社会(読み)しゃかい(英語表記)society

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精選版 日本国語大辞典 「社会」の意味・読み・例文・類語

しゃ‐かい ‥クヮイ【社会】

〘名〙 (「近思録‐治法類」の「郷民為社会、為立科条、旌別善悪、使勧有一レ恥」から出た語)
① 人々の集まり。人々がより集まって共同生活をする形態。また、近代の社会学では、自然的であれ人為的であれ、人間が構成する集団生活の総称として用いる。家族、村落、ギルド、教会、階級、国家、政党、会社などはその主要な形態である。
※輿地誌略(1826)二「一会の男子壮健の者を選て、立刻に二万の軍を起すべし、而して其余衆、猶社会を空せず」
② 一般的に、家庭や学校をとりまく世の中。世間。
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉三「旧幕時代の社会(シャクヮイ)とちがって、今は何事も自由だから」
③ ある特定の仲間。同類の範囲。また、何人かが集まって構成する特定の場をいう。
※日本詩史(1771)三「以故社会綿綿二十有余年」
※当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉三「上方出の書生にや、此社会(シャクヮイ)にはいと希なる注意家とこそ思はれたれ」
⑤ 生物学で、群落、群棲。
[語誌](1)幕末から明治初期にかけて、西洋の society という概念に対応する訳語としては「交際」「仲間」「組」「連中」「社中」などが当てられていた。その中で、福地桜痴が明治八年(一八七五)一月一四日の「東京日日新聞」に初めて「ソサイチー」のルビ付きで「社会」という語を使用した。
(2)「和英語林集成」の初版にはないが、改正増補版(一八八六)では見出し語に立つようになる。ただし、最初は当時の「会社」と重なる部分が多く、かなり狭い意味で用いられていた。明治一〇年頃から一般に普及し、現在のような広い意味で使用されるようになった。

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デジタル大辞泉 「社会」の意味・読み・例文・類語

しゃ‐かい〔‐クワイ〕【社会】

《英語 society の訳語として「社会」を当てたのは、明治初期の福地桜痴(源一郎)である》
人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営みや組織的な営みをいう。「社会に奉仕する」「社会参加」「社会生活」「国際社会」「縦社会
人々が生活している、現実の世の中。世間。「社会に重きをなす」「社会に適応する」「社会に出る」
ある共通項によってくくられ、他から区別される人々の集まり。また、仲間意識をもって、みずからを他と区別する人々の集まり。「学者の社会」「海外の日本人社会」「上流社会
共同で生活する同種の動物の集まりを1になぞらえていう語。「ライオンの社会
社会科」の略。
[類語](1ソサエティーコミュニティー/(2世の中世間民間巷間こうかん市井しせい江湖こうこ天下世俗俗世世界世上人中浮き世

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改訂新版 世界大百科事典 「社会」の意味・わかりやすい解説

社会 (しゃかい)
society

複数の人びとが持続的に一つの共同空間に集まっている状態,またはその集まっている人びと自身,ないし彼らのあいだの結びつきを社会という。この定義では,街頭の群集や映画の観衆のような流動的・一時的な集りは排除されているが,人びとのあいだに相互行為があるとか役割関係があるとか共通文化があるとかいったような,社会学的によりたちいった限定についてはまだふれられていない。これらの点の考察はもう少しあとの段階で述べよう。

 日本語の〈社会〉という語は,1875年に,《東京日日新聞》の主筆をしていた福地桜痴によって,英語のsocietyの訳語としてつくられたという。当時は,ほかに〈世態〉〈会社〉〈仲間〉〈交際〉などの訳語も行われていたが,しだいに淘汰されて〈社会〉に一本化されていった。つまりこの語は訳語として登場したのであって,それ以前の日本には概念としてなかったものである,という点が重要である。しかし江戸時代には,井原西鶴の《世間胸算用》(1692)や,江島其磧(きせき)の《世間子息気質(むすこかたぎ)》(1715)などの題名に使われている〈世間〉という語があって,〈人の世〉〈世の中〉といった意味をあらわしていた。

