日本大百科全書(ニッポニカ) 「顔料」の意味・わかりやすい解説
顔料
がんりょう
pigment
水、油、アルコールなどに不溶の有色不透明の粉末で、粉末の分散状態のままで物を着色する色料の総称。これらに可溶なものは染料と総称し、顔料と染料をあわせて色素という。染料のなかにも不溶のものがあり、顔料として用いられ、これらは色素顔料とよばれる。
[大塚 淳]
歴史
有史以前より人類は有色の鉱物を粉砕し、顔料として使用している。そのなかでも酸化鉄を主成分とするある種の土は、黄、茶、赤系の色調を示すものとして、もっともよく使用されていたと推定される。このほかにも 1のようなものが知られていた。
古代中国では辰砂(しんしゃ)が、古代エジプトでは藍銅(らんどう)鉱が使用され、さらにエジプト青とよばれるCaCuSi4O10の組成をもつ青色顔料がすでにつくられていた。また、密陀僧(みつだそう)(黄色)、鉛丹(えんたん)(赤橙(せきとう)色)、鉛白、緑青(ろくしょう)も調製されていた。これらのほかイタリアでは、緑色の粘土物質である緑土、鉄を含み暗いカーキ色を示すシェナ、鉄のほかにマンガンなどを含み茶色を示すアンバーを産し、アフガニスタン産の天然群青(ぐんじょう)は高価な顔料として珍重された。
中世後期のドイツではCoO-K2O-SiO2系の青色ガラスがスマルトとよばれ使用された。18世紀に入り、化学の急速な進歩とともに新しい顔料が次々につくられた。おもなものを無機顔料の多くは、20世紀になって工業的な生産に移行されている。
2に示す。また、1779年に発見されたクロムは、その化合物がもつ色の多様性から、色を意味するギリシア語のchromosにちなんで命名されたことからもわかるように、顔料史上の画期をなしたともいえるものである。現在実用化されている[大塚 淳]
セラミック顔料の歴史
陶磁器の分野でも、その開発に伴っていろいろな顔料がつくられてきた。古くから使われていた釉(ゆう)(うわぐすり)の着色剤は、鉄、マンガン、コバルトおよびアンチモンの化合物(主として酸化物)であった。18世紀末から19世紀初期にかけ、近代化学の進歩に歩調をあわせ、新しく発見された化合物による陶磁器の着色が試みられた。セラミック(陶磁器)顔料の原料としてもっとも重要な酸化クロム、酸化亜鉛がこの時期に登場し、セラミック顔料の傑作ともいうべきビクトリアグリーンとクロムスズピンクとがつくられている。
20世紀になり、ジルコン系の顔料および乳濁剤が開発された。ジルコン系顔料には、青、黄、グレー、サーモンピンクなどがあり、各種の釉に使用でき、混色が可能なため、好みの中間色が出せるようになり、タイル類の色調が豊富になった。
[大塚 淳]
分類と用途
顔料の種類は非常に多く、簡単な分類ですべてを包含することはむずかしい。普通、天然顔料と合成顔料、無機顔料と有機顔料に大別されるが、色別による分類のほうが実際的である。この項では主として無機顔料について述べる。一般の無機顔料を色別および機能別に分けてみると次のようになる。
色による分類
白色顔料=二酸化チタン、亜鉛華、硫化亜鉛、リトポン、鉛白、アンチモン白
体質顔料=沈降性硫酸バリウム、バライト粉、炭酸カルシウム、アルミナホワイト、ホワイトカーボン、クレー
黒色顔料=カーボンブラック、鉄黒、クロム黒、クロム酸銅
赤色顔料=べんがら、モリブデンレッド、カドミウムレッド、鉛丹
橙色顔料=モリブデンオレンジ、カドミウムオレンジ、黄鉛(赤口)
茶色顔料=アンバー
黄色顔料=黄鉛、カドミウムエロー、チタンエロー、クロムチタン黄、黄色酸化鉄
緑色顔料=酸化クロム、コバルトグリーン、ビリジアン、ピーコック
