新科学対話(読み)しんかがくたいわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「新科学対話」の意味・わかりやすい解説

新科学対話
しんかがくたいわ

ガリレイ晩年の著作。ニュートンの『プリンキピア』に先だって近代力学を切り開いた名著である。1638年7月オランダで出版された。正式の書名は『機械学と位置運動についての二つの新しい科学に関する論議と数学的証明』Discorsi e dimostrazioni matematiche, intorno a due nuove scienze attenenti alla mecanica ed i movimenti localiといい、書名にもあるように内容的には大きく二つのテーマを扱い、ベネチア市民サグレド、新しい科学者サルビアチ、アリストテレス科学に通じたシンプリチオの3人の登場人物による4日間の対話形式で構成されている。

 テーマの一つは、構造材料の力学的性質と梁(はり)の強さについてであり、4日間のうち2日をあてている。これは材料力学史における最初の出版物とされる。ここでは、さまざまな梁(片持ち梁、二つの支点で支えられる梁、中空梁)の強度について論じ、幾何学的に相似な構造物は「大きければそれだけ弱くなる」という一般的法則を提起している。機械学の土台は幾何学であるが、現実には幾何学による判断を超える問題が生じる。ここに科学者が技術の現場の声に耳を傾けなければならない理由がある、としている。テーマの第二は、地上の物体の運動、つまり動力学を築くことであり、3日目、4日目の対話がこれにあてられている。ガリレイは、自由落下法則、慣性法則、放物線運動の法則を初めて定式化したが、一見単純であるが人間の正しい認識を拒んできたこれらの問題を、彼は斜面上の物体の実験と考察を通じて明らかにしている。

 ガリレイは、『天文対話』(1632年刊)の執筆中に力学についてのメモは準備していた。そして1633年6月の異端審問の有罪判決ののち、この『新科学対話』の執筆に着手し、1636年に完成した。準備段階では、4日間の対話のほかに「衝撃力について」の対話を進めていたが、ついにまとまらず、本に含めることを断念した。1638年の出版後、若い助手のビビアーニに「衝撃力について」を、またトリチェリに「ユークリッドの比例の定義について」をそれぞれ口述筆記させた。これらは後の『ガリレイ全集』では、『新科学対話』の第6日目と第5日目として収録された。

高山 進]

『今野武雄・日田節次訳『新科学対話』上下(岩波文庫)』『伊東俊太郎著『ガリレオ』(1985・講談社)』

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