山口昌男(読み)ヤマグチマサオ

デジタル大辞泉 「山口昌男」の意味・読み・例文・類語

やまぐち‐まさお〔‐まさを〕【山口昌男】

[1931~2013]文化人類学者。北海道の生まれ。構造主義記号論を日本に紹介。「中心と周縁」「トリックスター」などの文化理論は、日本の思想界に大きな影響を与えた。「『敗者』の精神史」で大仏次郎賞受賞。他に「笑い逸脱」「『挫折』の昭和史」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「山口昌男」の意味・わかりやすい解説

山口昌男
やまぐちまさお
(1931―2013)

文化人類学者。北海道生まれ。1955年(昭和30)東京大学文学部国史学科卒業。1960年東京都立大学(現、首都大学東京)大学院社会科学研究科修士課程修了。同大学院博士課程進学後、1963年ナイジェリア、イバダン大学講師としてアフリカへ渡る。帰国後、1965~1968年東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所講師、1968~1973年助教授、1973~1994年(平成6)教授、その間1989~1992年所長。定年退官後、1994~1997年静岡県立大学大学院国際関係学研究科教授、1997~1999年札幌大学文化学部長、1999~2003年同大学学長。海外で教鞭(きょうべん)をとることも多く、パリ大学ナンテール分校(現、パリ第十大学)客員教授(1970)、メキシコ大学院大学客員教授(1977)などを務める。日本民族学会会長、国際記号学会副会長を歴任し、アメリカ記号学会名誉会員、トロント記号学サークル名誉会員、日本民族学会名誉会員に選出されるなど、世界的に活躍。

 レビ・ストロース、エリアーデなどの論文10編を収録した『未開と文明』(1969)の編著者としての仕事を皮切りに、『本の神話学』『アフリカの神話的世界』『人類学的思考』(以上1971)など、従来のアカデミズムの枠を超えた著作を執筆。世界は周縁的な要素によって活性化されるとする「中心と周縁」理論を基軸に、「道化」や「トリックスター」といった中心と周縁を転換させるキャラクターをモチーフとして、多彩な議論を展開した。

 山口は「世界の多様性」をさまざまな方法で論じ、それまでの人文・社会科学の分野において一般的であった認識を揺るがした。すなわち、学術的な観察や記述によって単一のものへと収斂(しゅうれん)する「客観的な世界像」を、場や状況、個々人の感性やキャラクターによって「異なる相貌(そうぼう)を帯びる宇宙」として把握する。山口の分析ジャンルは、言語、演劇、音楽、絵画、映画、書物、漫画、儀礼、メディア、遊び、見世物など文化全般にわたり、研究地域も地球規模である。

 そのほか著書としては、世界の著名な文化人との議論をインタビュー形式でまとめた『二十世紀の知的冒険』(1980)、『知の狩人――続・二十世紀の知的冒険』(1982)、記号論の分野で「詩的言語」の重要性を論じた『文化の詩学』(1983)、日本への文化人類学・民俗学的アプローチを試みた『天皇制の文化人類学』(1989)、『「挫折」の昭和史』『「敗者」の精神史』(ともに1995)、『内田魯庵(うちだろあん)山脈』(2001)などが広く知られる。また音楽や絵画にも造詣が深く、世界各地のフィールドワークの際に自ら描いたスケッチを集めたものに『踊る大地球――フィールドワーク・スケッチ』(1999)がある。

 文学芸術オフィシエ勲章(1989、フランス)、パルム・アカデミック勲章(1994、フランス)受章。2011年文化功労者。『「敗者」の精神史』で大仏次郎(おさらぎじろう)賞(1996)受賞。日本におけるニュー・アカデミズムの知的水源として知られ、浅田彰、中沢新一をはじめ、若い世代に与えた影響力は計り知れない。

[織田竜也 2019年1月21日]