 中国語に関しては,宋代の儒学者程伊川(1033-1107)の遺著《二程全書》に〈郷民為社会〉とあるのが引用されるのが常である(この句は朱子と呂祖謙によって編さんされた《近思録》にも収録されている)。しかし中国の古い語義では,〈社shè〉というのは土地の神を祭ったところという意味で,上記の用例ではこれに人びとの集りという意味の〈会huì〉をつけて,〈村人たちが土地の神を祭ったところに集まる〉といっているのであるから,これは現代の意味での社会とは別のことである。現代の中国語で用いる〈社会〉は,日本語からの逆輸入によるものである。

 英語のsocietyはフランス語のsociétéが16世紀に導入されて変化したもので,フランス語はラテン系の言葉だからsociétéの語源はラテン語のsocietasである。societasは仲間,共同,連合,同盟といった意味をあらわしていた。ドイツ語のGesellschaftの語幹GeselleはSaalgenoss,すなわち〈同一の室にいる仲間たち〉を語源とするもので,この空間的表象が中世後期に〈人びとの結びつきVerbindungen von Menschen〉を意味するものに転じて,〈社会〉の概念ができた。明治の初年に日本の知識人たちが,これらの西洋語を〈仲間〉とか〈交際〉などと訳したのは語義として当たっていたということができる。

 しかし西洋語のこれらの概念は,いずれも近代初頭,すなわち17~18世紀において社会科学の母体をなしたイギリスおよびフランスの啓蒙思潮と,その系譜を引くイギリスの道徳哲学および古典派経済学,フランスの理性主義的進歩史観および実証哲学,ドイツの観念論哲学などの諸思想の中で,〈市民社会civil society,bürgerliche Gesellschaft〉という,抽象化された概念へと高められ,近代思想の中核を形成するにいたる。この抽象化された中核概念をあらわすのに,日常性の中での具体的イメージを担った〈仲間〉とか〈交際〉ではぐあいが悪い。〈社会〉という語は,江戸時代までの日本になかった新しい造語である点で,またその抽象化された語感とあいまって,この西洋近代の中核思想をよく日本語の中に移す効力を発揮したということができよう。

社会は最も広い意味では人間に関する事象の総体(ただし自然としての人間,すなわち生理的・動物的レベルの事象を除く),すなわち〈自然〉対〈社会〉という対比の文脈での社会を意味する。これはギリシア哲学以来のフュシス対ノモスという対比におけるノモスに当たり,人間にとって所与の自然に対して,人間がつくった習慣や法律や制度など人為の世界をあらわしている。これがここでいう広義の社会であって,自然科学に対する意味で,社会科学というときの社会は,この意味のものである。社会科学は,経済学,政治学,法律学,社会学をはじめとする多くの個別科目を含み,広義の社会というのはこれらの諸科目の研究対象である経済,政治,法規範,狭義の社会等々多くの諸現象を包含している。

 広義の社会から区別されたものとしての狭義の社会とは,冒頭に定義した複数の人びとの持続的な集りの,あらゆる種類のもの,あらゆる大きさのものを総称する。かくして小は恋人どうしの2人社会から,大は国民社会を経て世界社会にいたるまでのものが,社会である。狭義の社会は,個別社会科学の1科目としての社会学の研究対象である。しかし狭義の社会もまた,種類を異にするさまざまなものを含んでいるので,社会学者はそれらをいろいろに分類してきた。ここでは,広く用いられる基本的な分類軸だけを示そう。

その内部で人間の必要とするすべての生活上の欲求が充足される社会。その意味で自足的な社会である。その範囲は,未開社会ではごく小さく,文明社会になるほど拡大する。狩猟採取社会および園耕社会(初期の原始的な農耕)では部族社会tribal societyがこれに当たり,農業社会では農村共同体rural community,Agrargemeinschaftがこれに当たり,近代国民国家の成立以降では国民社会national societyがこれに当たり,そして現代ではそれがしだいに世界社会world societyに向かって拡大しつつある。

(1)地域社会 地縁によって形成される社会,すなわち地理上のテリトリーを共有する人びとから成る社会。マッキーバーアソシエーションから区別してコミュニティと呼んだものがこれであって,農村と都市がその2大区分をなす。必ず一定の政治的に区分されたテリトリーと結びついていることを本質的特性としており,この点で次に述べる集団と区別される。前述の全体社会は,地域社会の中の最大のものに当たる。

