奴隷(読み)どれい(英語表記)slave

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「奴隷」の意味・わかりやすい解説

奴隷
どれい
slave

人格としての権利と自由をもたず,主人の支配下で強制・無償労働を行い,また商品として売買,譲渡の対象とされる「もの言う道具」としての人間のこと。奴隷は家事労働だけでなく,鉱山,工業,農業,商業の労働者としても使用され,女奴隷は売春宿の要員となり,古代権力者の閨房にもいた。奴隷の発生源としては,戦争などによる捕獲あるいは暴力によって連行されたり,そのほか犯罪,債務不履行懲罰,両親,保護者,部族首長による売却,奴隷の両親からの出生などがあげられる。古代オリエントや古代ギリシアローマ,および植民地時代の南北アメリカなどで典型的に現れた。中国や日本の古代の奴婢もこれにあたるが,ヨーロッパの奴隷と一部の点で性質を異にし,結婚は可能であり,ある程度の私有財産を持つことは許された。西アジア,イスラム社会においても,売買や戦役による捕虜などによって,一種の奴隷が存在したが,その取扱いは比較的穏やかで,しばしば解放 (アーザード āzād) がみられた。また結婚や若干の私有財産も認められた。中世の社会での農奴や地主制度下の小作人などは個人の権利と最小限の自己経営を保有する点で,奴隷とは区別される。

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百科事典マイペディア 「奴隷」の意味・わかりやすい解説

奴隷【どれい】

(1)人間としての人格を認められず,経済的・社会的あるいは法律的には主人の所有物として取り扱われ,〈生きた道具〉として生産・労働に使役される身分。ギリシア・ローマをはじめ,古代社会に広くみられた。奴隷となるのは捕虜,債務の代償,人身略奪,刑罰などによる。中世ヨーロッパでは農奴が主で奴隷は少なかったが,15世紀以後特にアメリカ大陸とカリブ海地域でアフリカ人が奴隷として多数使用され,人道上の大問題となった。イスラム世界においても奴隷は広くみられ,とくに10世紀以降,マムルークと呼ばれる奴隷出身の傭兵が歴史上重要な役割をはたした。→奴隷廃止運動大西洋奴隷貿易(2)日本では古くは生口(せいこう),奴(やっこ),律令制では奴婢(ぬひ)と呼ばれ,身分法で賤(せん)(賤民)とされた。身分法では良民たる一般農民も,生活の不自由さや貧しさからみると,世界史的には奴隷と規定すべきだとの説もある。中世ではふつう下人(げにん),所従(しょじゅう)と呼ばれたが,近世ではおおむね消滅した。
→関連項目古代的生産様式奴隷制社会

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精選版 日本国語大辞典 「奴隷」の意味・読み・例文・類語

ど‐れい【奴隷】

〘名〙
① しもべ。下僕。奴僕。ぬれい。
※羅山先生文集(1662)二五「秀吉匹夫之奴隷」 〔晉書‐劉元海載記〕
② (slave の訳語) 人間として基本的な権利や自由が認められず、他人の支配の下に労働を強制され、また、売買、譲渡される人。古代ギリシア・ローマ、ペルシア、近代アメリカの例を典型とするが、日本上代の奴婢(ぬひ)もこれに近い。
※花柳春話(1878‐79)〈織田純一郎訳〉一八「欧州一般に奴隷(ドレイ)を廃し」
③ 権利・自由などを制限され、他の者の支配を受けるもの。
※日本開化小史(1877‐82)〈田口卯吉〉六「徳川氏は吾人をして外国の奴隷たらしむるものなり」
④ ある物事だけに心を奪われ、行動を支配されているもの。
※日本風俗備考(1833)一一「恰も私見の孥隷となりて役使せらると云ふべき」

ぬ‐れい【奴隷】

〘名〙 (「ぬ」は「奴」の呉音) 召使いの男。下僕。しもべ。どれい。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※評判記・色道大鏡(1678)一三「虎蔵・竹蔵といふ二人の奴隷(ヌレイ)有」

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旺文社世界史事典 三訂版 「奴隷」の解説

奴隷
どれい
slave

人格を認められず,生産手段として支配者によって所有・売買・譲渡されることを正当化された身分の者
戦争による捕虜・被征服民や,債務不履行・奴隷貿易などから発生し,労働内容によって,家内奴隷・生産奴隷に分けられる。家内奴隷は古代オリエントをはじめ世界各地にみられるのに対し,生産奴隷は,アテネラウレイオン銀山,ローマのラティフンディウムにおける農耕奴隷,近代アメリカの黒人奴隷などが典型的で,その取扱いは苛酷な場合が多い。

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デジタル大辞泉 「奴隷」の意味・読み・例文・類語

ど‐れい【奴隷】

人間としての権利・自由を認められず、他人の私有財産として労働を強制され、また、売買・譲渡の対象ともされた人。古代ではギリシャ・ローマ、近代ではアメリカにみられた。
ある事に心を奪われ、他をかえりみない人。「恋の奴隷」「金銭の奴隷
[類語]下働き下男召し使い下女奴婢どひ男衆下僕忠僕老僕爺や飯炊き権助風呂焚き三助女子衆下婢端女はしため小間使い

ぬ‐れい【奴隷】

召使いの男。どれい。〈日葡

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世界大百科事典 第2版 「奴隷」の意味・わかりやすい解説

