精選版 日本国語大辞典 「貝合」の意味・読み・例文・類語
かい‐あわせ かひあはせ【貝合】
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物合(ものあわせ)の一つ。左右二方に分かれ,同じ種類の貝を出して比べ,その優劣を競う遊戯。貝の形や色の美しさ,大きさ,珍しさ,種類の豊富さなどが勝敗の判定規準になった。もっぱら平安時代に行われ,風流善美を尽くした洲浜(すはま)の台を作って飾ったり,貝に歌を詠みそえたりした。資料としては1040年(長久1)5月6日に貝の豊富な伊勢で行われた斎宮良子内親王(後朱雀院第1皇女)の貝合が最も古く,《類聚歌合》に収められている。この貝合では16品種ほどの貝の名がみられる。《堤中納言物語》の〈貝合〉は,蔵人の少将が母のない姫君に同情して,すばらしい貝をこっそり贈る話である。やがて本来の貝合が平安末期か鎌倉初期ごろからしだいにすたれ,貝合と貝覆(かいおおい)とが混用され,後世では貝覆を貝合とも呼ぶようになった。
→貝覆
執筆者:中村 義雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物合の一種。左右に分かれて、持ち寄った珍しい貝を比べ、形状・色彩などの優劣を競う遊戯。平安時代の貴族社会に行われた。二十巻本『類聚(るいじゅう)歌合』にみえる長久(ちょうきゅう)元年(1040)の斎宮(いつきのみや)良子内親王の貝合は、伊勢(いせ)(三重県)で行われたものであるが、貝合の具体的なようすをうかがわせる最古の史料である。それによると、貝にはそれにちなんだ和歌が詠み添えられ、海浜の風景などを貝をちりばめてつくりなした洲浜(すはま)をしつらえるなど風流な遊戯であった。また『山槐記(さんかいき)』応保(おうほう)2年(1162)の条には、諸社への奉幣や誦経(ずきょう)を行う盛大な例もみえる。のちに本来の貝合が衰微すると、貝覆(かいおおい)との区別が不明確となり、貝覆を貝合とよぶようになった。
[杉本一樹]
平安時代の物合(ものあわせ)の一つ。左右にわかれ,あらかじめ準備した同じ種類の貝を出しあい,優劣を競う遊戯。1040年(長久元)の「斎宮良子内親王貝合」は,貝の豊富な伊勢の地で催され,海辺を模した洲浜(すはま)台が作られ,和歌が添えられた。「堤中納言物語」の「貝あはせ」は,貝合を目前にした貝の収集のようすを描く。このような本来の貝合は平安末期からしだいにすたれ,貝覆(かいおおい)と混用されていった。貝覆は180対あるいは360対の蛤(はまぐり)の貝殻を左右両片にわけ,一方を並べて他方にあうものを探す遊び。やがて貝殻の内側に絵を描き,貝を入れる貝桶(かいおけ)も蒔絵(まきえ)など豪華なものが作られるようになり,婚礼調度の一つとなった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…日本ではこのハマグリが平安朝以後,江戸時代まで上流子女の遊戯に使われたことは世界的に早くから有名であった。この貝覆(かいおおい)(貝合)にはハマグリの殻を右殻と左殻に分け,殻の内面に通常金泥を塗り,その上に人物や花鳥などが描かれているものが使われた。一方を地貝として伏せて並べ,他方の貝を出貝としそれに合う殻を地貝の中からさがす遊戯であるが,その入れ物の貝櫃(かいびつ)は贅(ぜい)を尽くし,豪華な嫁入道具となった。…
※「貝合」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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