(読み)キヌタ

デジタル大辞泉 「砧」の意味・読み・例文・類語

きぬた【砧】[曲名]

謡曲。四番目物世阿弥作。長年帰らぬ夫をを打ちつつ待っていた妻が焦がれ死にし、死後も妄執に苦しむ。
箏曲そうきょくおよび地歌の曲名の一類。砧の音を表現する部分(砧地)を含むのが特徴岡康砧五段砧・新砧などがある。砧物。

きぬた【×砧/×碪】

《「きぬいた(衣板)」の音変化》
木槌きづちで打って布を柔らかくしたり、つやを出したりするのに用いる木や石の台。また、それを打つこと。 秋》「―打て我に聞かせよや坊が妻/芭蕉
砧拍子きぬたびょうし」の略。
[補説]曲名別項。→

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改訂新版 世界大百科事典 「砧」の意味・わかりやすい解説

砧 (きぬた)

(1)能の曲名。四番目物世阿弥作。シテは芦屋なにがしの妻。九州の芦屋なにがし(ワキ)は訴訟のために上京して久しく,国元の妻は帰国を待ちわびている。3年目の秋,初めて帰国したのは侍女の夕霧(ツレ)一人だった。妻は夫の無情を嘆くが,せめてもの慰めにと,里人の打つ砧を取り寄せて打ちながら,この音がわが思いを乗せて都の夫の心に通じるようにと念じるのだった。だが今年も帰国できないという知らせを聞き,妻は病となり,ついに命を落とす。帰国した夫がそれを知って弔うと,妻の亡霊(後ジテ)がやつれ果てた姿で現れる。妻は,恋慕の執心にかられたまま死んだために,地獄に落ちていたのだが,いまだに夫が忘れられず,恋と恨みの半ばするやるせなさを夫に訴え,そのつれなさを責めるが,読経の功徳で成仏する。砧の一段は聞かせどころ,見せどころであり,晩秋のもの悲しさを背景に女心をしみじみと描き出す。後段も女の執念をしっかりととらえている。
執筆者:(2)河東(かとう)節の曲名で,《きぬた》と表記する。能の《砧》の一部を借りて半太夫節に作られていたのを,初世十寸見(ますみ)河東河東節に移し古風な雰囲気を伝える。のち4世十寸見河東が1746年(延享3)にこの改作常磐の声》を作ったが,廃曲。

(3)一中節の曲名で,《擣衣(きぬた)》と表記する。初世宇治紫文作曲か。河東節の歌詞をそのまま移してある。
執筆者:(4)地歌・箏曲の曲名。佐山検校(?-1694)作曲の三弦曲および生田検校作曲と伝えられる箏曲を源流とする。砧の擬音的表現を主題とする4段構造の器楽曲で,能とは無関係。箏曲は組歌の付物として,段物とともに伝承されたが,流派による異同もあり,類曲がさまざまに作曲された。そのほかに山田流では,山沢勾当が伝承してきた生田検校の《砧》に基づく平調子の本手に,長谷川検校が雲井調子の替手を付けたものが《四段砧》として行われている。一方,京都においては,本調子の本手に,三下りの替手を付して,三弦曲の《四段砧》として行われるが,他からは《京砧》と呼ぶ。ほかに,関西で行われる三弦の地を合わせる箏曲の《二重砧》,山田流中能島派に伝承されている三弦曲の《新砧》もある。以上は,すべて4段構造であるが,光崎検校は《六段の調》の5段目を応用した第5段を加え,全体に本雲井調子の替手を付けて,《五段砧》とした。その他,島住勾当作曲の三弦曲《三段砧》もある。これらの曲には,佐山検校作曲の手事物《三段獅子》の前歌《うかれめ》と初段とを前奏として付すことがあるが,《新砧》は,《八千代獅子》ないし中能島欣一作曲の前奏が付される。以上の楽曲を総称して〈砧物〉と分類することも可能で,これに宮城道雄以降の新作や,他の砧を題材とする曲をも含めることもある。
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砧 (きぬた)

