電荷移動(読み)デンカイドウ(英語表記)charge transfer

デジタル大辞泉 「電荷移動」の意味・読み・例文・類語

でんか‐いどう【電荷移動】

原子分子イオンと衝突したとき、または、イオン同士が衝突したときに、電子一方から他方に移動する現象電荷移行電子捕獲電荷交換衝突

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改訂新版 世界大百科事典 「電荷移動」の意味・わかりやすい解説

電荷移動 (でんかいどう)
charge transfer

2種類の分子が作用して,分子間に分子間力が働き分子化合物をつくる。その際,電子が一方の分子から他方の分子に移動し,各分子がイオン状態をとる場合がある。そのイオン間に生ずる結合に分子間力が作用し,より強く分子を結合させる。このような作用は量子力学的に起こり,この現象を電荷移動と呼んでいる。

 2種類の分子の間に電荷移動が起こると,次のような特徴が表れる。(1)組成成分にない新しい吸収スペクトルが現れる。これを電荷移動スペクトルcharge transfer spectrumと呼び,吸収帯が可視部にあるときには,分子化合物は新しい着色を示す。(2)電荷移動による分子化合物の分子間距離は,分子間力のみの距離よりも短くなる。(3)極性のない分子どうしが分子化合物をつくるとき,極性を生じ,双極子モーメントが現れる。(4)電荷移動によって生ずる電荷は,その電荷移動錯体に電導性や常磁性を付与する。

 これらの特性は,電荷移動理論によって説明される。電荷移動において,電子を供与する分子を電子供与体(ドナー分子D),電子を受容する分子を電子受容体(アクセプター分子A)と呼ぶ。すなわち,D─→D⁺+eとなり,A+e─→A⁻となる。DとAが分子間力によって引力を及ぼし合っている状態を非結合状態(D…A)と呼ぶ。またD⁺とA⁻がクーロン力で引き合っている状態を,電荷移動状態(D⁺-A⁻)という。電荷移動力は,これら二つの結合状態が量子力学的に共鳴(D…A⇄D⁺-A⁻)した力である。

 電荷移動による分子化合物は,われわれの周囲に数多く存在している。たとえばデンプンの確認に用いるヨウ素デンプン反応は,デンプンのコイル状の分子鎖の中にヨウ素分子が入って電荷移動し,新しい吸収帯を生じ,ヨウ素の褐色青色に変化するのを利用している。また,水が他の液体と異なった特性を示すのは,水分子の間に働く水素結合に基づいている。この水素結合は典型的な電荷移動結合の一つである。

 電荷移動に基づく分子化合物の存在は,古くから知られていた。1927年には,パイファーP.Peifferによって,分子化合物に関する集大成がなされている。その後20年の間に共有結合に類似した結合,双極子間の静電的引力などの考え方が提出されたが,すでに述べた電荷移動理論が提案されたのは50年のことである。この考え方は,単に分子化合物の結合の仕組みの解明にとどまらず,新しい物質構築の指針にも利用されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報