食・喰(読み)くう

精選版 日本国語大辞典 「食・喰」の意味・読み・例文・類語

く・う くふ【食・喰】

〘他ワ五(ハ四)〙
① 離れないように唇や歯で軽くはさんで支える。くわえる。
※万葉(8C後)一〇・一八二一「春霞流るるなへに青柳の枝喙(くひ)持ちてうぐひす鳴くも」
※源氏(1001‐14頃)胡蝶「水鳥どもの〈略〉細き枝どもをくひて飛びちがふ」
② 強く歯を立ててかむ。かみつく。くいつく。また、虫などが刺す。〔新撰字鏡(898‐901頃)〕
※大和(947‐957頃)一七三「すだれもへりは蝙蝠(かはほり)にくはれて所々なし」
※俳諧・炭俵(1694)秋「約束にかがみて居れば蚊に喰(くは)れ〈曾良〉 七つのかねに駕籠呼に来る〈杉風〉」
③ これと思ったものにしっかりとりつく。釣りで魚がかかることもいう。
※評判記・難波の㒵は伊勢の白粉(1683頃)三「重山六三郎 若衆方〈略〉西などで太夫したじが立ふるまひも客によってこちらほどにはくふまい」
※雑俳・柳多留拾遺(1801)巻一二下「喰ますかなどと文王そばへより」
④ かんだり飲んだりして口から中へ入れる。食べる。また、薬を服用する。
※古事記(712)下・歌謡「その虻(あむ)を 蜻蛉(あきづ)はや具比(グヒ)
※竹取(9C末‐10C初)「薬もくはず、やがて〈略〉やみふせり」
⑤ (①②から転じて) 縄状のものが物にめりこむようにしめつける。また、しっかりと間にはさむ。
※金葉(1124‐27)連歌・六五〇・詞書「わらうづに足をくはれて紙をまきたりけるを見て」
⑥ (生きるのに必要な食べ物を口に入れる意から) 生計を立てる。生活する。暮らす。食べる。
浄瑠璃今宮心中(1711頃)上「在所の聟(むこ)と申も、くひかねぬ身代」
※野分(1907)〈夏目漱石〉一〇「何でも筆で食(ク)ふと頑固を御張りになるんですもの」
⑦ (好ましくないことを)身に受ける。くらう。
※浄瑠璃・浦島年代記(1722)一「生血をとる、こちへおこせとは法を知らぬ雑言、権威をくふ男でなし」
※社会百面相(1902)〈内田魯庵〉ハイカラ紳士「差押へを喰っても懐中には銭がある」
⑧ 懲役させられる。拘留される。
※真理の春(1930)〈細田民樹〉島の噴煙「死刑にならなくても、十年はくふでせう」
⑨ 人の言うことをうかつに信じる。だまされる。
※浮世草子・好色一代男(1682)七「ふるき事ながら此手だて一度づつはくふ事也」
⑩ スポーツなどで、強い相手を負かす。また、演技などで相手役を圧倒する。
※青鬼の褌を洗ふ女(1947)〈坂口安吾〉「調子づくと五人十人突きとばして役相撲まで食ってしまふ地力(ぢりき)があるのに」
⑪ ばかにする。現在では多く「人を食う」の形でいう。
洒落本・猫謝羅子(1799)「『やっぱりおめへが、色男といふものだからサ』とおもいれくわれる」
※滑稽本・続々膝栗毛(1831‐36)三「『ヘン何のこれしきのことに』『イヤ左様(さう)喰って居てはいかねへ』」
⑫ 他の領分を侵す。
※黒い眼と茶色の目(1914)〈徳富蘆花〉七「見る見る蔭は山の頂まで日影を蝕(ク)ふて了ふた」
⑬ 金や時間などを必要とする。
※故旧忘れ得べき(1935‐36)〈高見順〉一「時間ばかりくって鋏のさばきがまるで下手なくせに」
⑭ (「としを食う」の形で) 相当の年齢になる。
其面影(1906)〈二葉亭四迷〉「若いのと、年を喰ったのと、二人掛りで攻められちゃ」
⑮ 演劇で、脚本の一部を省略することをいう、俳優仲間の語。カットする。
マージャンで、ほかの人の捨て牌をとって、ある組み合わせをつくる。
※鳩を撃つ(1970)〈五木寛之〉「最後の三索だから食うことにするか」
[語誌](1)上代では口にくわえる意での用例が多く、「食」の意にはハムが用いられた。
(2)平安時代には、和文脈にクフ、漢文脈クラフが用いられ、待遇表現としてのタブ(後にタブルを経てタベル)も登場する。
(3)室町時代には、クラフが軽卑語、クフが平常語となり、タブルも丁寧語としての用法から平常語に近づいていった。
(4)江戸時代に入ると、待遇表現としての(メシ)アガルなどが増加し、現代の用法とかなり近くなった。

