加須(市)(読み)かぞ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「加須(市)」の意味・わかりやすい解説

加須(市)
かぞ

埼玉県北東部にある市。1954年(昭和29)加須、不動岡の2町と三俣(みつまた)、礼羽(らいは)、大桑(おおくわ)、水深(みずぶか)、樋遣川(ひやりがわ)、志多見(したみ)の6村が合併して市制施行。1957年大越(おおごえ)村を編入。2010年(平成22)、北埼玉郡騎西町(きさいまち)、北川辺町(きたかわべまち)、大利根町(おおとねまち)と合併。近世以来の郷(ごう)村名が市名となる。利根(とね)川の沖積平野に位置し、中心市街は利根川の旧流路や会(あい)ノ川によって形成された自然堤防上にあり、付近にはまた河畔(かはん)砂丘が発達する。北は利根川、渡良瀬(わたらせ)川に挟まれた地域で、茨城県、栃木県、群馬県に接している。東武鉄道伊勢崎(いせさき)線、日光線、国道122号、125号、354号が通るほか、東北自動車道が走り、市内に加須インターチェンジがある。市街地は江戸時代中山道(なかせんどう)と奥州街道を結ぶ脇(わき)街道の宿場町で、農業地域の在郷町として栄えた。

 騎西地区は平安時代末には武蔵七党の一つ私市(きさい)党の拠点で、中世には太田道灌(どうかん)が築いたとされる私市城があった。市域の農村部では、江戸時代青縞(あおじま)の生産が盛んで、街では取引(加須では5、10の日。騎西では4、9の日)が行われた。大利根地区には加須大利根工業団地と豊野台テクノタウンが開発され、先端技術産業の進出がみられるが、市域一帯は県下最大の米作地帯で、キュウリ、ナス、トマト、イチゴの栽培も盛んである。そのほか、手書き鯉幟(こいのぼり)や、剣道具、柔道着が特産物であり、また被服縫製業が行われる。騎西地区にある保寧寺(ほねいじ)の木造阿弥陀(あみだ)如来及両脇侍像は国の重要文化財、足利持氏(もちうじ)・春王・安王供養塔は県の史跡、玉敷(たましき)神社の神楽(かぐら)は国の重要無形民俗文化財に各々指定されているほか、不動岡地区には加須不動尊で知られる総願寺(そうがんじ)があり「節分鬼追い豆まき式」には数万の人出でにぎわう。面積133.30平方キロメートル、人口11万1623(2020)。

[中山正民]

『『加須市の郷土史』(1969・加須市)』『『加須市史』全5巻(1981~1986・加須市)』


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