ザンジバル[島](読み)ザンジバル

百科事典マイペディア 「ザンジバル[島]」の意味・わかりやすい解説

ザンジバル[島]【ザンジバル】

タンザニアの沖合36km,インド洋上の島。サンゴ石灰岩からなる島で土地は肥え,世界一のチョウジ(クローブ)産地。ほかにココナッツ,米,カカオを産する。内陸のバントゥー系住民とアラビア半島から渡来したアラブ混血が進み独特のスワヒリ文化を形成(〈スワヒリ語〉参照)。古くからインド洋交易の拠点であったが,1828年オマーンのサイイド・サイードザンジバルを首都に本土沿岸に及ぶ国をつくった。奴隷貿易の基地として知られる。住民はおもにスワヒリ語を話すイスラム教徒。1890年北部にあるペンバ島とともに英国保護領。1963年イギリス連邦内で北隣のペンバPemba島とともにザンジバル共和国として独立,1964年タンガニーカとタンザニアを形成。主都ザンジバル。そのストーン・タウンの街は2000年に世界文化遺産に登録された。1554km2(ペンバ島をあわせると2460km2)。62万1000人(2002)。
→関連項目キスマユモガディシオモンバサ

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世界大百科事典(旧版)内のザンジバル[島]の言及

【サイイド・サイード】より

…アラビア半島南東端のマスカット・オマーンの領主(イマーム)で,以前から交易によって関係の深かった東アフリカのインド洋沿岸を重視し,ザンジバル島を根拠地として沿岸貿易を支配しようとした。1840年には本拠をマスカットよりザンジバル島に移し,ヨーロッパ諸国もサイードによる東アフリカ沿岸部支配を認めて領事館をザンジバルに開いた。…

【ザンジバル】より

…東アフリカ,タンザニア連合共和国を構成する地域。タンザニア北東部の沖合約35kmにあり,ザンジバル島(面積1660km2),ペンバ島(984km2)と30余の小島から成る。人口は78万(1995)。…

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