くら・う くらふ【食・喰】

〘他ワ五(ハ四)〙
飲み食いする。食べる。食う。
※西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)九「薬を餌(クラフ)方法とを問ひて」
※土左(935頃)承平四年一二月二七日「楫取りもののあはれも知らで、おのれし酒をくらひつれば」
徒然草(1331頃)八九「奥山に、猫またといふものありて、人をくらふなる」
② (生きるのに必要な食べ物を口に入れる意から) 生活する。生計を立てる。くらす。
狂言記禰宜山伏(1730)「海道にいて、茶屋をしてくらふ奴が」
③ 動物などが、かみつく。
※天草本平家(1592)四「イケヅキワ クロクリゲナ ウマノ ウマヲモ ヒトヲモ アマリ curǒtareba(クラウタレバ)
④ 好ましくないことを身に受ける。被害を受ける。こうむる。
※浄瑠璃・淀鯉出世滝徳(1709頃)上「ヤアこりゃ狼藉して、息杖(いきづえ)のむね打ちをくらふかと振り上る」
⑤ (利益などを)むさぼる。
※露団々(1889)〈幸田露伴〉二〇「唐狛は利を啗(クラ)ひ勢ひに諛(へつら)ひ」
⑥ 追放の罰を受ける。追放される。
※雑俳・柳多留‐一二(1777)「五十ぞう江戸をくらったやつとにげ」
警察署留置場に入れられる。
※彼女とゴミ箱(1931)〈一瀬直行〉橋下ルンペン「少しぐらひクラっても、俺はさういふ面白い目に会ひたいと云ふんですからね」
[語誌](1)類義語に、「くふ」「はむ」がある。このうち、「はむ(食)」が主に食べることに用いられるのに対し、他は飲むことにも用いられる。
(2)①に挙げた「土左日記」「徒然草」などの例では、身分の低いものが情緒なく粗野に飲食する様子や、動物でも恐怖感を伴うような獣が人を食う様子を表わしており、「くふ」に比べて、侮蔑・嫌悪などのマイナス感情を伴って表現されている。
(3)中古仮名文学作品には「くらふ」はほとんど見られず、一方漢文訓読の方では「くふ」も用いられるが「くらふ」の方が多い。「くらふ」は俗語的位相と漢文訓読語系文語という両極端で使われたことになるが、漢文訓読の「くらふ」は当時の卑俗語としての用例が影響したものとも解釈されている。
(4)現代語の飲食の意味の「食らう」は、やはり卑俗語の性格を残すが、「くらいつく」「かきくらう」など複合語の用法に偏り、次第に使用範囲が限定されるようになっている。

くわ‐・せる くは‥【食・喰】

〘他サ下一〙 くは・す 〘他サ下二〙
① 飲食させる。食べさせる。くらわす。
※伊勢物語(10C前)六二「もと見し人の前に出で来て、物くはせなどしけり」
② くわえさせる。口にふくませる。
※宇津保(970‐999頃)祭の使「侍従聞きて〈略〉つとめて黒方に銀(しろがね)の鯉くはせて、その鯉にかく書きつけて奉れたり」
③ (「目をくわす」の形で) 目を合わせる。目で合図する。→めくわす
※大鏡(12C前)二「大将の御方をあまたたびみやらせたまふに、めをくはせ給へば、御おもていとあかくなりて」
④ やしなう。扶養する。
※人情本・英対暖語(1838)四「此身(おれ)が勝手で不来に居たからといって、女房や母を喰(クハ)せずに置れるものか」
⑤ 相手の意思にかかわりなく受けさせる。与える。こうむらせる。くらわせる。
※日葡辞書(1603‐04)「バウヲ cuuasuru(クワスル)
⑥ 打つ。たたく。なぐる。くらわす。
※虎明本狂言・丼礑(室町末‐近世初)「二つづつくわせて、あどはひっこむ」
⑦ 弓に矢をつがえる。打ち食わす。
⑧ だます。あざむく。だしぬく。はめる。→一杯食わせる
※虎明本狂言・今参(室町末‐近世初)「『判官殿の思ひ人と又くわせたは、其心はいかに』『弁慶です』」

