改訂新版 世界大百科事典 「カキ」の意味・わかりやすい解説
カキ (柿)
kaki
(Japanese)persimmon
Diospyros kaki Thunb.
果実を食用にするため広く栽培されるカキノキ科の落葉高木。東アジア温帯に固有。多くの枝を分けて広がった樹冠を作り,楕円形で鋸歯のない大型の葉をつける。高さ5~10m,若枝は灰褐色,古くなると灰黒色となり,多数の縦に走る割れ目が入る。葉は長さ4~17cm,幅4~10cmで厚みがある。初夏,新しい枝の葉のわきに1花をつける。雄花・雌花・両性花があり,株によっては雄株・雌株に見えるものもある。萼は大きく緑色で4裂する。花冠はつぼ状で先は4裂し黄白色。雄花には16本のおしべがあり,雌花には1本のめしべと8本の退化したおしべがある。果実は液質で卵形,球形などさまざまである。野生のものをヤマガキvar.sylvestris Makinoといい,葉はやや小さく毛が多く,果実は小さい。
執筆者:山崎 敬 カキは中国中北部,朝鮮,日本で古くから栽培されている。日本へは,最近の研究では奈良時代(8世紀)に中国より渡来したとする説が有力である。中国では紀元前2世紀に栽植の記録があり,日本では《和名抄》に野生品と栽培品との区別がなされている。
品種
品種数はすこぶる多く800以上といわれ,果実の形状も大きさも変化に富んでいるが,営利栽培に適するものは多くない。甘柿と渋柿に大別され,さらに渋の抜けかたにより,完全甘柿と不完全甘柿,完全渋柿と不完全渋柿に分けられる(表参照)。ただし不完全渋柿である平核無(ひらたねなし)にはふつう種子がないので果肉に褐斑がなく,品質が優秀で渋柿の代表品種となっている。一般に甘柿は気温が低いと渋が残るため,気候温暖な中部以南でつくられ,渋柿は耐寒性がやや強く東北方面までつくられる。接木の影響で渋柿が甘柿に変わるようなことはない。
栽培面積は約3万ha,果実生産約25万tで,主産県は山形,新潟,愛知,岐阜,奈良,和歌山,愛媛,福岡などである。1905年の果実生産量は18万tで,日本の主要果樹生産量中1位を占めていたが,現在ではかんきつ類,リンゴ,ナシにその座をゆずっている。果実は甘みに富むが,酸味・香気に乏しく,貯蔵性,加工適性に欠け,生産収益性がやや低いことや,現代の食生活における果実への好みの変化などがその理由と考えられる。
栽培
実生だと8年くらいかかるが,ふつう接木一年生苗を植え付け,約4~6年目で結実をはじめる。台木には栽培品種のほかにヤマガキ,シナノガキ(マメガキともいう)の実生が用いられる。腐植に富むやや粘質の壌土を好む。カキには雄花がつかない品種が多いので,花粉の多い禅寺丸などの授粉樹を植えるか,人工受粉をする必要がある。一年枝の先端部,2~3芽が花芽になるので剪定(せんてい)に注意する。また摘蕾(てきらい),摘果をして毎年平均してならせるようにする。カキは樹形がかなり大きくなるので,最近は小さめに仕立てられる台木や剪定法の研究が重要課題の一つになっている。カキミガ(ヘタムシ),カイガラムシ類,イラガ,炭疽(たんそ)病,落葉病などの防除もたいせつである。特定作物の間作により病虫害を防ぐくふうもされている。
成分
果実には糖類,ペクチン,カロチノイド,ビタミンCが多く含まれる。カキにはショ糖よりもブドウ糖や果糖の含有量が多く,甘みを上品にし,ペクチンや渋がその独特な風味をつくり出している。果色は果皮のカロチノイド色素によるが,そのうちで濃朱色のリコピンの含量は初秋の日照条件と関係が深いといわれる。
渋抜き
渋柿は熟柿(じゆくし)にするか人工的な渋抜きを行う。渋抜きには湯抜き法,アルコール抜き法,(炭酸)ガス抜き法,凍結法などによりさわし柿にする方法と,干し柿または串(くし)柿にする方法がある。渋みは果肉中のタンニン細胞に存在する水溶性タンニンによる。果肉中のタンニン細胞が凝固,収縮,また褐変して褐斑ができたりすると,タンニンが不溶性となり渋みを呈さなくなる。果肉の品質や甘みの点では,むしろ渋柿のほうにすぐれたものが多い。
利用
柿渋は,未熟の小型渋柿を破砕,搾汁,発酵させて上澄みをとった,淡赤褐色半透明の液体である。特有の香りがあり,昔は傘,渋紙など防水防腐に用いられたが,現今はおもに日本酒製造時の清澄剤として重要である。また染色など美術面での利用もある。
干し柿(ころ柿)の表面に生じる白粉は果糖とブドウ糖である。干し柿はさらに,巻き柿,柿ようかんの製造や料理にも用いられ,またドライパックやシロップ漬の缶詰にして輸出される。生果実を貯蔵するには,凍結,ポリエチレン包装冷蔵,CA貯蔵,薬剤(ジベレリン)の葉面散布による年内樹上貯蔵などの方法がある。