(2)集団 地縁によらず,すなわち場所という要因に縛られずに(たとえば家族は自由に引っ越せるし,企業は自由に立地を選べる)形成されるすべての持続的な集り。これはさらに次の二つに分けられる。(a)基礎集団 血縁および婚姻関係によってつくられる家族および親族を基礎集団という。家族は親族の限定された一部を指すわけだから,親族kinship,Verwandtschaft,parentéによってこれを代表させてもよい。基礎集団と,町とか村のような地域社会とを合わせたものを,〈基礎社会〉と呼ぶ言い方もある。これは,親族と地域社会が人類の歴史とともに古く,狩猟採取社会から現代産業社会までを含めて,すべての社会に普遍的であることを言い表したものである。しかし家族の機能は,狩猟採取社会において家族がほとんど唯一の社会集団であった段階には全包括的なものだったのに対し,近代以降さまざまな機能集団が噴出するに及んで,しだいに縮小してきた。とりわけ,家族をこえる親族集団は,冠婚葬祭以外にはほとんど機能を失い,かつ頻繁な地域移動の影響を受け,急速に解体に向かいつつある。(b)機能集団 機能集団は目的集団ともいわれ,機能別ないし目的別に組織化された集団である。企業,政府・官庁,自治体,学校・研究所,宗教団体,スポーツ団体,その他きわめて多くの集団および組織(集団の中で目的達成に向かって組織化されている度合のとくに高いものを組織という)が,これに属する。近代以前の社会においては,機能集団は国家組織や宗教組織などに限られ,企業はまだ大部分家族と未分離であったので,ごく少なかった。機能集団の噴出は,近代社会における機能分化に対応するもので,近代化の最もいちじるしい特性の一つである。マッキーバーがコミュニティに対してアソシエーションと呼んだものは大部分ここにいう機能集団であったが,ただマッキーバーは近代家族を,分化した機能の一つを引き受けている集団と見立てて,これをもアソシエーションに含めた。この観点からは国家もアソシエーションの一つとみなされ,この見解が20世紀初頭における〈多元的国家論〉の主張の裏づけとなった。ただL.vonウィーゼのように,国家を集団と呼ぶのは適切でないとして,集団とは別のカテゴリーである〈抽象的集合体abstrakte Kollektiva〉というような名称をこれに当てた者もある。

人はなぜ社会をつくるか。この最も基本的な問に対する答として,従来いくつかの考え方が提示されてきた。西洋近代初頭の17世紀において社会科学の出発点をなしたホッブズロックにあっては,この問題は次のように答えられた。

 まずホッブズは,人間の自然状態を〈万人の万人に対する闘争〉の状態として想定し,このような状態のもとでは〈継続的な恐怖と,暴力による死の危険とが存し,人間の生活は,孤独で貧しく険悪で残忍でしかも短い〉ので,人間たちは相互に契約を結び,個々人に与えられた自然権の一部を主権者に譲渡したのである,と説明した。この譲渡によって,人びとは国家の主権に服しなければならなくなった点で自由を失ったが,それと引換えに秩序による身の安全の保証を得た。かくして自然状態は解消され,人間の社会状態が開始された(《リバイアサン》1651)。

 次にロックは,ホッブズと異なって自然状態のもとで人間は平和であり,すべての個人が生まれながらにしてもっている自然権を尊重しあって生きていたとの想定に立つものであったが,そう考えた場合でも秩序を乱し他人の財産を盗んだり他人を殺したりする不心得者があらわれるので,これを公的な権力によって裁くことができるようにするために,自然権の譲渡を行って国家主権が成立した,と説明した。そのような公権力としての国家主権の形成された状態を,ロックは市民社会civil societyと呼んだ。市民社会の目的は生命の安全と私有財産の保全にある,とロックは考えた(《統治二論》1689)。

