものとしてのzというかたちで否定的に規定されたシニフィアン(聴覚映像)とシニフィエ(概念)が同時に切り出されることになる。これらはいずれも心的なものであり、物理的な音や指向対象(語によって指されている実在のもの)とは区別されなくてはならない。またこの切り出しによって定まる、記号相互の関係は「価値valeur」、各記号におけるシニフィアンとシニフィエの関係は「意味作用signification」と呼ばれた。こうした考え方を通じてソシュールは、記号がすでに分節化された世界に付される単なるラベルではなく、世界の分節化そのものを支えるダイナミズムを秘めていることを示した。『一般言語学講義』では以上のように規定された言語記号について、同じ対象でも言語によって呼称が異なるということにみられる「記号の恣意性」と、シニフィアンが聴覚映像であるかぎりで時間のなかを線的に展開されるという「シニフィアンの線状性」の二つの原理が指摘されたが、特に前者は言語における意味の問題にかかわる重要な論争発端となった。

[原 和之]

『フェルディナン・ド・ソシュール著、小林英夫訳『一般言語学講義』(1972・岩波書店)』『丸山圭三郎著『ソシュールの思想』(1981・岩波書店)』『丸山圭三郎編『ソシュール小事典』(1985・大修館書店)』

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百科事典マイペディア の解説

シニフィアン/シニフィエ

ソシュールの言語学・記号論の用語。〈能記/所記〉とも,また〈意味作用/意味〉とも訳される。シニフィアンを〈形式媒体〉,シニフィエを〈意味内容〉として単純化して使う場合もあるが,ソシュールにおいては本来,シニフィエはシニフィアンと一体化して記号(シーニュ)を形成するもので,記号の意味あるいは指示対象ではない。シニフィエは記号体系内部のシニフィアンのもつ弁別的差異によって関係性のなかで決定され,シニフィアンとシニフィエとの結び付きは必然的ではなく恣意的であり,記号はそれ自体で閉じた体系をつくり,各文化がもつ記号の体系によって現実の切り分け方も異なってくる。この考え方は記号を現実を指示する目録ではなく,現実のあり方を決定するものとみる言語論的転回を可能にし,以後,文化記号論や精神分析等の研究において有効な分析手段となっている。シニフィアン=セマイノン=シグナンス,シニフィエ=セマイノメノン=シグナトゥスをめぐる思索には,ストア学派アウグスティヌス以来の系譜があり,現代ではラカンにその継承が見られる。

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