織った布または洗濯した布や着物をたたいてやわらかくし,同時に目をつめて,艶を出すのに用いる道具。〈きぬた〉は〈きぬいた〉の略であるという。木の板あるいは石の上で木の槌を持って布を打つ。今日でも木綿麻布などは打布機を用いてこれをたたき,いわゆる砧仕上げをするが,以前はみなこの砧で打ったもので,秋の夜長の仕事として婦人が多く行った。その音が遠く近くひびく詩情をよんだ歌や俳句が多い。砧はもともと中国から伝わったもので,中国では擣衣(とうい)といい,古くから詩にうたわれている。朝鮮では夏,洗濯した衣類にのりをつけて艶出しをするのに現代も行われ,石の上で両手に棒を持ってたたく。日本の砧は麻,木綿のような粗目(あらめ)の織物に多く用いられたが,古くは絹もこれで打って光を出した。十二単(じゆうにひとえ)の一具の中の打衣(うちぎぬ)は,こうして艶を出した綾を用いたものである。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「砧」の意味・わかりやすい解説


きぬた

能の曲名。四番目物。世阿弥作。訴訟のために都へ上って3年になる九州芦屋の某 (ワキ) は,故郷の妻を案じて下女夕霧 (ツレ) を下す。芦屋にひとり待つ妻 (シテ) は,夕霧から夫が今年の暮れには帰ると聞き,唐土の故事にならって夫を偲びつつ砧を打つ (砧の段,クセ) 。しかし今年も帰れぬという都からの再度の使いに妻は病に伏し,むなしくなる (中入り) 。妻の死を聞いて急ぎ戻った夫は,法要にと形見の砧に梓の弓を掛けると,妻の霊 (後ジテ) が現れ,因果の妄執に苦しむ地獄のありさまを語るが,夫の祈りによって成仏する。この曲趣をかりて1世十寸見河東が半太夫節から享保年間 (1716~36) に河東節に移した曲がある。また地歌箏曲には,砧の音と,それがかもし出す詩情に楽想を得てつくられた「砧物」と総称される曲種がある。


きぬた

東京都世田谷区南西部にある地区。地名の由来は,布をたたいて柔らかくし,同時につやを出すのに使われたを打った土地であることによる。かつて畑作中心の近郊農村であったが,小田急線,玉川電気鉄道 (現東京急行電鉄田園都市線) の開通に伴い宅地化が進展。 1936年には世田谷区に編入された。 NHK技術研究所,映画撮影所があり,南方に砧公園がある。


きぬた

木製の体鳴楽器。歌舞伎囃子などで秋の田園情緒を表わすために使われる。砧を打つ単調なリズムを模して,箏や三味線でスクイ爪 (撥) を用い,1つの音をテンレンテンレン,あるいはチンリンチンリンと反復して弾くのを砧地という。砧地にのせて器楽的技巧を楽しむ曲も多く作られた (→砧物 ) 。


きぬた

晒 (さらし) 布を打ちたたいて柔らかくする道具。衣板 (きぬいた) の意で,『倭名類聚抄』では岐沼伊太と読む。布を臼に入れ相対した2名の婦人が米をつくようにして打ったが,後世では布を石板または木板の上に延べ,横杵で交互に打つようになった。

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百科事典マイペディア 「砧」の意味・わかりやすい解説

砧【きぬた】

衣板(きぬいた)の略といい,木づちで布を打つときに用いる木や石の台。また打つこともいう。布をやわらかくし,目をつめ,つやを出すためのもので,おもに麻,木綿など粗目(あらめ)の織物に用いるが,古くは絹も砧で打って光沢を出した(打衣(うちぎぬ))。砧打ちは秋の夜長の仕事とされ,その音は和歌や俳句に多くよまれている。今日では打布機による砧仕上げが行われる。

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