 ホッブズとロックの理論は,近代市民社会の基礎づけを与えたものとして,すべての社会科学思想がそこから出てくる共通の源泉をなす。社会学にとってもこの点は同様である。それらは直接的には,国家権力の形成を説明しているのであって,社会そのものの形成を説明しているのではない。とくにロックの理論は,最初から人間の社会状態を仮定しているから,社会そのものはそこでは説明されていないといわねばならない。しかしホッブズの理論は,社会を契約によって説明したものとしても解釈することができる。ホッブズにおいては,社会と国家とはまったく重なっていて区別されえない。だからそれは,国家契約説であるとともに,また社会契約説であるともいえる。

 社会契約説を社会の形成についての一つの説明と認めるにしても,その場合の契約というのは単なる説明上のフィクションたるにとどまる点が問題となる。なぜなら社会は人類の歴史とともに古いのであって,売買契約のようにどこかある時点で成立したものではないからである。そこで,このような概念的フィクションによるのでないもう少し科学的な説明が求められる。

 ホッブズから2世紀ほどたって,近代啓蒙思想の系譜の中から19世紀半ばに社会学が一つの独立の学問として生まれ出て以来,この課題に答えようとするさまざまの試みがなされたが,それらは大きく分けて,人間は群居本能instinct of gregariousnessをもつといった説明と,人間は合理的判断の結果目的的に動機づけられて社会生活を求めるといった説明とのいずれかに帰着し,この両者が対立する傾向がみられた。マッキーバーは,このような〈本能〉説と〈合理〉説のあいだのはてしない論議は避けるのが賢明であるとして,両者の中間に〈意志された関係willed relations〉という概念を立てることを提案し,これによって社会の形成を説明しうるとした(《コミュニティ》1917)。高田保馬は,マッキーバーのこの説を受けてこれを〈望まれたる共存〉と表現し,共存の欲求というものを仮説した。高田は,この共存の欲求には2種類のものがあるとし,その一つは他者との結合それ自体を求める〈結合のための結合〉,もう一つは目的達成のための手段として他者との結合を求める〈利益のための結合〉であるとして,上記の両説をそれぞれ位置づけた(《社会学概論》初版1922,改訂版1950)。

 現代の社会学説としては,T.パーソンズマートン,レビーMarion J.Levyらの機能理論functional theoryないし構造-機能理論structural-functional theoryが代表的である。これらの学説における考え方のだいたいの傾向は次のようなものである。すなわち,まず行為理論から出発して人間行為の目的を欲求充足need gratificationにあるとする。しかしながら人間は単独ではそれらの欲求を充足することができず,そこで他者を目的,手段,あるいは条件などとして,自己のあるいは他者との共同の欲求を充足するために社会システムをつくる。社会システムの機能は,個人からみれば最終的には個人行為者(パーソナリティ・システム)の欲求充足にあるが,しかしひとたび社会システムが形成されると,社会システムとパーソナリティ・システムは相互に独立のシステムとなり,両者はレベルを異にするので,社会システムはそれ自身の存続のために社会システム自体としての機能的要件functional requirementの充足を求めるようになる,というのである。この考え方の特徴は,社会が形成される理由をそれが果たす機能によって説明することにあると同時に,個人(パーソナリティ・システム)レベルと社会(社会システム)レベルとを独立させることによって,個人の観点からする目的論的説明を避けることにある,といえよう(パーソンズ社会体系論》1951,その他)。

人間がなぜ社会をつくるかということについての機能的観点からする説明は,動物の社会についての研究からの示唆によって補強されうる。ミツバチやアリの社会はその全体が〈超個体〉と呼ばれるが,これは1匹ずつの個体が生殖と食物獲得の両方の能力を備えていないために自立できないことが,機能的に社会形成を要求する極端な例である。これと対照的に,ミツバチやアリ以外の多くの昆虫は,親が植物の葉の上に卵を生みつけると,あとは親の世話にならずにその葉を食べて自力で成長するので,社会をつくる機能的必要がない。だからそれらの昆虫は社会をつくらない。