どれい【奴隷 slave】

所有の客体,〈物〉として扱われる人間で,社会的または法的にそのようなものとして正当化された身分の人間をいう。それは人間による人間の抑圧,したがってまた人間の隷属の最も粗野な形態であり,いっさいの差別の原型をなしている。なぜなら奴隷とは,人格を含めて身ぐるみ所有の対象,動産とされた人間であるからである。
【西洋古代】
 奴隷の人格否認が最も徹底したのは,奴隷制社会を生み出した古典古代においてであった。ギリシアのアテナイでは奴隷は〈生きた道具〉とされ,ローマでは〈話す道具〉とされた。

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普及版 字通 「奴隷」の読み・字形・画数・意味

【奴隷】どれい

奴僕。奴虜。〔後漢書、西羌伝〕羌無弋爰劍といふ、秦のの時、秦の拘執すると爲り、以て奴隷と爲る。~後(に)げ歸るを得たり。

字通「奴」の項目を見る

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世界大百科事典内の奴隷の言及

【アウトゥールゴイ】より

…主として農耕・牧畜に従事する独立自営の農民について用いられた。前4世紀アテナイの著述家クセノフォンは,《家政論》のなかで,農業に従事する人々をアウトゥールゴイと〈監督によって農業を行う者〉に分類しているが,前者が家族および少数の奴隷とともに自ら労働したのに対して,後者は自ら働くことなく多数の奴隷を使役して農業を行わせた。前7世紀初頭にまとめられた叙事詩人ヘシオドスの《農と暦(仕事と日々)》のなかには,アウトゥールゴイの姿がすでに明確に描き出されている。…

【アテネ】より

… 古代ギリシアにおける貴族支配は,しかしながら貴族と平民との身分差が小さいところに特色がある。この事実を示すのがボイオティア生れの詩人ヘシオドスの作品《労働と暦日(農と暦)》(前700ころ)であって,それによれば農民たちは貴族の政治的支配に服しながらも,社会的には土地および奴隷の所有者として,ほぼ対等の立場にあった。ヘシオドス自身が示すような平民による仮借ない貴族批判も,このような社会的状況のたまものであり,またそこにこそポリス民主政成立の歴史的前提があった。…

【ゲルマン人】より

…またフンデルトシャフトの規模は,のちに密集村落となる数個または十数個の部落から成り立っているのが一般であった。 古ゲルマン時代の身分関係は,貴族をふくむ広義の自由民,解放奴隷,奴隷に分かれ,貴族と一般自由民の成年男子によって前述の民会が構成され,そこで王(レクスrex)または複数の首長が選出され,国家の大事が議せられた。したがって法理的にその統治権,軍司令権,財政制度などをみれば,王制のキウィタスと首長制のキウィタスの2種があったといえるが,当時の民衆の国家観に即していうならば,この両者の差はさほど根本的なものではなかった。…

【砂糖】より

… 17世紀後半以後は,ジャマイカにも生産がひろがり,18世紀にはこの島とフランス領のマルティニク,グアドループ両島が生産の中心となる。以上のどの植民地でも,サトウキビは黒人奴隷を労働力として栽培されたうえ,モノカルチャー化が進行したので,社会そのものが,少数の白人プランターと大量の黒人奴隷によって構成されるようになる。ふつうこのような変化を,〈砂糖革命Sugar Revolution〉とよんでいる。…

【ジャズ】より

…この点は後述する。
【歴史】

[ジャズの母体]
 ジャズを生んだアメリカの黒人が,西アフリカから強制輸送された奴隷を先祖とすることはよく知られている。奴隷輸送は16世紀初め,労働力を必要としていたハイチ(当時はサント・ドミンゴ),キューバなどのカリブ海諸島や南米ブラジルへ向け開始された。…

【賤民】より

…これに対し,賤民は不自由民で,私的・公的な権利や利益の享有に制限が加えられていた。〈賤民〉という用語についてはいくつかの理解がありうるが,以下においては,奴婢(ぬひ)や奴隷を含めて,最も広義に解釈することにしたい。 中国における奴婢(奴隷と同義)の起源ははなはだ古く,甲骨文にもみえているが,その発生の状況を明らかにすることはできない。…

【奴隷貿易】より

…奴隷を対象とする貿易は,奴隷制度の存在するところでは,つねになんらかの意味で存在したということができる。したがって,かつてのイスラム圏や奴隷制をおもな生産形態とした古代社会では,ほとんどのところでそれが見られた。…

【人質】より

…この人身の質入れ証文は,人身売買が盛んであった東国・九州地方などにとくに多く残っており,この人質は,この地方の戦国大名の徳政令の対象にもなっている。質入れの対象としては,債務者の子女または奴婢が多く,質の種類としては,占有質である入質(いれじち)と抵当である見質(みじち)があったが,いずれも質流れとなると人質は,債務奴隷として債権者の下人となった。また,地頭など在地領主が年貢などの課役を滞納した百姓から牛馬資財とならんでその妻子所従を人質としてとること,逃亡百姓の身代りとしてその妻子を人質として差し押さえることなども,通例として認められていた。…

【マムルーク】より

…黒人奴隷兵(アブド)に対して,トルコ人,チェルケス人,モンゴル人,スラブ人,ギリシア人,クルドなどのいわゆる〈白人〉奴隷兵を指す。グラームghulāmともいう。…

※「奴隷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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