カキは近年欧米でも注目されはじめ,アメリカのフロリダ,カリフォルニア両州や南アメリカ,南ヨーロッパ諸国で栽植され,研究されている。
執筆者:松井 仁
近縁種
シナノガキD.lotus L.は西アジア原産で,葉の裏面が灰白色,果実は小さく直径1.5cmで熟すと黄色から紫色になり,ブドウガキともいう。未熟の果実から渋を採るため栽培された。
執筆者:山崎 敬
料理
木になったまま完熟させた果実は,熟柿,木ざわし,木練(こねり)などと呼び,しばしば宴会の献立に用いられた。室町期の故実書には,不用意に食べると中から汁がとび出すから注意せよといった心得が書かれている。柿を使った菓子というと現在では柿ようかんに代表されるが,かつては柿糕(かきづき)(柿餻,柿擣とも),柿煎(かきいり)などがよく行われた。前者は熟した柿,あるいは干し柿の粉末をもち米粉にまぜて蒸したもの,後者は種を抜いた干し柿の中に水で練った糝粉(しんこ)を詰めて油で揚げたものであった。柿の葉鮨(ずし)はサバの脂の上に柿の葉を置いたもの,杮鮨は〈こけらずし〉と読み,飯の上にのせる魚貝の切身が杮葺(こけらぶき)のこけら板のように薄いための称である。
執筆者:鈴木 晋一
薬用
果実の宿存萼を漢方で杮蒂(してい)という。糖類,タンニン,トリテルペノイドを含み,他の薬物と配合して嘔吐,しゃっくり,夜尿症などに用いられる。柿渋はタンニン質シブオールshibuolを含み,凍傷の塗布薬とする。また干し柿の表面の白い粉を集めたものを柿霜餅(しそうへい)と称し,鎮咳(ちんがい),去痰などに,また滋養料にする。近年,葉を茶剤とした製品がある。民間薬として高血圧症に使われ,ビタミンCを多く含む。
執筆者:新田 あや
民俗
カキは栽培の歴史が古く,《和名抄》には〈赤実菓也,音市,和名賀岐〉とあり,《延喜式》にも菓子類として熟柿や干し柿があげられている。古い農家はなん本かのカキを植え,食用のほか,調味料や染料にもするなど利用価値は高かった。しかし,本格的な果樹栽培は新しく,明治の末期からである。
カキは甘い物が乏しかった時代には貴重な果実であったため,日本人にとってはなじみが深く,呪術や俗信も多く伝えられている。串柿は正月には鏡餅とともに供えられたり,歯固めや福茶に食べられるたいせつな食物である。小正月には,カキの木に対して成木責めを行う所が多い。また,カキの実は霊魂と深い関係があるとみられ,長野県の旧東筑摩郡では,人魂は生前に住んでいた家のカキの木に来てよりつくといい,お化けもヤナギではなくカキの木の下に出現するという。人魂を意味するテンビ,テンピが熟柿をさす所もある。カキの枝は折れやすく,死と関係のある伝承が多い。カキの木から落ちると3年以内に死ぬとか重傷を負うといい,カキの結実や食べる夢を見ても葬式の知らせがあるとか重病人が死ぬといわれる。カキの木は念珠や火葬用の薪としても使われ,普通の日にカキの木をたくことは忌まれている。もしたけば,失明するとか気が狂うといい,また歯が痛んだり,7代貧乏するなどといわれ,目や歯にたたることが多い。また,嫁入りにカキの苗木を持っていき,自分が死ぬと,その木で火葬にするという地方もあった。一方,カキの花を指さすと実を結ばないとか,カキの木をゆすると翌年実がならないともいわれ,カキが神聖視されていたとみられる。キマモリといって果実を最後に一つ残す風習も成木責め同様カキに対して行われることが多く,こうすると翌年実がよくなるという。また,昔話に登場するカキの木は天や地獄など異界とこの世を結ぶ境に立っていることが多い。
執筆者:飯島 吉晴
カキ (牡蠣)
oyster
岩礁に左殻で付着するイタボガキ科の二枚貝の総称であるが,とくに食用とされる重要種マガキを指すことも多い。カキ類は付着生活のため形は一定せず,軟体の足は発達しない。殻は付着する左殻が大きく深くなり,右殻はやや小さくて,あまり膨らまない。殻表には皮がなく,成長脈が板状になっている。両殻のかみ合せには黒い靱帯があるが,歯はないか,はなはだ弱い。軟体の中央には大きい後閉殻筋(貝柱)があり,外套(がいとう)膜の中のえらは大きい。雌雄同体であるが雌性の強いものと雄性の強いものとがあり,雌雄性の割合はそのときの条件で決定される。産卵後や環境が悪い場合は雄性が強くなる。イタボガキなど卵胎生の種類では,雌雄の卵子と精子が同じ生殖腺内でできるが,マガキなど卵生の種類では卵子と精子が交代してつくられる。後者は見かけ上雌雄の別があるように見えるので,かつては雌雄異体と思われていた。生殖腺は雌性,雄性のいずれが強いものでも白いので,みな雄のように思われ牡蠣と書くという。
養殖カキ