青色顔料=群青、紺青、コバルトブルー、セルリアン、マンガン青
紫色顔料=マルス紫、コバルトバイオレット、マンガンバイオレット
金属粉顔料=アルミニウム粉、銅および銅合金粉、ステンレス粉、亜鉛粉、金粉
真珠光沢顔料=雲母チタン(鱗片状チタン)、酸塩化蒼鉛
蛍光顔料=ZnS-Cu(緑)、ZnS-Mn(黄)、ZnS-Ag(紫)、ZnS-Bi(赤)
さび止め顔料=鉛丹、ジンククロメート、シアナミド鉛、鉛酸カルシウム、塩基性硫酸鉛、塩基性クロム酸鉛、リン酸亜鉛、クロム酸ストロンチウム、MIO(雲母状酸化鉄)
顔料の用途は多方面にわたり、塗料、印刷インキ、プラスチック、ゴム、合成繊維、製紙、文房具、陶磁器、化粧品、建材、皮革の各分野で着色剤として、また、プラスチック、ゴムの分野ではさらに充填(じゅうてん)剤や補強剤として使用されている。
[大塚 淳]
性質
無機顔料、有機顔料の別を問わず、顔料一般に要求される物性などは次のようなものである。
(1)顔料の粒子 顔料は染料と異なり、ある形状と大きさ、ある粒度分布をもった状態で使用する。同じ化学組成でも粒子の大きさ、形状により、色、着色力、隠蔽(いんぺい)力、吸油量などの物性は大きく変化する。粒子の形状は顕微鏡あるいは電子顕微鏡により観察できる。
(2)隠蔽力・透明性・着色力 塗料が下地を完全に隠蔽しうる能力を隠蔽力という。同じ顔料でも粒度により異なり、一般には粒子が小さいほど隠蔽力は大きくなる。しかし粒径が可視光線の波長の半分(約300~400ミリミクロン)以下になると、光は顔料を透過するようになり透明になる。α-Fe2O3やα-FeOOHを主体とする透明酸化鉄顔料では100ミリミクロン以下の粒径である。隠蔽力は一般には大きいことが望まれるが、メタリック塗料では透明性が要求される。隠蔽力、透明性は、顔料とビヒクル(展色材)の屈折率の差により決定される。この差が大きいと隠蔽力は大となり、差が小となるにつれ、しだいに透明になる。着色力は粒子が小さいほど増加する。
(3)耐久性 耐久性には、耐光性、耐候性、耐熱性、耐薬品性、耐油性、耐水性などがある。(a)耐光性 耐光性試験は顔料単独では行わず、かならず顔料‐ビヒクル系で行われる。日光暴露は数か月ないし1年以上を要するため、フェードオメーター(退色試験機の代表的なもの)により促進試験が行われる。(b)耐候性 耐光性と区別できるが、耐光性の低いものは耐候性も不良である。耐候性の促進試験にウェザーメーターや塩水噴霧試験機が用いられる。(c)耐熱性 無機顔料では100℃から1000℃以上まで安定というものまであり、有機顔料のせいぜい300℃という値に比べはるかに優れている。(d)耐薬品性 使用目的によって、耐酸性、耐アルカリ性、あるいは他の薬品に対する耐性が要求される。たとえば、カラーセメント用やコンクリートに塗る顔料では耐アルカリ性が必要である。(e)耐油性・耐溶剤性 プラスチックや塗料に使用するときに必要で、無機顔料の場合、ほとんどの顔料は溶剤、油、樹脂に不溶である。(f)耐水性 ほとんどの顔料は水に不溶であるが、さび止めあるいは防汚顔料など特殊な用途のものでは、顔料がわずか溶解することにより、効果が生じる。
(4)比重 無機顔料の比重は、紺青(こんじょう)、カーボンブラックの約2から鉛丹の約9まであり、大部分のものは3~6の間にある。有機顔料は無機顔料に比べ比重は著しく低く、約1.2~2.9の間にある。かさは通常、比重とは逆に、有機顔料が大である。