 脊椎動物以上では,子どもは親が世話をしないと自力では成長できないので,子どもが一人前になるまでの間,家族形成が行われる。すなわち,哺乳類では親が子どもに乳を与えなければならないし,鳥類では親が卵をあたためなければならないだけでなく,ひなになってからは餌をとってきてやらなければならない。これらの機能的必要から彼らは家族をつくり,そして子どもが成長して自立できるようになるや否や,ある日突然にその家族は解体する。すなわち,社会形成はその機能によって説明されうるのである。

 人間の子どもは他の動物に類例をみないほど長期間にわたって無力であり,そのことが人間社会における家族の永続的普遍性の理由を説明する。また人間の欲求は他の動物に類例をみないほど高度であるため,食物さえ単独では調達できず,人間の欲求充足の中で自力でなしうるのは呼吸と排便と睡眠その他,ほんのわずかなものに限られる。そしてこの単独個人の無力さは,文明の発達がすすめばすすむほど進行するのである。なぜなら,産業文明の高度化とは社会構造的には社会分化,すなわち分業の進展を意味し,分業の進展とは個人が部品化していくことにほかならないからである。こうして,人間と他の動物を含めて,社会形成は欲求の性質から機能的に説明可能である,ということができる。
執筆者:

生物に社会を認めることに対して擬人主義であるとの批判がかつてはあったが,今日,少なくとも動物の社会という表現は一般に公認されている(その間の歴史については〈動物社会学〉の項目を参照されたい)。以下に動物の社会について論じるが,植物の社会については〈植物群落〉の項目で扱う。

社会的現象というとき,集合現象のみが注目されがちであるが,離散も集合と同様に種社会維持のための重要な役割を果たす。たとえば,母系的な単位集団をもつニホンザルの社会では,雄は性成熟前後に出自集団を離れ,放浪ののち他集団に加入する。したがってニホンザルの種社会は,互いに社会的距離をおいて分散対立する単位集団と,その空隙(くうげき)を彷徨(ほうこう)する雄の単独行動者によって模式化することができる。しかし,このような集団を形成せず,単独行動者のみからなる種社会も少なくなく,このような例では,交尾期における出会いと,雌にまかされる育児期だけが社会的交渉をもつ期間となる。夜行性の原猿類,食虫類,食肉類などの多くがこのような社会をもっている。無脊椎動物や下等な脊椎動物では,交尾期における雌雄の社会的交渉があるだけで育児期を欠くものが少なくない。昆虫類,魚類,両生類,爬虫類などは,産卵によって親の代の務めを終わり,あとは子の世代の自力の孵化(ふか)と成長にゆだねる。しかし,社会性昆虫,巣をつくって雌雄で子を育てるトゲウオ,口の中に子を入れて保護するマウス・ブリーダーといわれるシクリッド科の魚など例外的な存在もある。このような生活における世代の重なりあいは,生得的な能力に加えて学習を可能とする機会を与えるがゆえに重要な意味をもつが,本格的な学習は哺乳類にいたって認められる。社会性昆虫の一つのコロニーには,女王,王,ワーカー(働きアリ,働きバチ),兵などの形態と機能を異にするいくつかの階級によって構成され,繁殖,労働,防衛などの分業的体制によってコロニーを運営するものがあり,今西錦司はこの全体を超個体的個体と呼んだ。

 社会の発達を論ずるにあたって重要な目安となるのは,個体間に相互認知があるか否かという点である。社会性昆虫の中には,女王の分泌物を同じコロニーの構成員が分有することによって相互に認知しあっているものがあるが,アシナガバチのように個体間に優劣があり,より高度な認知能力を示すものもある。しかし哺乳類以外の脊椎動物と無脊椎動物には個体相互間の認知がないものが多く,これらの集合を無名の群れanonymous groupと呼ぶ。このような集合はまた,一般に群集crowdと呼ばれるが,その中では成員の交換が可能であり,その構成はたえず変化している。繁殖期には,相互認知にもとづくつがいをつくっている鳥類も,渡りの時期には無名の大集団をつくることがあるし,季節移動を行うウシカモシカやハーティビーストの大集団も相互認知に支えられているわけではない。