世界的にカキの養殖は盛んであるが,それに用いられるおもな種は次のとおりである。(1)マガキCrassostrea gigas(英名Japanese oyster)サハリンから日本,台湾,朝鮮南部,中国からマレーにかけ広く分布し,日本で養殖するのは主としてこの種である。シカメ,ナガガキ,エゾガキと称するものはこの種の一型である。卵生。産卵は22~25℃が適温で,水中に産み出された卵はベリジャー幼生となるが,20日前後で付着生活に入る。成長は1年で7cm,重量60gくらい,2年で10cm,140gくらいになるが,その後はあまり大きくならない。養殖は古くから中国で行われ,またヨーロッパでも前1世紀にナポリで行われていた記録がある。日本でも簡単な養殖は行われていたらしいが,1673年(延宝1)安芸国草津で小林五郎左衛門がアサリやハマグリを囲った篊(ひび)にマガキが多数付着して成長したのにヒントを得て,養殖を始めたのが最初の記録である。1923年に妹尾秀実,堀重蔵がいかだによる垂下養殖法を考案し,養殖技術が著しく進歩した。内湾の海水温が24~25℃になる5~8月が産卵期。海中を遊泳している幼生が0.4mmくらいに成長すると岩などに定着し始める。このときに,カキ殻やホタテ殻を連ねたコレクター(付着器)を海中に入れ稚貝を付着させ採苗する。付着した稚貝の成長は速く4~5日でゴマ粒くらいになる。これが種ガキである。これをいかだ式垂下養殖するのであるが,この方法では種ガキがつねに水中にあって餌を食べるので,干潮時に露出する岩についているものより成長が速い。春に種ガキを垂下すると冬には収穫できる大きさになる。種ガキは宮城県が主産地で,養殖は広島県,有明海,宮城県などで盛んである。北アメリカでもマガキの養殖をしているが,水温が低く採苗ができないので,毎年宮城県などから種ガキを輸出している。(2)スミノエガキC.ariakensisマガキに近似した種で有明海で養殖される。卵生。(3)アメリカガキC.virginica(英名American oyster)北アメリカ東岸からブラジルまで分布し,マガキに似ている。卵生。(4)ポルトガルガキC.angulata(英名Portuguese oyster)南ヨーロッパ,地中海に分布しアメリカガキと非常に似ている。卵生。(5)オーストラリアガキSaccostrea commercialis(英名Australian oyster)オーストラリアのおもに東岸に分布する。日本のオハグロガキに近い種。卵生。(6)ボンベイガキS.cucullata(英名Bombay oyster)インドなどの熱帯地方に分布する。卵生。(7)ヨーロッパガキOstrea edulis(英名European oyster)イギリス,フランスに多く,日本のイタボガキO.denselamellosaに似ている。海底の小石に付着する。胎生。(8)オリンピアガキO.lurida(英名Olympia oyster)アメリカ西岸に分布し,味がもっともよいといわれる。胎生。
日本ではこのほかイタボガキ,オハグロガキ,ケガキ,イワガキなどを採取して食用にするが養殖はしていない。
執筆者:波部 忠重
食用史
貝塚からの出土例を見ると,縄文期の日本人が食べた貝の中で,ハマグリに次いで多かったのがカキであった。《延喜式》には伊勢からの貢納物のうちに〈蠣,礒蠣〉と見える。礒蠣は〈アラカキ〉と読まれているが,礒を冠していることから,あるいは殻付きの生ガキだったかも知れない。近世前期には,吸物,酢ガキ,串焼き,殻焼き,杉焼きなどがよく行われた料理で,産地としては三河,尾張,伊勢,江戸などが知られていた。後期になると,〈畿内に食する物,皆芸州広島の産なり,尤名品とす〉(《日本山海名産図会》)といわれるほど,広島の養殖カキの声価は高まっていた。ちなみに杉焼きというのは,杉箱の底に塩をのりで厚く塗りつけて火にかけ,箱の中にみそを溶かして魚鳥野菜を煮るもので,いま行われているカキの土手焼き(土手なべとも)はこれを簡便化した料理ともいえる。
→蠣船
執筆者:鈴木 晋一
伝承
大プリニウス《博物誌》によれば,カキは古くから養殖され,セルギウス・オラタが前1世紀にバイアエ湾(ナポリ湾の一部)に〈カキの池〉をつくったのが始まりという。古来,カキは春から夏に食べるべきでないとされたらしく,〈月の名にrがつかない月(5~8月)にはカキを食べるな〉というイギリスのことわざがある。中世の動物寓意譚では高貴な獅子や鷲とは逆に,最下等の卑しい生物として描かれ,下賤の意味にもなった。また,バビロニア神話では世界をカキの形になぞらえている。英語の成句に〈カキのように無口なas dumb as an oyster〉〈カキのように口が固いas close as an oyster〉とあるように,寡黙なことのシンボルともされる。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報