記号論(読み)キゴウロン(英語表記)semiotics 英語

デジタル大辞泉 「記号論」の意味・読み・例文・類語

きごう‐ろん〔キガウ‐〕【記号論】

semioticssemiology》一般に記号といわれるものの本質・在り方・機能を探究する学問。米国のパーススイスソシュールに始まるとされ、論理学言語学人類学芸術などに関連する。
semiotic》科学的経験主義で展開された記号の機能に関する理論。機能の三側面に従い、語用論意味論統語論から成る。
[補説]書名別項。→記号論

きごうろん【記号論】[書名]

《原題、〈イタリアTrattato di semiotica generale》イタリアの記号論学者・小説家エーコによる評論。イタリア語版は1975年刊行、英語版(A Theory of Semiotics)は翌1976年に刊行。

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精選版 日本国語大辞典 「記号論」の意味・読み・例文・類語

きごう‐ろん キガウ‥【記号論】

〘名〙
① (sematology の訳語) 記号とその指し示す対象との関連を研究する学問。意味論。〔哲学字彙(1881)〕
② (semiotics semiologie の訳語) 人間の生活にかかわる、具体的な事物から芸術的な表現に至るまで、さまざまな事象を記号としてとらえ、解明する学問。米国のパース、スイスのソシュールに始まるとされ、主に言語学の理論を記号に適用することを基礎とし、旧来の社会学、経済学、哲学などの領域を超えて総合的に人間事象をとらえようとする学際的な理論をいう。フランスのロラン=バルト、イタリアのウンベルト=エーコ等の業績が有名。記号学。
③ (semiotics の訳語) 分析哲学や論理実証主義の立場でなされる記号の機能に関する理論。パースの後継者モリスが最初に主張したもので、記号の機能を、記号相互の関係、記号と指示対象との関係、記号とその使用者との関係という三つの側面に区別し、それぞれ統語論(構文論)、意味論、語用論と三部門に分けて研究する。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「記号論」の意味・わかりやすい解説

記号論
きごうろん
semiotics 英語
Semiotik ドイツ語
sémiotique フランス語

記号の理論をいう。記号についての議論は、きわめて古くから行われており、たとえば古代ギリシアの哲学者の著作にも数多くみられる。また現代でも、哲学、論理学、言語学、人類学、行動学、心理学生物学、コンピュータ理論などの、実にさまざまの分野で記号についての議論が行われている。近ごろでは、「記号論」とよばれる一つの新分野をたてようとする動きもあるが、この動きに参加している人たちのなかにも、さまざまな意見があるようである。目下流行しているのは、言語学や文化人類学の術語を使う記号論のようであるが、この術語に対応する概念のなかには、ほかの分野で別のことばでいわれているものも多い。こういった無数の議論について概観することは、限られた紙数ではとてもできないことなので、ここでは記号をめぐるいくつかの哲学的問題をあげておくにとどめる。

(1)記号ということばは、特定の書物の特定のコピーの特定の箇所に印刷されている一つの文字、といった、特定の物体をさすのに使われることもあり、それと似た形をしている文字すべてをさすのに使われることもあり、そういった文字をみた人の心中に引き起こされるものと想定されている心像をさすのに使われることもある。論理学においては、もっと抽象的に、集合の元を記号と考え、たとえば実数をすべて記号として扱うこともある。このような、記号のさまざまなレベルの違いを分類し、その間の関係を定めようとすると、個と普遍者との関係をめぐる、古来の普遍問題に巻き込まれる。この問題は現在でも活発な論議の対象となっているものである。