 個体の相互認知のために重要な働きを果たすのは,血縁と優劣である。安定した単位集団をもつ霊長類では,母子の認知は終生失われることはない。また長期観察の結果から,兄弟姉妹等の血縁関係もなんらかの形で認知されていることが明らかにされている。また,個体間の安定した優位劣位関係dominance and subordinance relationshipも,自他のアイデンティティの規準を与え,同じ集団内で共存するための重要な絆(きずな)となる。また,これらの絆によって結ばれていない個体相互の間には,さまざまな形での敵対的な関係が認められる。単独行動者の社会では個体のなわばりが,集団間には集団のなわばりが認められる場合が多い。このように,ある空間の占有を自他ともに認めあうことによって,すみわけて共存する社会的機制をなわばり制territorialityという。しかし集団間にも優劣が認められることがあり,そのような場合には力に応じた空間的な広さによって均衡をとり,あるいは優位集団の接近を劣位集団が避けることによって衝突を避ける。

霊長類は,きわめて原始的な種社会から,高度な発達を遂げたものまでを含み,これらを系統的に追うことによって,社会の進化の道すじをたどることができる。その最も原始的な社会は,ロリス,アイアイ,コビトキツネザルなどの夜行性の単独行動者の社会に見ることができる。霊長類は,夜行性から昼行性へと進化したが,昼行性になったものはすべて安定した単位集団をもつようになっている。霊長類の単位集団は両性からなり,特定の要素(個体)を放出し,かつ外部から受容する半閉鎖的な構造をもっている。集団の構成には,単雄単雌,単雄複雌,複雄複雌の3型が認められるが,集団の維持機構からすると後2者はさらに各2型に分けられる。単雄単雌の集団は,霊長類における最も原型的な構造と考えられ,夜行性の原猿メガネザル,アバヒ,昼行性の原猿インドリ,シファカ,真猿のキヌザル,ヨザル,ティティ,サキ,そして類人猿のテナガザルなどがこの型の集団をもっている。子どもは両性とも性成熟までに出自集団を離れ,またいかなる個体も外部からの移入を許さないことによって,この集団のペアの構成は維持される。残る4型中,単雄複雌と複雄複雌の各1型は母系の集団で,雄だけが集団間を移籍する。この単雄複雌の型は,オナガザル類の約半数に見られるが,複雄複雌の型はキツネザル,ホエザル,クモザル,そしてオナガザル類の残る半数に見られる。あとの2型は,雌が出自集団を出て他集団に加入する点で母系の集団とは異なっており,その単雄複雌の構成をもつものがゴリラで,この社会では雄も性成熟前後に出自集団を離脱するが,外部からの雄の移入はない。したがって,離脱した雄はそれぞれ雌と結びついて新しい単位集団を形成する。チンパンジーとピグミーチンパンジーの集団は複雄複雌の構成をもち,雌は集団間で交換されるが,雄は出自集団にとどまり,父系の集団を形成する。以上の諸型の集団の維持機構は,近親婚の回避と深く結びついている。ヒトを除く霊長類社会には,人間社会に見られるような家族の形成は見られない。特定の雌雄の恒常的な結合,性による分業,集団間の対立の解消,そして言語や社会制度の発生などと深く結びついているに違いない家族の起源の解明は,直立二足歩行の起源と並んで古来人類学上の難問とされている。複雄複雌のオナガザル類の集団は,順位秩序によって貫かれた集団,換言すれば不平等原理によって支えられた集団であった。ところが同じような構成の集団をもつチンパンジーやピグミーチンパンジーの社会では,平等原則にもとづく社会的交渉が多く見られるようになる。多彩な挨拶の行動,とくにピグミーチンパンジーの社会では性器を用いての頻繁な宥和(ゆうわ)行動が目だつようになり,また食物の分配は集団内の個体間の新しい共存のあり方を示唆するものだといってよいであろう。チンパンジーを用いた実験心理学的な研究は,高度な言語的機能の存在を実証しているが,このような心理的能力の進化に伴って社会の内容にも変化が見られるのである。日本の研究者は,ニホンザルの群れ間に食物や採食行動などの相違が認められ,これらの行動はそれぞれの群れで伝承されていることを明らかにして,それをカルチャーcultureと呼んだ。同様の現象は,チンパンジーの社会により高度な形で見られた。それは,アリやシロアリを釣って食べる道具にも見られたし,ある地域集団の個体は堅果を石で割って食べるといった行動を見せたのである。以上,主として種内社会について見てきたが,系統的に近縁な異なる種社会間にはすみわけの現象が見られ,また,生活様式を同じくする異種間で混群mixed groupを形成するといった現象も,森林性のオナガザル類や,秋冬季のカラ類などに認められている。異種間の社会関係の中で特異なものとしては,共生寄生をあげることができ,また捕食者と被捕食者の関係には食物連鎖という形でとらえうる生態学的な秩序系もある。
順位 →なわばり →群れ
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百科事典マイペディア 「社会」の意味・わかりやすい解説

