温度適応(読み)おんどてきおう(英語表記)temperature adaptation

改訂新版 世界大百科事典 「温度適応」の意味・わかりやすい解説

温度適応 (おんどてきおう)
temperature adaptation

生物の種,個体群個体が環境の温度要因に適した特徴をもっていること,または適する方向に形態や機能が変化することを,一般に温度適応という。動物が耐えられる環境温度の上限と下限は種によって異なり,生息環境の温度と密接に関係している。耐えられる温度の幅が比較的広い動物を広温性,狭いものを狭温性とよび,高温側にかたよっているものを好熱性,低温側にかたよっているものを嫌熱性と呼ぶ。これらの特性は遺伝的に種にそなわったいわば系統発生的な適応である。また個体のレベルでも異なった温度条件下におかれた場合にも同じような変化がおこる。個体レベルの温度適応現象は温度の地理的な差あるいは季節的変動によってもおこりうるが(気候順化),異なった温度である期間飼育することによってもつくりだすことができる(温度順応)。

変温動物では体温外界の温度変化にともなって上下するので,代謝や活動性は外温の影響を直接に受けるが,その受け方は種によって異なり,それぞれの種は生息環境の温度と対応した固有の温度特性をもっている。たとえばグッピーなど熱帯魚の多くは水温25℃前後が最適で,15℃以下では生命を維持できない。これに対して渓流にすむ魚や昆虫には水温が20~25℃以上になると死ぬものが多い。このような違いが何に基づくかということに関しては諸説があり,確定的な答えはまだでていない。南極には氷点下の海水中を泳ぎまわっている魚がいるが,これらの魚の血中には特殊な糖タンパク質があって,これが不凍剤の役割を果たしているとされている。変温動物は外温の低下とともに不活発になり,遂には正常な活動レベルを保てなくなるのが普通である。このようなときに陸生の動物,たとえばヘビカエル,昆虫などは,風当りの少ない暖かい場所を選んで冬眠を始める。一方,肺魚や陸産巻貝などでみられる夏眠は乾燥・高温の環境下で生命を維持するための適応といえる。実験的に温度を変えて一定期間飼育した後では,極端な高・低温に耐える温度抵抗性や種々の生理的反応速度の温度依存性が変化するという現象,すなわち温度順応の例も知られている。一般に高温飼育では高温抵抗性が増加して低温抵抗性が減少するが(高温順応),低温飼育ではこれと反対の変化がおこる(低温順応)。しかしその変化には限界があり,また種によって違っている。順応にともなう代謝速度の変化は温度補償的で,飼育温度低下に際しては代謝速度を高める方向に変化する。したがって同一温度での代謝速度は高温順応のものより低温順応のものの方が高いのが普通である。温度選好にもまた飼育温度の影響がみられる。たとえば3~5℃に順応したアリは23.5℃に集まるが25~27℃順応のアリは32℃に集まる。またメジナという魚では順応温度が10℃から30℃に上がると選好温度は18℃から24.3℃に上がるという。これらは行動的温度順応である。

鳥類と哺乳類には体温調節の機能が備わっており,外温の変化にかかわらず体温をほぼ一定に保って活動を続けることができる。この定温性を獲得することによって,陸生の脊椎動物はその分布範囲を寒冷地域にまで広げるようになった。しかし,体温調節が可能な外温の範囲には種によって大きな差がある。定温動物は一般に好適な温度範囲では単に体からの放熱を調節することによって一定の体温を維持することができる。この温度範囲を熱的中性域といい,ここでは産熱量は最低であり,外温にかかわらず一定である。熱的中性域の下限では放熱は最小になっている。この範囲より外温が上がると発汗やあえぎなどによって放熱が促進され,外温が下がるとふるえや代謝反応によって産熱量が増加する。しかし,それにも限度があるために外温が極端に変化すると体温を一定に維持することができなくなる。したがって定温動物での温度適応の意義は体温調節の可能な温度範囲を低温または高温の方に広げることにある。寒さに適応した種では熱的中性域の下限が低く,それ以下に外温が低下したときの産熱の増加率は比較的小さい(図参照)。これは放熱を抑えるための毛,羽毛,皮下脂肪などの断熱効果が温暖地の種にくらべて大きいことによる。放熱量は体表面積にほぼ比例するから,低温環境では小型の動物ほど単位体重あたりの産熱量は多くなければならない。寒冷地にすむ定温動物は体が大きくなり(ベルクマンの規則),耳,吻,尾,四肢などの突出部が小さくなる(アレンの規則)傾向があるともいわれる。コウモリ,シマリス,ヤマネ,ハムスターなどにみられる冬眠や鳥の渡りも低温に対する適応である。冬眠や渡りは日照時間の減少,食物の欠乏,外温の低下などの要因が複合して誘発されると考えられる。ヒトに関しても寒冷適応の人種差や順応についての事実が知られている。たとえば,アボリジニーと白人とを比較した研究によると,夜間気温が著しく下がる場合,白人は足の温度が下がってくると眠れないのにたいして,アボリジニーは足温低下が白人よりはなはだしく15℃以下になるにもかかわらず,平気で眠ることができる。白人もこのような状態に順応してしまうと眠れるようになるが,そのときの足温は常に30℃以上に保たれ,基礎代謝量は正常値の1.5~2.0倍にも増加しているという。原住民とは適応のしくみが違っているのである。暑さへの適応には外界からの熱吸収を最小にすると同時に放熱能力を高めることが必要であるが,放熱のための発汗やはげしい呼吸にともなって多くの水分が失われる。したがって高温適応は水分消失にたいする補償能力ともかかわりがある。砂漠にすむ哺乳類,たとえばカンガルーネズミ,ラクダなどはそのよい例である。定温動物の温度順応に関する実験例でも変温動物と同様な順応の効果が認められている。
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