(2)「記号の意味」という表現は、日常なにげなしに使われることばである。しかし、開き直って「意味とは何か」と聞かれると、答えることはけっしてたやすくはない。固有名詞的な記号については、それが指示する対象であるとする答えがよく行われているが、それでは架空の人物の名前には意味がなくなってしまう。また普通名詞的なものでは、その適用範囲(外延(がいえん))が同じ二つのことばが意味が違うとされることが多い。このような場合を説明するために、記号によって指示されるものと、記号の意味になっているものとを区別しようとする哲学者は多いが、この区別の必要は指摘できても、意味そのものについての説明は十分にできずに苦しんでいる者が多い。そこでクワインのように、意味という概念そのものを記号に関する論議から締め出そうと提唱する哲学者も出てくる。とにかく、意味をめぐる問題は、哲学界で当分の間、だれをも満足させるような解答は出そうもないものである。

(3)言語学のほうから記号について論じようとする人は、世界観が記号体系によって変わってくることは十分認めながらも、記号によって表現される世界とか感情とかいったものについては、いちおう常識的な了解を前提にして話を進めることが多いようである。しかし、哲学的には、この常識的な了解そのものが検討の対象となる。記号を操る人間の存在は認めても、心の存在は否定し、行動主義的に記号現象を分析しようとする哲学もある。心身二元論と、唯物論と、行動主義とのうちのどれが正しいかは、まだ論争の主題の一つなのである。

(4)心の存在を認める立場をとる人でも、記号から、これに対応しているはずの、心のなかの現象を、一義的に決定できるかどうかについては、疑問に思う人もいる。事実、論理学での不完全性定理やモデル論の成果を援用すれば、この決定は不可能であると考えるほうが妥当なようである。また、これは、心のなかの事柄に限らず、一般に、記号とその表現しているはずの内容との間の関係について成り立つ。また、この考え方を広げていくと、翻訳の不確定性にも突き当たる。このように、記号には、いわば宿命的な多義性が付きまとうにもかかわらず、一方では、記号とそれによって表現される事柄との関係についての議論を行うことに、十分な意味があるように思われる局面のあることも事実である。そこで、この多義性と、表現が可能であるように思われる事態との間にどう折り合いをつけるかという問題が生ずる。一つの記号が同時に多数の世界の事物と関連しているのだとする多世界説が哲学のほうで流行するのも、この問題と関連のあることである。

(5)超越的なものを記号によって表現しようとすることは昔から行われてきたことであるが、もしこの表現が本当に可能なら、超越者は超越者ではなくなる。この逆理をどう解決したらよいのか。これは古来、宗教―哲学のほうで問題になってきたことだが、この問題も、実は(3)、(4)の問題とつながっているのである。

吉田夏彦

『吉田夏彦著『記号と人間』(1983・旺文社)』

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百科事典マイペディア 「記号論」の意味・わかりやすい解説

記号論【きごうろん】

広義の記号(言語はその一部)を対象とする学問。日本では,英米系(C.S.パース,C.W.モリスら)のセミオティクスを〈記号論〉と,フランス系(ソシュール以後,R.バルト,J.クリステバら)のセミオロジーを〈記号学〉と称することが多い。記号をアイコン(類像記号),インデクス(指標記号),シンボル(象徴記号)に分類したり,その機能を意味論,結合(構文)論,実用(語用)論に分けて検討するなどして,諸記号からなる文化と社会の解読を図ろうとするもの。モデルはとりわけソシュールやヤコブソンの言語研究に求められるが,さらに進んで記号の本質を徹底して非実体的な差異化作用ととらえ,制度内部での〈現前の記号学〉を批判しようとする立場もある。
→関連項目意味論構造言語学詩学シニフィアン/シニフィエテキスト

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改訂新版 世界大百科事典 「記号論」の意味・わかりやすい解説

記号論 (きごうろん)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「記号論」の意味・わかりやすい解説