『山口昌男編著『二十世紀の知的冒険――山口昌男対談集』(1980・岩波書店)』『山口昌男編著『知の狩人――続・二十世紀の知的冒険』(1982・岩波書店)』『『人類学的思考』(1990・筑摩書房)』『『「挫折」の昭和史』『「敗者」の精神史』(以上1995・岩波書店/ともに上下、岩波現代文庫)』『『踊る大地球――フィールドワーク・スケッチ』(1999・晶文社)』『山口昌男編著『未開と文明』新装版(2000・平凡社)』『『内田魯庵山脈――〈失われた日本人〉発掘』(2001・晶文社/上下、岩波現代文庫)』『『山口昌男著作集』全5巻(2002~2003・筑摩書房)』『山口昌男著『本の神話学』『歴史・祝祭・神話』(中公文庫/岩波現代文庫)』『山口昌男著『道化的世界』(ちくま文庫)』『山口昌男著『道化の民俗学』(ちくま学芸文庫/岩波現代文庫)』『山口昌男著『文化と両義性』『天皇制の文化人類学』(岩波現代文庫)』『『文化の詩学1、2』(岩波現代文庫/ちくま学芸文庫)』『『アフリカの神話的世界』(岩波新書)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山口昌男」の意味・わかりやすい解説

山口昌男
やまぐちまさお

[生]1931.8.20. 北海道,美幌
[没]2013.3.10. 東京
文化人類学者。「中心と周縁」論や,道化の役割を重視した「トリックスター」論などの文化理論で 1970年代以降の日本の芸術や思想に大きな影響を与えた。1955年東京大学文学部を卒業,1960年東京都立大学(→首都大学東京)大学院で修士号を取得。1960年代からアフリカなどで神話や王権の聞き取り調査を重ねた。その調査をもとに『アフリカの神話的世界』(1971),『道化の民俗学』(1975),『文化と両義性』(1975)などの著作活動を精力的に展開し,硬直化した日本のアカデミズムに風穴を開け,1980年代に流行した浅田彰や中沢新一らのニューアカデミズムのさきがけとなった。1970~71年パリ大学客員教授を務め,1973年東京外国語大学教授,1994年静岡県立大学教授に就任。1999~2003年札幌大学学長を務めた。1996年に『「敗者」の精神史』(1995)で大佛次郎賞を受賞。1994年フランスのパルム・アカデミック勲章,2009年瑞宝中綬章を受章。2011年に文化功労者に選ばれた。(→文化人類学

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百科事典マイペディア 「山口昌男」の意味・わかりやすい解説

山口昌男【やまぐちまさお】

文化人類学者,記号学者。北海道美幌町出身。網走高校をへて青山学院大学に入学するが退学,東京大学入試をめざし,翌年東京大学文学部に入学。1955年東大文学部国史学科卒業。文学・民俗学に関心を持ち,西郷信綱の研究会で学んで,人類学研究を志す。1960年東京都立大学大学院修士課程修了。1968年東京外国語大学アジア・アフリカ言語研究所助教授。構造主義,記号論,図像学,テクスト理論など西欧の最新の知識を駆使する文化理論家として1970年代から1980年代の若手研究者・知識人に大きな影響を与えた。1984年季刊文化雑誌《へるめす》(岩波書店)の創刊に大江健三郎,中村雄二郎らと同人として参加,旺盛な執筆活動と発言で,1980年代の知的世界のオピニオンリーダー的な存在となった。東京外国語大学アジア・アフリカ研究所所長,札幌大学学長などを歴任。著書に《本の神話学》(1971年,中央公論社),《道化の民俗学》(1975年,新潮社),《文化と両義性》(1975年,岩波書店),《敗者の精神史》(1995年,岩波書店)など多数。《山口昌男著作集》(全5巻,2002年―2003年,筑摩書房)がある。2011年文化功労者。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山口昌男」の解説

山口昌男 やまぐち-まさお

1931-2013 昭和後期-平成時代の文化人類学者。
昭和6年8月20日生まれ。東大国史学科卒業後,麻布中学・高校教員をへて,都立大(現・首都大学東京)大学院社会人類学科修了。昭和38年よりアフリカで調査をかさね,48年東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所教授となり,平成元年所長。6年静岡県立大教授。8年「『敗者』の精神史」で大仏次郎賞。11年札幌大学長。構造主義人類学,記号論などを駆使し,思想,文学,演劇など幅ひろい分野を研究対象とした。23年文化功労者。平成25年3月10日死去。81歳。北海道出身。著作に「人類学的思考」「文化と両義性」「「敗者」の精神史」「天皇制の文化人類学」など。

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