政治人類学(読み)せいじじんるいがく(英語表記)political anthropology

改訂新版 世界大百科事典 「政治人類学」の意味・わかりやすい解説

政治人類学 (せいじじんるいがく)
political anthropology

諸民族の文化に認められる多様な政治現象を比較研究する文化人類学の一分野。主要な政治現象としては,統治の構造,権威と権力の集中と配分および制度化の程度,各種集団の意思決定過程,またそれら集団間の支配,敵対,同盟などの諸関係,さらには民族統一や国民形成などがあげられるが,これらのいわば古典的政治現象に対して,今世紀半ば以降,新しい展開がみられた。それは第三世界の独立国における国民形成,宗教ないしイデオロギーの違いによる国際緊張,南北国家間の経済格差などの諸問題であるが,これらの問題を通じて比較文化論的アプローチの重要性がしだいに認識され,比較的新しい研究ジャンルである政治人類学の方法が注目されるに至った。国家間の経済問題に文化摩擦の視点を加えることなどもその一つの例といってよいだろう。

 伝統的に人類学は西欧文化から見た非西欧の異文化,とくに無文字社会のそれをおもな研究対象としており,成文法をもたない,慣習にもとづく政治現象に早くから着目してきた。18世紀のモンテスキューの諸作はその先駆的なものといえようが,19世紀にはH.メーンの《古代法》(1861),あるいはL.H.モーガンの《古代社会》(1877)など,人類の進化段階に応じて社会の諸類型を設定する進化主義の学説が全盛をきわめた。その後,P.G.ビノグラドフ,E.デュルケーム,M.ウェーバーらの研究を経て,20世紀にはいると人類学は対象とする文化に長期参加観察を行う実証的研究が主流となり,時系列に沿った進化説に代わって個別的な民族,文化の調査・研究の蓄積の上に立った比較社会学的な評価が始まった。A.R.ラドクリフ・ブラウン,B.K.マリノフスキーらの構造・機能主義がそれであるが,この立場からアフリカの政治制度の比較研究を試みたのがM.フォーテスとエバンズ・プリッチャードの編集した《アフリカの政治諸体系African political systems》(1940)である。2人は政治組織を(1)小地域社会で,血縁関係が政治現象と重なり合うもの,(2)血縁関係の発展した単系出自集団が政治的問題を扱うが,政府と呼ばれるような権威の集中,行政機構,司法制度をもたないもの,(3)明らかな政府(立法・行政・司法機関)をもち,富と地位が権威・権力の分布に対応しているものの三つに分類し,もっぱら(2)と(3)の実例をアフリカの諸部族から拾い出している。サン(ブッシュマン)やトゥア(ピグミー)の社会などが(1)に該当するが,ふつうバンド社会と呼ばれ,採集狩猟民に広く見られる。小家族単位でたえず移動するため集団のまとまりが一時的であり,政治現象も家族集団を超えてはほとんど見られない。(2)にはヌエル族タレンシ族が相当し,牧畜社会に見られるような年齢集団をもち,リネージと呼ばれる単系(父系または母系)をたどる親族集団が社会全体を構成し,分節化している。部族の単位は大きい単系出自集団(最大リネージ)によってまとめられているが,その内部はいくつかの大リネージに分かれ,そのおのおのがさらにいくつかの中リネージに分かれ,同様にしてさらに小リネージ,最小リネージと分かれている。同一小リネージに所属する最小リネージどうしは対立することもあるが,上部の小リネージ間の対立問題に関しては協力し合うというしくみになっている。(3)はかつてのズールー族ベンバ族,あるいはアンコーレ王国などのように,しばしば首長ないし王が権威と権力と富を独占し,家臣団をもち,隷族民を統治し,行政権,司法権も一手に収めている場合が少なくない。この3類型は以後の政治人類学の出発点となり,(2)の類型についてはJ.ミドルトンとD.タイトが編集した《統治者なき諸部族》(1958)でさらに諸例が比較検討された。その後E.A.ホーベル,M.フリード,S.N.アイゼンシュタットらの政治人類学的研究が展開したが,20世紀中ごろからの進化主義が復活し,既知となった民族誌的知見をもとに多様な個別文化を時系列的に整理する試みがいくつか行われた。たとえばサービスElman R.Serviceはその《未開の社会組織--進化論的展望Primitive Social Organization:An Evolutionary Perspective》(1962)でバンド段階,部族段階,首長制段階について詳しく論じ,さらに原始国家,古代帝国が続くと位置づけている。立場は異なるがグラックマンMax Gluckmanはやはりアフリカの諸部族を舞台として,緊張・対立の存在によって逆に平和が維持されている状況をダイナミックに説く《アフリカの慣習と葛藤Custom and Conflict in Africa》(1955)を書き,バランディエGeorges Balandierは《政治人類学》(1971)で危機状況の政治組織を論じた。アフリカのみならず中東,中南米東南アジアあるいは南アジア諸国についても今後本格的な政治人類学的研究の出現が期待される。政治人類学は今後の地域研究においてその中枢部分を占めることになるであろう。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「政治人類学」の意味・わかりやすい解説

