穢
けがれ
身に接し目に触れ、器物衣食に及ぼすいっさいの不浄をいう。記紀には、穢のほかに、汚、汚穢、汚垢、穢悪などと表記され、「けがらわし」「きたなし」などとも読まれる。穢は、罪や災いと密接なかかわりをもつ、わが国古代からの不浄観念で、古代においては、穢と罪の区別が判然とせず、罪も穢のうちとして扱われている。仏教思想をはじめ、外来思想の伝来により、わが国古来の不浄概念に種々の影響がもたらされたことが推測されるが、穢として扱われてきたものに、人体に関しては死・出産・妊娠・傷胎・月事・損傷などがあり、食物については獣肉・五辛(韮(にら)、葱(ねぎ)、蒜(にんにく)、薤(らっきょう)、薑(はじかみ))、および穢火(えか)になる飲食物、行為としては殺人・改葬・発墓・失火、家畜に関しては獣死・獣不具・獣産・獣傷胎などがあげられる。不可抗力の場合も含めて、これらの穢にかかわることを触穢(しょくえ)といって極力避けてきたが、避けえない場合は、穢の主体を隔離したり、禊祓(みそぎはらえ)などを行った。とくにわが国の神々は、不浄を忌み嫌うため、神々に奉仕する者については、『神祇令(じんぎりょう)』や『延喜式(えんぎしき)』などに触穢に関する規定が設けられた。『延喜式』の臨時祭の条には、死穢(しえ)に対して甲乙丙丁の展開の規定がみられる。甲の家族に死穢が発生した場合、乙が甲の家で着座すると乙の家族全員が汚染し、乙の家に丙が着座すると丙1人が汚染、その家族に汚染は及ばない。しかし乙が丙の家で同座すると丙の家族全部が汚染するが、丁が丙の家で着座しても丁はもう汚染されないという。穢の観念は、時代とともに希薄になってきているともいえようが、また一方、全国各地に多様な展開をしていることも指摘できる。主として、全国津々浦々に鎮座する神社の神事や葬儀に関する慣習などのなかに、現代における穢の観念が存続している。
[落合偉洲]
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え ヱ【穢】
① 汚ないこと。不浄なこと。また、そのもの。多くは出産、月経、死などのけがれをいう。
※小右記‐天元五年(982)正月一二日「少将惟章令レ産二男子一、其穢引来」
※教行信証(1224)序「捨レ穢レ忻レ浄、迷レ行惑レ信、心昏識寡、悪重鄣多」
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デジタル大辞泉
「穢」の意味・読み・例文・類語
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けがれ【穢】
本来は宗教的な神聖観念の一つ。罪と災いとともに日本古代の不浄観念を構成し,これを忌避する,忌(いみ)または服忌(ものいみ)の対象をいう。記紀には穢,汚,汚垢,汚穢,穢悪などと表記され,またケガラワシともキタナシとも読まれる。穢と罪とはきわめて密接な関係があって,多く罪穢(つみけがれ)と熟して用いられるが,罪が広く社会の生業を妨害し規範を犯して集団の秩序を破壊する意図的な危険行為を指すのに対し,穢は人畜の死や出血や出産など異常な生理的事態を神秘的な危険として客体化したものである。
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世界大百科事典内の穢の言及
【贖物】より
…罪穢(つみけがれ)を祓い清めるときに,その代償として差し出す物品のこと。上代においては,罪穢はともに祓によって消滅すると考えられていたが,律令制度の確立後にはもっぱら罪は刑によって,穢は祓によって解除されると考えられるようになった。…
【神】より
…
[神とカミ]
カミが神と表現され,神道の枠組に入った段階で,一つの特色が生じた。それは穢(けがれ)の観念である。穢は,死穢・血穢で代表されるが,それを極端に忌避するところに,神の存在を求めようとする。…
【刑罰】より
…刑法刑法理論犯罪【内藤 謙】
【刑罰の歴史】
[日本古代]
西暦紀元前後から3世紀半ばにかけての日本は,氏族国家分立の時代であった。この時代は法と宗教とが未分離であり,神のいみ嫌う穢(けがれ)が〈つみ〉とされた。当時の〈つみ〉の内容を示すものとして《延喜式》の大祓詞(おおはらいのことば)にみえる〈天津罪(あまつつみ)・国津罪(くにつつみ)〉があり,前者は主として農耕に関する罪であるが,後者には疾病,災害等も罪に数えられている。…
【中世社会】より
…鍛冶,番匠,檜物師などと同様に荘園・公領に給免田を与えられた傀儡の存在や,遊女・白拍子は〈公庭〉に属する人といわれている点などによって,それは明らかである。また,病や罪,死や血に触れるなど,さまざまな理由による穢(けがれ)のために,平民の共同体から排除・差別された非人・河原者(かわらもの)の場合にも,清目(きよめ)をその職能とする寄人・神人の集団があり,やはり公的に職人と認められていた。さらに異国人(唐人)の商工民についてもまったく同様であった。…
【ハレ(晴)】より
…つまり,ハレを日常性を示すケと対立させた場合には,特別な状況は祝儀も不祝儀も含むことになる。 一方,ハレは神聖性を意味することもあり,その場合はケガレ(穢)あるいは不浄性と対立する。宗教的なものに対する人間の認識にはおおまかにいって2方向あり,一つは神聖性,清浄性を尊び,そこに人間の存在を超えた力の源があるとする考え方であり,もう一つは不浄なもの,穢れたものも人間に対して強い力をもちうるという認識である。…
【病気】より
…日本的な気は〈ケ〉あるいは〈気配〉としての気であり,対人関係またはそれに近い関係をもとにしている。たとえば,神道的な考え方では,病気の起こる原因は穢(けがれ)としているが,穢は〈気乾れ〉で,生命力の減退を意味するが,さらにそれは生霊,死霊などのたたり,あるいはタヌキ,キツネ,物の怪などのつきものによって起こるとされている。生霊,死霊などの多くは,怨をもつもの,あるいは怨をいだいて死んだものがたたるのであり,つきものも,対人関係における負い目が背後にひかえているときに起こるものとして説明できる場合が少なくない。…
※「穢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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