(5)反応性と水素イオン濃度(pH) 希望の色調を出すために、2種類以上の顔料を混合することがつねに行われている。このため、各顔料の性質を理解しておくことが必要である。一般に硫化物系の顔料と鉛を含む顔料とを混合すると黒変し、鉛白のような塩基性顔料に酸価の高い油を混ぜるとゲル化する。
(6)吸油量 顔料粒子間のすべての空隙(くうげき)をビヒクルで埋めたときのその量をさす。吸油量は、顔料の比重、粒径とその形状、表面の状態、凝集状態、およびビヒクルの種類と粘度により左右される。
(7)顔料の表面処理 顔料表面の性質を変え、他の性能あるいはさらに高度の性能を与えるため行う。表面処理により、分散性、湿潤性、耐久性、耐光性、耐候性、耐熱性、耐薬品性、耐白亜化性、吸湿性、色の安定性、貯蔵安定性、塗膜光沢、隠蔽力、着色力、吸油量などが改善され、また顔料の不活性化が可能になる。顔料には親水性のものと親油性のものがあり、表面処理により、その親水性、親油性を調節でき、さらにまったく逆の性質にすることもできる。顔料の表面処理は分散性または湿潤性の改善を目的とするケースがもっとも多く、この結果、作業性が向上、わずかのエネルギーで顔料を分散させることが可能となる。次に多いのが耐久性、耐候性などの向上を目的としたものである。このほか、帯電、酸化、粉塵(ふんじん)化、凝集、固結の各防止、金属粉末顔料では耐食性の向上など、いろいろの目的にあわせた表面処理が実用化されている。もっともよく知られている例が酸化チタンの場合で、アルミニウムやケイ素の含水酸化物で表面を被覆したり、焼成時に少量の酸化亜鉛を加え、分散性や耐候性の改善が図られている。
以上のような表面処理は、顔料の表面の物性を変化させることであり、したがって顔料の凝集状態、比表面積、静電特性、付着性、充填特性、流動性などの粉体としての特性も当然変化する。このため貯蔵、輸送、混合、集塵などの単位操作においては、プラスにもマイナスにも作用することがあるため、実際に顔料を取り扱うときは十分注意しなければならない。前述のように、顔料は1種類のみで使用されることは少なく、2種以上の多成分系で使用されることが多く、表面処理剤から予期せぬトラブルをおこすことがある。このことから顔料の表面処理に普遍性のないことがわかる。
(8)顔料の分散 顔料の分散状態の良否は、塗料、印刷インキ、プラスチック、絵の具その他の、色、光沢、隠蔽力その他の物性を左右する。顔料の分散は、分散装置の進歩のほか、表面処理、界面活性剤その他助剤の利用が大きく寄与している。
[大塚 淳]
無機顔料にみられる新しい流れ
無機顔料の用途は、単に物を着色する以外に、防錆(ぼうせい)用、防汚用(主として船底塗料)、蛍光顔料(夜光塗料)、陶磁器用、示温用など多岐にわたっているが、最近、ホワイトカーボンを充填剤として接着剤に用いてその接着効果を向上させ、また、顔料、充填剤として紙に加えてその軽量化を図ることが検討されている。また、可視部の吸収を利用し、テレビのブラウン管の蛍光体に顔料をコートし、色調のコントラストをつける目的で用いられるものに、べんがら(青、緑の部分を吸収し赤のコントラストをつける)、コバルトブルー(緑から赤の一部を吸収し、青のコントラストをつける)などがある。このほか、周囲と同じように赤外線を反射し、赤外線写真からその存在を隠すカムフラージュ用の顔料も開発されている。一般の無機顔料の使用条件は、しだいに過酷になりつつあり、そのため、耐熱性、耐久性のよいセラミック顔料が一般の無機顔料の分野で使用される例が二、三出てきている。
[大塚 淳]
『河嶋千尋編『新しい工業材料の科学』(1968・金原出版)』▽『桑原利秀・安藤徳夫著『顔料および絵具』(1982・共立出版)』