間(ま)(読み)ま

日本大百科全書(ニッポニカ) 「間(ま)」の意味・わかりやすい解説

間(ま)

日本人には間という微妙な意識がある。名人といわれる落語家の語り口は間のうまさが絶妙だし、剣道では間のとり方が勝敗を決する。日常的にもぼんやりして「間が抜ける」と、約束に「間に合わず」、「間の悪い」思いをする、といったように、間ということばの用法は広い。このような間の意識には、間取りとか隙間(すきま)といった「空間意識の間」と、太鼓の間とか、間を外すといった「時間意識の間」とがある。

 まず時間意識の間からみると、リズムとかタイミングともいいかえられるが、日本の間と西洋のリズムの間にはかなり差がある。江戸時代の『南方録(なんぽうろく)』という本は「音楽の拍子でも、合うのはよいが拍子に当たるのは下手だ。雅楽には峯すりの足というのがあって、拍子を打つ瞬間の峯に舞の足の峯が当たらずに、ほんのわずかずらすのが秘伝だ」と述べている。機械的な正確さで拍子と足が当たるのではなく、間に長短があってその微妙なずれが雅楽をよりおもしろく見せるという。どうやら日本の間にはリズムやタイミングのずれを喜ぶ不規則性が加味されている。しかもたいせつな点は、西洋のリズムは音や動作を伴う拍子そのものが耳に響くが、日本の間は拍子と拍子のあいだの空白を意識する違いがある。この空白はからっぽの空ではなく、次の拍子への緊張感を充実させた空である。つまり微妙に伸縮する時間の空白が間であり、それは空間意識の間に通じる。千利休(せんのりきゅう)は絵画なかに描き残された空白の部分にわびの美があるといった。絵画や文学余白余情という無規定、空白の間に美を認める考えは、日本の建築にも表れる。西洋の大建築では、完全な、しかもバランスのとれた設計図があって細部まで決定されて工事が始まる。しかし日本の代表的建築である桂(かつら)離宮をみると、初めの計画にはなかった2回の増築によって建物はアンバランスに発展し、現在の姿が完成した。初めから増築の余地が予定されていて、余白(間)に新しい意匠を加えて全体が完成される。日本人の空間意識の間には、余白という無規定性あるいは非相称性が含まれる。

 では、どこから日本人の間の発想が生じたのか。間の意識の根底には、日本人が自分と他人との関係を非常に重視する思想があるだろう。本来は人々の世界という意味の人間(じんかん)を日本人は人間(にんげん)という意味に転換させたが、それも、人と人との間柄のなかに人は存在しているという意識の表れだった。相手と自分の微妙な間柄を表現する謙譲語や敬語が異常に発達したのも日本語の特徴である。あるいは世の中を意味する世間ということばを、自己と世の中の間の社会関係として世間体などと使うのも、他者の目をつねに意識する日本人の社会心理である。このような相手と自分の間柄(間合い)を重視する土着的な日本人の意識が、人間関係の微妙さを表現するさまざまの文化を生み、空間や時間の間に、西洋にはない不規則性や無規定性などの微妙な変化を鑑賞する日本の伝統文化を創造したとみることができよう。

[熊倉功夫]

『西山松之助他著『日本人と「間」――伝統文化の源泉』(1981・講談社)』『南博編『間の研究――日本人の美的表現』(1983・講談社)』『井上忠司著『世間体の構造』(1979・日本放送出版協会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

自動車税・軽自動車税

自動車税は自動車(軽自動車税の対象となる軽自動車等および固定資産税の対象となる大型特殊自動車を除く)の所有者に対し都道府県が課する税であり、軽自動車税は軽自動車等(原動機付自転車、軽自動車、小型特殊自...

自動車税・軽自動車税の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android