社会【しゃかい】

複数の人びとが持続的に一つの共同空間に集まっている状態,またはその集まっている人びと自身,ないし彼らのあいだの結びつきを社会という。日本語の〈社会〉という語は,1875年に,《東京日日新聞》の福地桜痴によって,英語のsocietyの訳語としてつくられたとされる。他に〈世態〉〈会社〉〈仲間〉〈交際〉などの訳語も行われていたが,しだいに淘汰されて〈社会〉になった。社会に対応する概念がそれ以前の日本には存在していなかったといえるが,江戸時代には,〈世間〉という語があって〈人の世〉〈世の中〉といった意味をあらわしていた。中国語に関しては,宋代の儒学者程伊川(1033‐1107)の遺著《二程全書》に〈郷民為社会〉とあるのが引用される。中国の古い語義では,〈社〉は土地の神を祭ったところという意味で,上記の用例ではこれに人びとの集りという意味の〈会〉をつけて,〈村人たちが土地の神を祭ったところに集まる〉といっているのであるから,これは現代の意味での社会とは別である。現代の中国語で用いる〈社会〉は,日本語からの逆輸入によるものである。英語のソサイエティはフランス語のソシエテが16世紀に導入されて変化したもので,フランス語の語源はラテン語のsocietasである。これは仲間,共同,連合,同盟といった意味をあらわす。ドイツ語のGesellschaftの語幹Geselleは〈同一の室にいる仲間たち〉を語源とするもので,この空間的表象が中世後期に社会を意味するものに転じて,〈社会〉の概念ができたといわれる。明治の初年に日本の知識人たちが,これらの西洋語を〈仲間〉とか〈交際〉などと訳したのは語義として当たっていたということができる。しかし西洋語のこれらの概念は,いずれも近代初頭,すなわち17〜18世紀において社会科学の母体をなしたイギリスおよびフランスの啓蒙思潮と,その系譜を引くイギリスの道徳哲学および古典派経済学,フランスの理性主義的進歩史観および実証哲学,ドイツの観念論哲学などの諸思想の中で,〈市民社会civil society〉という,抽象化された概念へと高められ,近代思想の中核を形成するにいたる。この抽象化された中核概念をあらわすのに,日常性の中での具体的イメージを担った〈仲間〉とか〈交際〉あるいは〈世間〉ではふさわしくなく,〈社会〉という語は,江戸時代までの日本になかった新しい造語であること,またその抽象化された語感ともあいまって,西洋近代の中核思想をよく日本語の中に移す効力を発揮したといえる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「社会」の意味・わかりやすい解説

社会
しゃかい
society; Gesellschaft

この言葉は,日常的にも学問的にも多義的である。西欧語の訳語としては 1875年頃福地源一郎 (桜痴) によって初めて採用されたといわれる。ただし,社会とは中国の古典では田舎の祭りのことである。西欧語の語源としては元来「結合する」という意味をもち,人間の結合としての「共同体」を意味した。古代では,「人間は社会的 (ポリス的) 動物である」というアリストテレスの規定にみられるように,社会の観念は思考や感情を共有し,生活をともにする個別的集団をさした (これは 19世紀後半の F.テンニェスの「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ」説,さらに M.ウェーバーの説などに直接的影響を与えている) 。社会が共同体,集団という意味を離れ抽象的意味をもったのは,共同体が崩壊し個人が自立してきた近代になってからである。ここで初めて「個人と社会」の問題が対立的に考えられた。すなわち社会契約説や自発的結社 (アソシエーション ) を社会の基礎とする見方であり,このような自覚に基づくものが「市民社会」である。またヘーゲルは共同体を基礎に形成された国家を社会とするが,これはマルクス主義にも影響を与えている。これら社会諸現象の諸理論は社会学を自立させ,市民社会説は階級社会説に展開された。現代はいわゆる「大衆社会」 mass societyの現出により,個人と社会の対立という旧来の社会理論に反省を促し,社会全体の主要性格が問題となり,たとえばその知的水準が向上するとともに,「情報社会」「知識社会」とか,技術的制度化が進むにつれ「管理社会」などというように,いろいろの観点から社会学の対象となっている。

