憂・愁・患(読み)うれい

精選版 日本国語大辞典 「憂・愁・患」の意味・読み・例文・類語

うれい うれひ【憂・愁・患】

〘名〙 (「うれえ」の変化した語)
① 苦しいこと、つらいこと。
※平松家本平家(13C前)二「休左遷愁(ウレイ)早令帰洛之本懐
日葡辞書(1603‐04)「Vreiuo(ウレイヲ) モヨヲス〈略〉 Vreiuo(ウレイヲ) フクム」
② (形動) わざわい。難儀。不安。また、心配なさま。
※天草本伊曾保(1593)燕と諸鳥の事「エンリョノ ナイモノワ カナラズ チカイ vreiga(ウレイガ) アル モノヂャ」
③ 何となく心にはいりこんでくる物悲しさ。感傷的な気分。物思い憂愁
※中華若木詩抄(1520頃)中「夕陽の時分は、ことさら旅客の愁い切なる折節也」
※めぐりあひ(1888‐89)〈二葉亭四迷訳〉二「遣方(やるかた)も無き憂愁(ウレヒ)から出たこの気なし」
④ (「不安の原因」の意から) 不吉なこと。不祝儀。
※歌舞伎・幼稚子敵討(1753)六「生花といふものは取合せが大事じゃ。〈略〉挿し様が悪いと、うれいに成て殿様の躾方」
⑤ 嘆き悲しむこと。憂鬱で心が晴れないこと。
邪宗門(1909)〈北原白秋〉魔睡・十月の顔「そことなき櫂のうれひの音(ね)の刻み…涙のしづく…頬にもまたゆるきなげきや」
[語誌](1)古くは「うれへ」で、中世以降次第に「うれい」が用いられるようになり、明治以降、特に近代詩歌においては「うれい」が圧倒的に優勢となる。
(2)「うれ」は、「うらむ」「うれたし」などと同様に「うら(心)」と同根か。本来、相手に苦しみを訴える能動的な気持が強かったが、「憂」「愁」などの訓としても用いられたところから、自分の心の中の「憂愁」を表現するようにもなったと考えられる。
(3)西欧の影響を受けた明治以降の日本の近代詩に見られる「うれい」は、上田敏の「海潮音」で、フランス語 ennui などの訳語として用いられた「憂愁」「鬱憂」に源を発していると思われる。

うれ・える うれへる【憂・愁・患】

〘他ア下一(ハ下一)〙 うれ・ふ 〘他ハ下二〙
① 不満や苦しみ、悲しみなどを人に嘆き告げる。事情を訴えて願う。愁訴する。嘆願する。
古今六帖(976‐987頃)四「片恋は苦しきものとみごもりの神にうれへて知らせてしがな」
源氏(1001‐14頃)藤裏葉「宿直所(とのゐどころ)ゆづり給ひてんやと中将にうれへ給ふ」
② 心をいためる。心をなやます。
(イ) 困った状態であることを悲しみ嘆く。つらく思う。
※大乗阿毗達磨雑集論平安初期点(800頃)一二「他心を安慰して、憂(ウレヘ)(おそ)るることを離るるが故に」
(ロ) よくない事態になりはしないかと心配する。気づかう。
書紀(720)敏達一二年一〇月(前田本訓)「悦を以て民を使ひたまはば、水火に憚(よ)らず、国の難(わさはひ)を恤(ウレヘ)む」
文明論概略(1875)〈福沢諭吉〉二「今の学者は政府を咎めずして衆論の非を憂ふべきなり」
③ 病気にかかる。わずらう。
※不空羂索神呪心経寛徳二年点(1045)「或は眼を痛み〈略〉或は肩膊を痛むことを患(ウレヘ)む」

うれえ うれへ【憂・愁・患】

〘名〙 (動詞「うれえる(憂)」の連用形の名詞化)
① 苦しいこと、つらいこと。
※万葉(8C後)九・一七五七「草枕 旅の憂(うれへ)を なぐさもる事もありやと」
② (━する) 不満や苦しみ、つらさなどを人に嘆き告げること。愁訴。嘆願。
※竹取(9C末‐10C初)「かのうれへせしたくみをば、かぐや姫呼びすゑて」
③ わざわい。難儀。また、心配。不安。
※源氏(1001‐14頃)薄雲「かかるおい法師の身にはたとひうれへ侍りとも何の悔いか侍らむ」
④ 病気。わずらい。何となく心にはいりこんでくる物悲しさ。
※石山寺本金光明最勝王経平安中期点(950頃)九「たとひ患(ウレヘ)の状の殊なりとも、先ずその本を療すべし」
⑤ 喪。忌中。
※書紀(720)天武七年一〇月(北野本訓)「其れ真の病と、重服(オヤノウレヘ)に非ずして軽く小故(いささかこと)に縁りて辞(さ)れるは」

うれ・う うれふ【憂・愁・患】

[1] 〘他ハ下二〙 ⇒うれえる(憂)
[2] 〘他ハ上二〙 心を痛める。思いなやむ。心配する。
※三代実録‐貞観八年(866)九月二二日「日夜無間く憂礼比念ほし熱かひ御坐す」
※俳諧・蕪村句集(1784)夏「愁ひつつ岡にのぼれば花いばら」
[語誌]上代にかな書きの用例がなく、古い訓点資料はほとんど「うれへ」である。また、挙例の「三代実録」は、この語を四段活用とも見る際の例証とされるが、古写本にはないので江戸時代の版本の誤りかとされている。下二段活用が古い形で、その「うれへ」が音変化で「うれひ」となり、結果的に上二段活用となったとも見られる。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

自動車税・軽自動車税

自動車税は自動車(軽自動車税の対象となる軽自動車等および固定資産税の対象となる大型特殊自動車を除く)の所有者に対し都道府県が課する税であり、軽自動車税は軽自動車等(原動機付自転車、軽自動車、小型特殊自...

自動車税・軽自動車税の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android