五色の賤(読み)ゴシキノセン

デジタル大辞泉 「五色の賤」の意味・読み・例文・類語

ごしき‐の‐せん【五色の×賤】

律令制で、5種類の賤民陵戸りょうこ官戸かんこ家人けにん公奴婢くぬひ私奴婢。このうち家人・私奴婢私有民。五賤

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精選版 日本国語大辞典 「五色の賤」の意味・読み・例文・類語

ごしき【五色】 の 賤(せん)

令制で規定された五種類の賤民。陵戸(りょうこ)官戸、家人、公奴婢(くぬひ)、私奴婢をいう。
[補注]「令義解」の戸令当色為婚条に「凢陵戸、官戸、家人、公私奴婢、皆当色為婚。謂、凢此五色。相当為婚〈略〉」とある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「五色の賤」の意味・わかりやすい解説

五色の賤
ごしきのせん

日本古代の律令(りつりょう)制における賤民身分。『養老令』の戸令(こりょう)には官有賤民の陵戸(りょうこ)・官戸(かんこ)・公奴婢(くぬひ)、私有賤民の家人(けにん)・私奴婢(しぬひ)の5種が定められている。陵戸は奴隷ではないが、他は奴隷または奴隷的な存在であった。それぞれ同身分間の婚姻を強制されていた。律令に定められた賤民制度は、9世紀には解体していった。

[石上英一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「五色の賤」の意味・わかりやすい解説

五色の賤
ごしきのせん

古代日本の令制に規定された5種類の賤民。陵戸 (治部省被管の諸陵司に属し,天皇皇族陵墓守衛にあたったもの) ,官戸家人,公奴婢,私奴婢の5種で,当時の社会の最下層に属し,朝廷社寺貴族の労力源であった。彼らの婚姻にも身分的制限があり,良民と通婚して生れた子の帰属についても一定の規定があった。しかし,延暦8 (789) 年,良賤通婚して生れた子はすべて良民に編入して以降,この制度は次第にすたれていった。 (→ )

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「五色の賤」の解説

五色の賤
ごしきのせん

養老戸令に規定された5種類の賤民。陵戸(りょうこ)・官戸(かんこ)・官奴婢(公奴婢(くぬひ)とも)・家人(けにん)・私奴婢の総称。このうち陵戸・官戸・官奴婢は官賤ともよばれて朝廷に隷属し,家人・私奴婢は私賤ともよばれて氏(うじ)や個人などの私的な支配をうけた。なお大宝戸令では陵戸は賤民とされておらず,養老令で新たに賤民に加えられた可能性が高い。したがって大宝令では賤民は4種類であったと思われる。

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旺文社日本史事典 三訂版 「五色の賤」の解説

五色の賤
ごしきのせん

律令制における5種類の賤民
陵戸・官戸・家人・公奴婢 (くぬひ) ・私奴婢 (しぬひ) があった。陵戸・官戸・公奴婢は官有で,家人・私奴婢は私有。最下層の身分に置かれ,朝廷・官司・豪族の雑役に従事し,良民との婚姻は禁止された。

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世界大百科事典(旧版)内の五色の賤の言及

【被差別部落】より

…その際,中国の隋・唐や朝鮮の高句麗・新羅・百済などでの実際例が参考にされたとみられているが,670年(天智9)に作られた日本最初の戸籍である《庚午年籍(こうごねんじやく)》に〈良〉と〈賤〉の区別が初めて明記された(ついでながら当時はまだ〈賤民〉の語はなく,これは比較的新しい時代に用いられだした語である)。律令制下の賤身分に位置づけられていたのは,〈五賤(ごせん)〉または〈五色(ごしき)の賤〉と総称された5種類の身分であった。それを上位から順に追うと,天皇(大王=オオキミ)・皇族の墓の守衛に専従した〈陵戸(りようこ)〉,なんらかの理由によって〈良〉身分を奪われ,官奴司(やつこのつかさ∥かんぬし)に所属して雑用に従事した〈官戸(かんこ)〉,貴族に隷属した〈家人(けにん)〉,官奴司に隷属して雑用に従事した〈公奴碑(くぬひ)〉,個人の所有下におかれて雑用に従事した〈私奴婢〉であった。…

※「五色の賤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」