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普及版 字通 「社会」の読み・字形・画数・意味

【社会】しやかい(くわい)

社日の村の集まり。〔東京夢華録、八、秋社〕、~市學先生預(あらかじ)め生の錢を斂(をさ)めて會を作る。~春、重午(ちようご)(五月五日、端午)重九(九月九日、重陽)、亦た是れ此(かく)の如くす。

字通「社」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の社会の言及

【学会】より

…学問分野によって学会の性格が異なるのは当然であるが,個々の学会は,その設立の経緯,規模,組織形態,機能など千差万別である。たとえば,英語で学会を表すのにacademy,society,association,instituteなど多くの語が用いられることも,学会の多様性の反映とみることができる。しかし,一応の目安として学会が具備すべき基準・条件としては次の五つが考えられる。…

【ギルド】より

…一般的には中・近世ヨーロッパにおける商工業者の職種ごとの仲間団体をさすが,このような同職仲間的な団体は,広く前近代の日本,中国,イスラム社会,インドにもみられる。ドイツ語ではギルドGilde,ツンフトZunft,インヌングInnung,フランス語ではコンパニオナージュcompagnonnage,イタリア語ではアルテarteとよばれる。…

【辞書】より

…その他正宗敦夫《万葉集総索引》(1929‐31),吉沢義則・木之下正雄《対校源氏物語用語索引》(1952),池田亀鑑《源氏物語大成索引編》(1953‐56)のほか,《古事記》《日本書紀》《竹取物語》《宇津保物語》《紫式部日記》《更級(さらしな)日記》《栄華物語》《今昔物語集》《平家物語》《徒然草(つれづれぐさ)》などの索引が刊行されている。 類書には《古事類苑》(1889‐1914成立),物集高見《広文庫》(1916)があり,ヨーロッパ式の百科事典には,田口卯吉編《日本社会事彙》(1888‐90),三省堂編《日本百科大辞典》(1908‐19),平凡社編《大百科事典》(1931‐35)などがあり,ほかに日本文学,国語教育,国史,仏教,民俗学などの辞典も数多い。なお対訳辞書ではヘボン編《和英語林集成》(1867)などがなかでも古いものである。…

【社】より

…先秦には国家の太社,王社のほかに,諸侯の国社,侯社もあったが,漢代には滅び,代わって行政区画の県,郷,里にそれぞれ社が置かれ,里社の下には5家,10家といった小さな私社もあった。こうした郷村の社は,その後の社会変動にかかわりなく,ながく存続した。社の最大の行事である春秋二社のときには,村民はこぞって祭りの場所に集まり,祭祀が終わると,一同はお下がりの社飯酒肉を会食して旧交をあたため,ときには余興に歌舞演劇が行われた。…

【社会科学】より

…社会科学とは,自然に対比された意味での社会についての科学的な認識活動,およびその産物としての知識の体系をいう。この定義で中枢的位置を占めているものは〈社会〉という語および〈科学〉という語の二つであるから,以下これらについて注釈を加えよう。…

【祭り】より

…集団による儀礼行動の一つ。本来は原始・古代宗教の集団儀礼を総称し,現代では文化的に一般化されて,祝賀的な社会行事を呼称するのによく使われる言葉となっている。日本の祭りは伝統文化として重要であり,神社神道では今でも祭りを中心にしているほどだが,世界の宗教文化史上にも注目すべき社会現象である。…

※「社会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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