政治人類学
せいじじんるいがく

政治人類学はおもに種族民社会を対象として、政治権力の獲得と行使、それらが及ぼす影響を研究する。

[大森元吉]

歴史と対象

アジア、アフリカへの西欧列強の進出により、最初は非西欧的統治機構とそれらの働きが関心の的になった。モルガンイロコイ同盟フレーザーの王殺し神話の分析が発端で、神なる王、王母制、宗教的権威、身分やカーストなどが興味をひきつけた。政治人類学の発展は、アフリカでの事例研究を集大成したイギリス人類学者に負うところが大きい。植民地統治下の諸王国ならびに非集権統治機構の組織と活動の実態が個別に提示され、比較し検討する道が開かれた。しかし1960年代に入って新たな事態の展開がみられた。旧植民地諸国の独立であり、そこから欧米政治体系の導入と軋轢(あつれき)、新旧支配者層の衝突、庇護(ひご)従属関係の変質、地方選挙時の混乱など幾多の政治的不安と動揺が発生してきた。さらに政治人類学の対象として、先進諸国の少数民族と都市問題との関連追究が開拓されている。

[大森元吉]

政治人類学の新手法

新たにインドやラテンアメリカでの実証的研究の成果も加わって、行動分析的な新しい手法や概念が開発された。政治的事件にかかわりあう人間全員を示す「フィールド」と、彼らの活動の場である社会的・文化的空間をいう「アリーナ」に注目して、政治行為のプロセスを究明するものもその一つである。これらは過程論的アプローチと分類されよう。他方ではシンボル操作の政治的効果や政治行為に内含される両義性、不明確性をエネルギーの源泉とみる構造機能主義的な手法の援用もみられる。

[大森元吉]

構造機能主義的アプローチ

古くはエバンズ・プリチャードとフォーテスによる、分節的社会と国家の二類型の提出に始まり、その後政治学者の側からの批判にも答える形で、理論的にも精緻(せいち)化の道を進んできた。E・サービスやM・フリードらの新進化主義的な枠組みに基づいた分類は、経済人類学の成果も踏まえたもので、多くの人類学者の関心をひいた。最近では、こういった成果のうえに、国家の起源の問題が活発に論議されている。

[濱本 満]

過程論的アプローチ

一方、政治を過程としてとらえ、紛争解決やリーダーの地位をめぐる競争における、個々人や集団の活動の分析を中心にするアプローチがある。M・シュワーツらの、政治過程を方向づける諸変数の分析、V・ターナーの、政治過程を一つの社会劇ととらえ、その展開のパターンを研究する試み、J・ボアズベインらによる、政治過程において動員される個人的ネットワークや、擬似集団、分派形成、政治的仲介人や政治的「企業家」の行動の分析などの例にみられるように、従来の構造記述ではとらえきれない現象を相手にするための、多彩な概念装置が提出されてきている。こういったなかで今後注目される研究動向の一つに、行為や過程中心的な分析を、象徴的秩序とその使用に関する分析に再統合しようという、A・コーエンやB・カプフェラーらの試みをあげることができよう。

[濱本 満]

『フォーテス、エバンス・プリチャード編、大森元吉・星昭監訳『アフリカの伝統的政治体系』(1972・みすず書房)』『G・バランディエ著、中原喜一郎訳『政治人類学』(1971・合同出版)』『C・ジークリスト著、大林太良他訳『支配の発生』(1975・思索社)』『A・コーエン著、山川偉也・辰巳浅嗣訳『二次元的人間』(1976・法律文化社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「政治人類学」の意味・わかりやすい解説

政治人類学
せいじじんるいがく

政治における文化的伝統の影響,社会と自然環境との相互作用,政治構造の発展,変化の様式と政治的機能の遂行様式との関連性などを研究分野とする学問。成立したのは比較的新しく第2次世界大戦後,特に 1950年代後半である。第三世界の出現とその発展によって,西欧の政治発展モデルが人類唯一の普遍的モデルではないという考え方が承認されはじめるにいたって,政治人類学の重要性が認められはじめた。

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