くらわ・す くらはす【食・喰】

[1] 〘他サ五(四)〙
① 飲み食いをさせる。くわす。くらわせる。
② なぐる。たたく。打ちつける。
※浄瑠璃・大塔宮曦鎧(1723)つはもの万歳「侍の生面、なぜくらはした」
※歌舞伎・浮世柄比翼稲妻(鞘当)(1823)序幕「腰の骨をしたたかくらはした」
③ 利益をもって、人を誘う。利益を与えて、いいように相手を動かす。
※社会百面相(1902)〈内田魯庵〉電影「莫大な賄賂を其筋筋に啗(クラ)はして」
④ だます。いっぱいくわせる。
※雑俳・湯だらひ(1706)「雲行にくらはされたとおもはるる」
⑤ (「する」を強めた俗ないい方で、種々の動作、行為にいう) やらかす。やっつける。くらわせる。
※咄本・新撰咄揃(1682)上「鳶の精進と云事がある物かといへば、いやなるほど精進でござる、今日は廿四日あたごどのさまの日じゃとくらはした」
※坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉八「野芹川の土手でも御目に懸りましたねと喰らはしてやったら」
[2] 〘他サ下二〙 ⇒くらわせる(食)

くわ・す くはす【食・喰】

[1] 〘他サ五(四)〙
① 飲食させる。食べさせる。
※狂言記・鬼の養子(1700)「夫(それ)をくはして成(なる)物か」
② 養う。扶養する。
※虞美人草(1907)〈夏目漱石〉三「僕か━だって━食(ク)はす事が出来ないもの」
③ 打つ。なぐる。また、好ましくないことを人に受けさせる。くらわせる。
※虎明本狂言・文相撲(室町末‐近世初)「はや初手をくわしたは、ちゃっとかほをひかふものをな」
④ だます。あざむく。はめる。→一杯食わせる
※天理本狂言・今参(室町末‐近世初)「やぶれまどのこころはと云。いどころが御ざらぬと云。又くわしたと云てうれしがる」
[2] 〘他サ下二〙 ⇒くわせる(食)

く・える くへる【食・喰】

〘ア下一(ハ下一)〙 (「くう(食)」の可能動詞)
① 食うことができる。たべられる。
② 生活していける。生活できる。
※俳諧・誹讔三十棒(1771)「年中人の物を喰て人の噂をいふが商売、随分喰(クヘ)るものじゃさうで」
※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉二「遊んでゐて食へると云ふ身分でも有るまいシ」
③ 味がよくて食う価値がある。おいしくたべられる。
※安愚楽鍋(1871‐72)〈仮名垣魯文〉三「牛肉は横浜のことだが此家のはずゐぶん食(ク)へるねへ」
④ 気をゆるせる。だましやすい。→食えない
※雑俳・柳多留‐三(1768)「かとく公事相手といふはくえる顔」

くらわ‐・せる くらは‥【食・喰】

〘他サ下一〙 くらは・す 〘他サ下二〙
① =くらわす(食)(一)①
※史記抄(1477)三「虎狼にくらわせうとてぞ」
② =くらわす(食)(一)②
※浄瑠璃・淀鯉出世滝徳(1709頃)上「くらはするが放さぬかと、男思ひの女房と主思ひの男と、誠あまりてつかみあひ」
③ =くらわす(食)(一)③
④ =くらわす(食)(一)④
⑤ =くらわす(食)(一)⑤
※咄本・鹿の巻筆(1686)五「『火事はまたぐらじゃと申ますが、へのこがふらりふらりと参ります』とくらわせた」

くい くひ【食・喰】

〘名〙 (動詞「くう(食)」の連用形の名詞化)
① 食うこと。くらうこと。
※狂言記・今悔(1660)「此のかざをかぎますると、きつねどのがくひにかかられまする」
② 魚が釣針にかかること。魚がえさをくうこと。
※今年竹(1919‐27)〈里見弴〉濠沿の家「明方と日暮が一番食ひがいい、といふやうなことも自然とわかり」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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