市場の失敗(読み)しじょうのしっぱい(英語表記)market failure

改訂新版 世界大百科事典 「市場の失敗」の意味・わかりやすい解説

市場の失敗 (しじょうのしっぱい)
market failure

原語はF.M.ベーターの1958年の論文の題名によっている。市場機構はある理想的条件のもとでパレート最適とよばれる望ましい資源配分を実現することが,厚生経済学の基本定理として知られている。その理想的条件が満たされず,したがって市場機構が必ずしもパレート最適を実現しないことを,狭義の市場の失敗という。市場機構が理想的所得分配を保証しないことを,広義の市場の失敗として含めることがある。以下では狭義のものだけを問題とする。

 上記の理想的条件としては,市場の完備と競争の完全性が挙げられる。市場の完備を阻害する要因には,将来財,不確実性外部効果(外部経済・外部不経済),公共財の存在がある。将来財すなわち将来取引される財については,先物市場が存在しない場合が多く,そのため異時点間で資源が最適に配分される必然性がない。不確実性については,将来生じうる経済環境それぞれに応じて同一財がもつ経済効果は異なるから,それぞれ異なる財とみなすべきであるが,対応して複数の市場が存在しないために効率的な資源配分が保証されない。外部効果(外部経済効果あるいは外部不経済効果)については,同一財の投入産出あるいは消費が異なる経済主体に対して異なる経済効果をもつから,影響を授受する各経済主体に応じて別個の財とみなすべきであるが,対応する市場は現実には存在しない。公共財は複数の経済主体が共同利用できる財であり一種の外部効果を発生するから,同様の問題が生ずる。競争の完全性を阻害する要因は,企業の合併等に基づく独占的状況の発生や規模に関する収穫逓増である。パレート最適の達成には生産価格と限界費用の均等が一般に必要だが,独占的状況下での企業の利潤最大化行動はこの条件に違反し,他方,規模に関する収穫逓増のもとでこの条件を貫けば,損失の発生を招き私企業体制は維持できない。このように市場の失敗が生ずるときには,市場の働きを補整するために,なんらかの政策的干渉の方法を考案する必要が生まれる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「市場の失敗」の意味・わかりやすい解説

市場の失敗
しじょうのしっぱい

市場メカニズムが働いていても、経済的な効率的配分(パレート効率性Pareto efficiency、パレート最適)が達成されない状況をいう。近代経済学では、独占・寡占、売買する市場の不完備、買い手の知りえない商品情報を売り手がもっているなどの情報の非対称性、電力会社などの費用逓減産業の存在、ある経済主体の経済活動が他の経済主体の経済活動に対して与える外部効果などが原因となって、公害や地球温暖化などの環境破壊、商品品質の低下などの市場の失敗が起きるとしている。

 失敗を避けるため、ハービッツらは、市場が有効に機能するための仕組みや制度が必要であるとするメカニズム・デザイン理論mechanism design theoryを提唱。2007年にノーベル経済学賞を受賞した。

 失業、貧困、自殺、社会的格差などは従来、配分の公平性の問題で、市場の失敗ではないとされてきた。しかし1998年にノーベル経済学賞を受賞したセンらによって、所得分配や社会的コストに関する理論が発展し、現在では、貧困や格差などの社会問題についても市場の失敗であるとの主張が一般的になっている。

[編集部]

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百科事典マイペディア 「市場の失敗」の意味・わかりやすい解説

市場の失敗【しじょうのしっぱい】

理想的な条件下で実現する望ましい資源配分(パレート最適)が,その条件が満たされずに実現しないこと。失敗の理由としては外部性公共財規模の経済の存在などがあげられる。外部経済や公共財が存在することにより,消費や生産の社会的価値が価格によって正しく伝達されないために,市場の完備が阻害される。独占状況の発生や規模の経済の存在は競争の完全性を阻害する。
→関連項目公共経済学

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「市場の失敗」の意味・わかりやすい解説

市場の失敗
しじょうのしっぱい
market failure

さまざまな財・サービスの市場において,需給が等しくなるように価格が調整されるという市場の価格メカニズムによって,資源の効率的配分が達成されないこと。具体的には,(1) 公害のような外部不経済がある場合に過大供給になる一方,公園のような外部経済が存在する場合,(2) 無料で供給される公共財が供給されない場合,(3) 情報の不確実性が存在する場合,(4) 地球環境問題のように将来世代が市場に参加できない場合,(5) 収穫逓増により自然独占が生じる場合,(6) 市場が寡占的で価格がパラメータとして機能しにくい場合,などが考えられる。

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世界大百科事典(旧版)内の市場の失敗の言及

【公害】より

…しかしながら,現実には環境保全よりも経済の優先の傾向があるため,予防措置としての環境影響事前評価制度(環境アセスメント)が不十分ながら実行されるのは,1970年代のことであり,裁判においても差止めはなかなか認容されていない。
【公害の加害者】

[資本主義と市場の失敗]
 現代社会の公害の加害者の多くは企業であり,また公共事業では政府・自治体である。公害は社会的損失または社会的費用といわれるように,経済過程において,その費用を原因者が負担せず,第三者や社会に転嫁している。…

※「市場の失敗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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