弥勒院跡(読み)みろくいんあと

日本歴史地名大系 「弥勒院跡」の解説

弥勒院跡
みろくいんあと

[現在地名]隼人町内

宮内みやうち小学校敷地にあった大隅正八幡宮(現鹿児島神宮)別当寺。鷲峯山霊鷲山寺と号し、天台宗本尊釈迦如来・不動明王。もとは弥勒寺と号する性空開基の寺で同宮別当であった。弥勒寺として創建された時期は不明。大隅正八幡宮の領家は豊前宇佐八幡宮の神宮寺弥勒寺の講師あるいは検校であり、同時に山城石清水いわしみず八幡宮寺の別当・検校でもあったから、大隅国建久図田帳には本家八幡と記され、実質石清水八幡宮領とされるが、厳密にいえば豊前弥勒寺領で別当寺にもその名を付したのであろう。

弥勒院跡
みろくいんあと

[現在地名]金砂郷村玉造

県道和田―上河合線の東の愛宕あたご山の南麓に位置し、現在は久米くめ第二小学校の敷地になっている。真言宗で明王山曼荼羅寺と号した。

尭雅僧正関東下向記録(三宝院文書)の第二度之御下向の項に、永禄三年(一五六〇)八月二一日「於久米弥勒院平座万タラ供執行云々、月日無之」とあり、また同四年正月一七日「久慈郡於久米弥勒院印可」とみえる。「水府志料」によるともと久米村にあり、住持武士の妻と密通して二人は殺され、寺中に埋められたが印に桜を植え、これを弥勒院桜とよんだという。また同書はのち弥勒院は玉造たまづくりに引寺となったという説と久米村を二分して玉造を分けたとの説をあげ、さらに「其跡に那珂郡額田村より一向宗願入寺を引る故に、只一向宗の僧其事を伝ふ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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