改訂新版 世界大百科事典 「イチイ」の意味・わかりやすい解説
イチイ (一位)
Japanese yew
Taxus cuspidata Sieb.et Zucc.
寒地の山林に自生し庭園にも見られるイチイ科の常緑針葉樹。アララギまたはオンコ(東北・北海道)ともいう。高さ20mにもなる高木で密に分枝する。葉は螺生(らせい)するが,横枝では2列状となり,線形で長さ1.5~3cm,先端はとがるが痛くない。雌雄異株で,3~5月に開花し,雄花は腋生(えきせい)して,4~8個の楯形葯室からなるおしべ9~15本をもつ。雌花は短い側枝に単生し,秋に黒褐色卵状球形の種子となり,その下半部は赤色肉質の仮種皮に包まれる。仮種皮は甘い。シベリア東部,サハリン,中国東北,朝鮮と南千島から鹿児島県高隈山までの温帯上部と亜寒帯のやや湿潤な土地の山林中に混生する。高さ1~2mの匍匐(ほふく)性低木になるのがキャラボクvar.nana Rehd.で庭園に植えられるが,鳥取県大山などの高山にこれに似たイチイが生育している。心材は紅褐色で加工性・保存性ともに優れており,鉛筆材としては日本産中最良であり,また彫刻材,床柱,風呂桶などに利用される。昔,高官の笏(しやく)に用いたので一位の名が付いたという。心材の浸出液は蘇芳(すおう)色の染料となる。北国では庭園樹,生垣として広く用いられ,萌芽性が強く刈込みに耐えるので,とくに西洋庭園では強く刈り込んで幾何学形態や動物に似せたトピアリーを作るのに用いられる。
イチイ属Taxus(英名yew)は北半球に8種あり,そのなかでもヨーロッパイチイ(セイヨウオンコ)T.baccata L.(英名common yew)は欧米で庭園樹としてよく用いられている。イチイ属は有毒なアルカロイドであるタキシンtaxinを含有するが,薬用にされることがある。
執筆者:濱谷 稔夫+脇坂 誠
民俗
イチイの仲間はヨーロッパ各地に見られるが,生長がおそいため現在ではかなり少なくなっている。古くからその固い材質のため弓や棍棒や家庭用品を作るのに使われた。この木の暗い外見から古代ギリシアでは悲哀,死,下界のシンボルとされ墓に植えられた。ローマ神話では復讐(ふくしゆう)の女神フリアFuriaの手にする炬火(きよか)はイチイの木である。ローマ人は有毒とし,大プリニウスは人がこの木陰で眠ると死ぬといっている。南ヨーロッパでは多くの地方でこの木から作った小さな十字架を魔よけに子どもの首にかけた。ドイツのシュペッサルト地方では〈イチイの前ではどんな悪い魔法もきかない〉という格言がある。この逆にシェークスピアの《マクベス》には,魔法に役だてるため魔女が月のない夜に折りとったイチイの枝をなべの中に入れる個所がある。北欧神話の弓矢の神ウルは〈ユーダリル(イチイの谷)〉に住む。民話にはイチイを使って高慢な小姓を石に変えてしまう老婆の話がある。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報