記号論
きごうろん

記号学」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の記号論の言及

【意味論】より

…意味論の定義にしばしば語の意味の研究およびその意味の変遷という定義がなされるのは,意味論の発展してきた道を反映し,この間の事情を物語っている。 語という形式が一部の例外を除いて原則的には対応の意味と必然的関係がなく,その間の関係が約束事によっているとすれば,すなわち地面が高くなっているところを〈山〉と呼ぶのはこの言語での約束事であり,こう呼ぶ必然性がなければ,語は一種の記号であり,意味論は統語論(シンタクス)および語用論(プラグマティクス)とともに確かに記号論の一部を構成する。しかし,語は“一種の”記号として,“自然”言語を形成しているので,自然言語以外の記号体系を扱う分野の研究とは異なった扱いが必要となる。…

【記号】より

…第1次信号系の諸感覚も語によって名指され意識化されうるが,意識化されずに受容された無数の諸刺激はいわゆる無意識の一部を構成することになる。パブロフの信号論はアメリカの行動主義心理学者J.B.ワトソンを経て,C.W.モリスの記号論に取り入れられている。イギリス生れの批評家I.A.リチャーズC.K.オグデンとともに有名な〈意味の三角形〉を提唱したが,その原理も条件反射論によって説明可能である。…

【構造主義】より


[構造主義以後]
 構造主義はフランスで生まれ,したがってM.モースの人類学やバシュラール,カンギレームの科学認識論,あるいはメルロー・ポンティの哲学など,総じてフランス思想の伝統に立つが,同時にマルクス,ニーチェ,ソシュール,フロイト,ハイデッガーなど19世紀末から20世紀前半にかけての思想的変革の努力を引き継ぐものといえる。そして,〈構造主義〉という一括的名称は,早くも1968年の〈五月革命〉のなかで〈構造主義は死んだ〉と語られて,1970年代以降拡散したが,それは人類学,言語学,精神分析などを中心とする人間諸科学の相互連関的探求に発展し,また諸分野での〈記号論〉的探求を生み,さらに広く,近代科学・技術への批判的反省,自然の復権を求める思想動向などを起動促進した。そのなかからは,各種の〈文化記号学〉的探求や〈経済人類学〉的試みなどの新しい探求が生まれつつある。…

【詩学】より

…この活性化は,規範からの逸脱と関係があり,文学史におけるあらゆるテキスト,同時代の文学のあらゆるテキストとの相関において決定されるのである。この新しい枠組みの中で,ヤコブソンの詩的機能は言語学者・美学者ヤン・ムカジョフスキーJan Mukařovský(1891‐1975)の〈美的機能〉に発展し,発話の機能モデルが検討され,民俗学者・記号論学者のP.ボガトゥイリョフは民衆芸術(民衆演劇,民俗衣装)の機能構造的研究を残した。 ナチス侵攻を前にしてヨーロッパから北アメリカに脱したヤコブソンは,第2次大戦後,情報理論やパース記号論の諸概念を導入して構造詩学の定式化を行う。…

【パース】より

…プラグマティズムの始祖で,現代記号学(記号に関する一般理論)の創設者のひとり。また記号論理学,数学基礎論,および科学方法論の現代的発展における先駆者のひとりでもあり,〈合衆国が生んだ最も多才で,最も深遠な,そして最も独創的な哲学者〉と言われる。 マサチューセッツ州のケンブリッジに生まれ,父親ベンジャミン・パースBenjamin P.(1809‐80,ハーバード大学の数学と自然哲学の教授で,当時のアメリカにおける最大の数学者)の下で特別の家庭教育を受け,ハーバード大学に学んだ。…

【モーリシャス】より

…正式名称=モーリシャス共和国Republic of Mauritius面積=2040km2人口(1996)=114万人首都=ポート・ルイスPort Louis(日本との時差=-5時間)主要言語=クレオール語,ヒンディー語,英語(公用語)通貨=モーリシャス・ルピーMauritius Rupeeマダガスカル島の東方約800km,インド洋上のほぼ南緯20゜,東経57゜30′にあるモーリシャス島(面積1865km2)を主島とし,東方,東経63゜30′のロドリゲス島Rodrigues Island(面積109km2。…

※「記号論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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