日本大百科全書(ニッポニカ) 「史料」の意味・わかりやすい解説
史料
しりょう
過去を認識するための素材となるものを史料という。史料のないところに歴史はないといわれ、われわれは過去を直接に感知することはできない。史料という媒介物を通じて過去に迫りうるのである。歴史学において一般に史料とよばれているものは、人間の行動や思考が残したさまざまな痕跡(こんせき)である。痕跡をとどめない事柄は始めからなかったのと同然になってしまうのである。過去を知るための痕跡が史料であるから、史料の範囲がどこからどこまでと明確に特定されるわけではない。人間が書いたもの、語ったもの、すなわち文献史料は、史料のなかでとくに優越した地位を占めている。古文書、古記録をはじめ、書籍、新聞、書簡などはすべて史料である。歴史学では、文書とは差出人と受取人のあるもの、記録とは日記やメモのように自分のために記したもの、編著とは著述や編纂(へんさん)物、と分けている。しかし、法律学では、文書とは文字や符号で書かれたもの全般をさしているように、文書と記録の間も実際には不明瞭(ふめいりょう)である。人間がつくったもの、人間が触れたもの、あるいは人間が行動すること自体、すべてが史料となりうる。歌謡の歌詞のみならずメロディも歴史家の関心によっては史料となりうる。口碑伝説から遺物、出土品、遺跡、風俗習慣のすべてが史料となりうる。史料について公的なものを一等史料、私的なものを二等史料とか、オリジナルなものに優先的な地位を与え、伝聞的なものを低くみるとか、史料の価値についての評価がさまざまであるが、史料は歴史家によって求められ、発見されて史料となるのであり、何が史料となるかはテーマによって異なる。
[斉藤 孝]